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第85話 小さな軍師の最高の助言

 陽菜との聖夜の約束。その甘い響きとは裏腹に、俺、桜井さくらいかけるは地獄のような日々を送っていた。原因は、もちろんクリスマスプレゼントだ。


「……わかんねぇ」


 俺は、自分の部屋のベッドの上で、スマホを睨みつけながら何度目かわからない呻き声を上げた。

 画面には、女性向けのアクセサリー通販サイトが表示されている。


 ネックレス、指輪、ピアス、ブレスレット……。

 キラキラとした小さな宝石たちが、俺の乏しい想像力を嘲笑っているようだった。


 どれも同じに見える。陽菜は、どれを喜んでくれるんだろう。

 そもそも、まだ彼女ですらないのに、俺がこんな高価なものを渡してもいいのだろうか。

 重い、と思われないだろうか。


 考えれば考えるほどわからなくなる。


 検索履歴は、もう見るも無惨な有様だった。


『女子高生 喜ぶ プレゼント』

『付き合ってない クリスマスプレゼント 脈あり』

『ネックレス 重い 女子 心理』


 ダメだ。 調べれば調べるほど迷宮に迷い込んでいく。



「駆、お前、プレゼントもう買ったのかよ?」


 部活の休憩中。 健太が俺の隣に座り、ニヤニヤしながらそう聞いてきた。


「……まだだ」

「だよな。お前のことだから、ギリギリまで悩んでんだろ」

「……うるせぇ」


 健太は、呆れたように笑った。


「俺は、もう決めたぜ? 葵には、新しいマフラーをプレゼントするんだ」

「……へぇ」

「あいつ、いつも同じやつ使ってるからさ。……俺が選んだやつ、喜んでくれるといいんだけどな」


 そう言って照れくさそうに頭を掻く健太。その横顔は、最高に幸せそうだった。

 ちくしょう。羨ましい。俺も、あんなふうに、何の迷いもなく陽菜へのプレゼントを選べたら。


「……なあ、健太」

「ん?」

「……お前なら、陽菜に、何あげる?」


 俺の、そのあまりにも情けない質問に。 健太は、一瞬だけきょとんとした顔をした。 そして、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ぶはっ! なんだよ、それ! 俺に聞くなよ!」

「……わりぃ」

「まあ、いいけどよ。……でもな、駆。それは俺が決めることじゃねぇだろ。お前が決めることなんだよ……。日高さんのこと、一番、わかってんのは、お前なんだから……」


 健太の、その真っ直ぐな言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 そうだ、 わかってる。わかってるけど、わからないのだ。


 俺は、陽菜の何を知っているんだろう。ただずっと隣にいただけじゃないのか。





 その日の帰り道。 俺は、一人、陽菜の家の前で立ち尽くしていた。

 陽菜は、今日、舞たちと一緒に帰ると言っていた。

 俺が狙っていたのは、陽菜の妹、日高ひだか莉子りこだ。

 陽菜のことを一番わかっている最強の軍師。こいつに聞くしかない。


 しばらく待っていると、見慣れた小さな後ろ姿が現れた。

 俺は、意を決して声をかけた。


「……莉子ちゃん」


 莉子は、驚いたように振り返った。


「あれ? カケルお兄ちゃん。どうしたの、こんなところで」


 その目は、全部わかってる、と言わんばかりにキラキラと輝いている。


「……いや、その……。ちょっと聞きたいことがあって」


 俺は、単刀直入に聞いた。


「……陽菜って、クリスマスプレゼント、何が欲しいのかな」


 俺の、そのあまりにも情けない質問に、 莉子は、呆れたように大きなため息をついた。


「……はぁ。……お兄ちゃん、本気で言ってるの?」

「……本気だ」

「……あのねぇ」


 莉子は、まるで出来の悪い生徒を諭す先生のように、俺の前に仁王立ちした。


「……いい? カケルお兄ちゃん。……女心ってものを教えてあげる。……お姉ちゃんが欲しいのはね、別に、高いネックレスでもブランド物のバッグでもないの」

「……じゃあ、なんだよ」

「……お兄ちゃんが、お姉ちゃんのために、一生懸懸命、悩んで、選んでくれたっていう、その時間と気持ちよ」


 莉子の、その大人びた言葉に、俺は言葉を失った。


「……お兄ちゃんが選んでくれたものなら、お姉ちゃんは、なんだって喜ぶよ。たとえ、それが道端に落ちてる石ころだったとしてもね。……まあ、本当に石ころなんかプレゼントしたら、後で、私がお兄ちゃんのことぶん殴るけど」

「……」

「……だから大丈夫。……モノじゃなくて、気持ちなの。……お姉ちゃんの喜ぶ顔をイメージして、カケルお兄ちゃんが、一番あげたいものをあげればいいのよ」


 莉子はそう言って、にこりと笑った。

 その笑顔は、陽菜にそっくりで。俺の、心の中の迷いを吹き飛ばしてくれた。


「……サンキュ、莉子ちゃん。……なんか、わかった気がする」

「ふふん。どういたしまして。……まあ、どうしてもわからなかったら、こっそり私に相談しなさいよね! 特別コンサル料で教えてあげるから!」


 莉子はそう言って、悪戯っぽくウインクをした。

 本当に頭が上がらない。 この、小さな最強の軍師には。





 カケルお兄ちゃんが、希望に満ちた顔で駅の方へと去っていくのを見送った後、私は、すぐにスマホを取り出した。


 メッセージの宛先は、もちろん私の唯一にして最強の相棒。桜井さくらいわたるくん。


『作戦は第二段階へ移行。ターゲット、プレゼント購入のためポイントアルファへ移動中。オーバー』


 すぐに、返信が来た。


『了解。こちらはリビングに、さりげなくイルミネーション特集の雑誌を配置完了。……兄貴の健闘を祈る』


 ふふっ。 私たちの完璧なクリスマスプロデュース大作戦。失敗するはずがない。

 私は、心の中でガッツポーズをしながらスキップするように家のドアを開けた。


 聖なる夜は、もう、すぐそこまで来ているのだ。





 俺は、莉子ちゃんと別れた後、一人で駅前のショッピングモールへと向かっていた。もう迷いはない。俺が、陽菜にあげたいもの。 陽菜の喜ぶ顔。 そのイメージは、もう固まっていた。


 ショーウィンドウに飾られたアクセサリー。

 俺は、その中の一つ、小さな月の形をしたシンプルなネックレスを指さした。

 決して派手じゃない。でも、凛としていて綺麗で。陽菜の白い首筋に絶対に似合うはずだ。


 俺は、震える手で財布を取り出した。そして、心の中で誓った。

 クリスマスの夜に、俺は、このネックレスと一緒に、俺の本当の気持ちを、陽菜に伝えるんだ。必ず。


 冬の冷たい空気が、俺の燃えるような熱い決意を優しく包み込んでくれた。




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