第84話 聖夜の約束
蓮の、あの悪魔のような、いや神様のような囁きから数日が経った。
俺、桜井駆の心は決まっていた。
クリスマスの夜に陽菜に告白する。その決意だけが、俺の中で熱い炎のように燃え続けていた。
だが問題があった。決意したのはいい。でも具体的にどうすればいいのか、全くわからないのだ。
「……はぁ」
俺は、自分の部屋のベッドの上で、深いため息をついた。
手の中にはスマホ。検索履歴は、見るも無惨な有様だった。
『高校生 クリスマス 告白 場所』
『女子が喜ぶ 告白の言葉』
『クリスマスプレゼント 彼女 予算』
調べれば調べるほどわからなくなる。
イルミネーションが綺麗なレストラン? そんなお洒落な店、俺が知ってるわけがない。
ロマンチックな言葉? 俺の貧弱な語彙力では逆効果になるのが目に見えている。
プレゼント? そもそも、何をあげればいいんだ。
(ダメだ。俺はほんとにダメなやつだ……)
俺は、スマホをベッドの上に放り投げた。
でも、もう逃げないと決めたんだ。小野寺のあの勇気を見習いたい。俺は、ぐしゃぐしゃと自分の頭をかきむしった。
その時だった。クラスのグループチャットが、ピコン、と鳴った。
『みんなー! クリスマスイヴの日、暇な奴いるー? クラスで、パーティーしない? 夕方から駅前のカラオケで!』
発信者はクラス委員長だった。そのメッセージに、クラスの奴らが次々と食いついていく。
『いいね! やろうぜ!』
『俺、人数決まったら予約するよ!』
『ただし! 彼氏、彼女いる奴は来るんじゃねーぞ! 聖なる夜に、俺たち非リア充の心を乱すな!』
クラス委員長の冗談めかした追伸に、クラス中が笑いのスタンプで溢れかえる。
健太と蓮、そして舞は、当然に不参加だ。 俺は、そんな楽しそうなやり取りをぼんやりと眺めていた。
クリスマスパーティーか。陽菜はどうするのかな。もし陽菜が参加するなら、一緒に参加するのも悪くないかな。
そう思ったその時だった。
サッカー部の田中が、グループチャットに爆弾を投下した。
『なあ、日高さん! パーティー来るよな?』
『田中、抜け駆けはずるいぞ! 俺も、日高さんと話したい!』
他の男子たちも、次々と、陽菜を誘い始める。
そのグループチャットの光景を見た瞬間、 俺の心臓は、ぎりりと嫌な音を立てて締め付けられた。 胸の奥で、黒くて醜い炎がメラメラと燃え上がっている。
なんで、俺以外の奴が陽菜を誘うんだ。
陽菜は、俺と過ごすはずなのに。
ぶるる、と手の中のスマホが震えた。健太からの電話だった。
「……もしもし」
『……おい、駆』
電話の向こうから、呆れたような親友の声が聞こえてくる。
『お前、日高さんに、声、掛けなくていいのかよ。クリスマスっていったら、誰しもが恋愛を意識する特大イベントなんだぜ。日高さん人気なんだから、誰かに先越されても知らんぞ?』
「……っ!」
健太の的確すぎる一言に、俺は、言葉を失った。
そうだ、俺は、陽菜にまだ何も伝えていない。
ただ一人で、覚悟を決めた振りをして、結局何もせずに一人で空回りしているだけだ。
このままじゃ本当にダメだ。
俺は意を決して通話を切ると、震える指で、陽菜の電話番号を探した。
コールボタンを押す。 心臓が痛い。 でも、もうこれ以上逃げてちゃいけない。
◇
――ピコン。
スマホが、短く鳴った。
クラスのグループチャットが、クリスマスパーティーの話題で盛り上がっている。どうしようかな。カケルも参加するのかな。
カケルが参加するなら、私も行こうかな。
そう思っていたその時、スマホが鳴った。
画面に表示されたのは、カケルの名前だった。
カケルから電話。
私の心臓がドクンと大きく鳴る。
おそるおそる、通話の表示をスライドさせた。
「……も、もしもし?」
『……あ、陽菜? 俺だ』
彼の、少しだけ緊張した声が聞こえる。
『……あのさ、……急に、悪いんだけど』
「う、うん」
『……クリスマス、なんだけどさ。……もし、よかったら、……予定、空けておいてくれないかな』
その真っ直ぐな一言に、私の思考は完全にフリーズした。
え? 今、なんて? クリスマス、予定、空けておいて? それって、つまり……デートのお誘い? 私を? カケルが?
『……もし、迷惑だったらいいんだ。クラスのパーティーもあるみた……「空いてる!」
私は、彼の言葉を遮るように叫んでいた。
「すっごく、空いてる! 絶対に、空けておくね!」
『……ほんとか?』
「うん!」
『……そっか。……よかった』
電話の向こうで、彼が心の底からホッとしたような息を吐くのがわかった。
カケルのその声を聞いただけで、私はもうどうにかなってしまいそうだった。
『……じゃあ、また、連絡する』
「うん! 待ってる!」
通話が切れる。
私は、スマホを胸にぎゅっと抱きしめた。
そして、ベッドの上でごろごろと転がり回る。
嬉しい。 嬉しくて嬉しくて、たまらない。
私は、すぐにスマホを手に取ると、ある人物に電話をかけた。
『もしもしー? どしたの、陽菜。こんな遅い時間に』
「舞ぃぃぃぃぃ!」
私は、親友の名前を絶叫した。
「大変! 大変なの! カケルが、カケルがね!」
『はいはい、落ち着きなさいって。……で? あの、ヘタレな桜井くんが、どうしたのよ』
「クリスマス! 予定、空けておいてって!」
『……はぁ!? マジで!?』
電話の向こうで、舞が素っ頓狂な声を上げるのが聞こえる。
私は、うんうんと何度も頷いた。 でも、一つだけ問題があった。
「……ねぇ、舞。……クリスマスって、イブの24日のこと、なのかな? それとも、25日の、こと?」
『……は?』
私の、その根本的な質問に。 今度は舞が固まった。
『……あんた、まさか、そこ、確認してないの?』
「……うん」
『……バカなの!? そこ、大事なとこでしょ!』
「だ、だって、聞けなかったんだもん!」
『はぁ……。しょーがないわねぇ。……いい? 陽菜。こういうのときはね、何を、一番優先したいかを意識することよ。……あんたは、桜井くんのために、その二日間、予定を完全に空けておくこと! いいわね?』
舞の、その鶴の一声で、私のクリスマスの予定は、二日間、完全に彼のために捧げられることが決定したのだった。 私は意を決して、クラスのグループチャットにメッセージを打ち込んだ。
『ごめんねみんな! 私、たった今、予定が入っちゃったから、クリスマスパーティー参加できないの。みんなで楽しんでね!』
送信ボタンを押す。
これで、もう後戻りはできない。
カケルとのクリスマスどうなっちゃうんだろう。
私の心臓は、期待と不安で、今にも張り裂けそうだった。
◇
陽菜との短い電話。
たった、それだけのことに、俺は、全身の力を使い果たしてしまったようだった。
ベッドの上にへたり込む。 でも心は温かいもので満たされていた。
グループチャットの通知がなる。
『ごめんねみんな! 私、たった今、予定が入っちゃったから、クリスマスパーティー参加できないの。みんなで楽しんでね!』
よかった。陽菜は、俺を選んでくれたんだ。
その、どうしようもない幸福感に、俺は思わず顔が緩んでしまう。
だが、それと同時に、猛烈な焦りが俺を襲った。
(やばい……。やばい、やばい、やばい……)
俺は、陽菜の大切なクリスマスを予約してしまったのだ。
それも、何のプランもないままに。
俺は、慌ててスマホを手に取った。
そして検索窓に、文字を打ち込む。
『クリスマス デート 高校生 絶対に成功させる方法』
俺の人生を懸けた戦いが、今、始まった。