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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第80話 旅の終わり

『――まもなく、終点、東京駅に到着いたします』


 無機質なアナウンスの声。

 その日常的な響きに、俺は、夢から覚めたような不思議な感覚に陥った。


 肩に感じる、陽菜の柔らかな重みと温もり。

 髪の毛から香る、甘いシャンプーの匂い。

 この四日間で、すっかり当たり前になってしまった特別な距離感。

 それを噛み締めながら、日常に戻っていく。


「……陽菜。……おい、陽菜。着くぞ」


 俺は、名残惜しい気持ちを必死に抑え込みながら、彼女の肩を優しく揺すぶった。





(……ん……)


 優しい声と、心地よい揺れで、私は、ゆっくりと意識を取り戻した。

 目の前には、カケルの、少しだけ困ったような、でも優しい顔。


 そして、気づく。

 私の頭が、彼の、がっしりとした肩の上に乗っかっていることに。

 彼の温もりが、私の頬にじかに伝わってきていることに。


(……きゃあああああああっ!)


 心の中で、私は絶叫した。

 い、いつの間に!?

 私、また、彼の肩で眠っちゃってたの!?


「ご、ご、ご、ごめん! 私、いつの間に……!」

「……い、いや。……別に」


 私は慌てて、カケルから身体を離した。

 顔が熱い。 熱くて、どうにかなりそう。





 新幹線が、ゆっくりとホームに滑り込む。

 俺たちは、荷物をまとめて席を立った。


 ホームに降り立つと、そこは、見慣れた街の空気だった。

 少しだけ、冷たくて懐かしい匂い。

 俺たちの、夢のような時間は終わったのだ。


「お疲れー!」

「いやー、マジで、最高の四日間だったな!」


 ホームの上で、俺たちの班のメンバーが、後の挨拶を交わしていた。

 健太と葵ちゃん。 舞と翔平くん。 蓮と美優さん。

 誰もが疲れているはずなのに、その顔は、充実感でキラキラと輝いている。


「じゃあ、また、月曜な!」

「おう!」


 俺たちは、それぞれ別れの言葉を交わし、三々五々散らばっていく。

 後に残されたのは、俺と、陽菜だけだった。


「……帰るか」

「……うん」


 俺たちは、並んで、改札へと向かう。

 でも陽菜の歩くペースが、いつもより少しだけ遅いことに、俺は気づいた。

 その足取りは、どこかぎこちなく、時々、顔を僅かに顰めている。


「……陽菜、どうした? 足、痛いのか?」


 俺がそう尋ねると、陽菜は、びくりと肩を震わせ、慌てて首を横に振った。


「う、ううん! なんでもないよ! ちょっと歩き疲れただけ!」

「……嘘つけ。……靴、合ってねぇんだろ」


 俺のその指摘に、陽菜は図星を突かれたように俯いてしまった。

 彼女が履いているのは、少しだけヒールのある、お洒落なショートブーツ。

 きっと、この旅のために、新しく買ったのだろう。


「……バカだな、お前は」

「……だって……」

「……ほら、こっち来い」


 俺はそう言って、自分の大きな旅行カバンを片手で引きながら、陽菜の隣に立った。

 そして、空いている方の腕を、彼女の肩にそっと回した。


「え、ちょ、カケル!?」

「いいから。……肩、貸してやる。ゆっくり歩くから、体重、預けろよ」

「で、でも、恥ずかしいよ!」

「俺の方が、恥ずかしいわ。……いいから早くしろ。みんな見てるだろ」


 俺がそう言うと、陽菜は、観念したように、おそるおそる俺の身体にその身を預けてきた。


 ふわりと香る甘い匂い。

 肩に感じる柔らかな身体の感触。

 俺は、自分の顔が、熱くなるのを感じながら、ゆっくりと一歩踏み出す。

 その小さな身体をしっかりと支え、駅の出口へと歩き出した。





 駅のロータリーで、ハザードランプを点滅させながら、私は、二人の子供の帰りを待っていた。

 もうすぐ、新幹線が着く頃だ。


 あの子、陽菜は、楽しかったかしら。

 文化祭での、あの事件の後、あの子、塞ぎ込んでいたから本当に心配だった。


 でも、あの時、カケルくんがあの子を守ってくれた。


 あの子から、全部聞いた。

 昔は、ただ可愛い、手のかかる隣の男の子としか思っていなかった。

 でも、もう違う。 彼は立派な男の人だ。


 あの子の、心を、身体を、命を懸けて守ってくれたヒーロー。


 本当に、感謝してもしきれない。

 あの子の隣にいてくれるのが、カケルくんで本当によかった。


 そんなことを考えていると、駅の出口から、見慣れた二つの影が現れた。

 あら、まあ。 私は、思わず笑みを浮かべた。


 カケルくんが陽菜の肩を、しっかりと抱き寄せている。

 陽菜も恥ずかしそうに、でも幸せそうに、彼に身を預けている。


 その姿は、もう、ただの幼馴染なんかじゃない。

 立派な恋人同士、そのものだった。


 あの子も、いつの間にか、すっかり女の顔をするようになって。

 母親として、少しだけ寂しいような、でも、それ以上に嬉しいような、温かい気持ちが胸に込み上げてきた。


「あらー、お帰りなさい! 二人とも、楽しかった?」


 私は運転席から顔を出し、にこにこと手を振った。





 俺は陽菜の肩から、そっと腕を離した。


「ただいま、お母さん!」

「……ただいま、帰りました」

「まあ、カケルくんまでありがとうね。さあ、乗りなさい。送っていくから」


 俺たちは、車に乗り込んだ。

 陽菜が助手席。 俺が後部座席だ。

 陽菜は、車に乗るなり、ほっとしたようにブーツを脱いだ。

 その白くて小さな足には、痛々しい靴擦れの跡が、赤く残っていた。


「あらあら陽菜。だから言ったでしょ。その靴、まだ、慣れてないんだからって」

「……うぅ。……だって、可愛かったんだもん」

「もう。……カケルくん、ごめんなさいね。うちの娘が迷惑かけちゃって」

「いえ、そんな……」


 俺は、何も言えなかった。

 ただ、陽菜の、その痛々しい足から、目が離せなかった。


 俺のせいだ。

 俺が、もっと早く気づいてやれていれば。

 そんな後悔が胸をよぎる。


 車は、すぐに俺たちの家の前に着いた。

 俺は車を降りると、おばさんに深く頭を下げた。


「……ありがとうございました。送ってもらってすみません」

「いいのよ。……そうだ、カケルくん。よかったら、うちでお茶でも飲んでいかない? 旅のお土産話も聞きたいし」

「……いえ、俺は……」


 俺が遠慮しようとすると、助手席から、陽菜がか細い声で言った。


「……カケル。……来てほしいな」


 その潤んだ瞳で、上目遣いに見つめられて。

 俺に、断れるはずがなかった。


「……じゃあ、……お邪魔します」


 俺は、そう答えるのが精一杯だった。

 陽菜の家から、漏れる温かい光に吸い寄せられるように。

 陽菜と一緒に、「ただいま」を言った。






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