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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第79話 修学旅行最終日

 修学旅行、最終日。


 大阪のホテルをチェックアウトした俺たちは、電車に乗り込み、最後の目的地である神戸へと向かっていた。


 三日間の、夢のような時間。

 その濃密だった記憶が、車窓の景色と重なって、俺の頭の中をゆっくりと流れていく。


 陽菜の舞妓姿。

 鹿に襲われて、俺の腕の中に飛び込んできた小さな身体。

 はんぶんこした、甘いチュロス。

 観覧車の中で触れた、陽菜の頬の柔らかな感触。

 そして、小野寺の涙と笑顔。


 その、一つひとつが、キラキラとした、かけがえのない宝物になっていた。


 俺は、隣の席に座る陽菜の横顔を盗み見た。

 彼女は、窓の外を静かに眺めている。

 その大きな瞳が、秋の柔らかな日差しを浴びて、キラキラと輝いていた。


 綺麗だ。 心の底から、そう思った。

 この四日間で、俺は、一体、何度この言葉を、心の中で呟いただろう。


「……陽菜」


 俺が声をかけると、陽菜はゆっくりとこちらを振り返った。

 その瞳が、俺を見つめている。


「……帰りたく、ねぇな」


 俺の口から、ぽつりとそんな本音が漏れた。

 陽菜は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 そして、次の瞬間、最高の笑顔でふわりと笑った。


「……うん。……私も」


 その笑顔だけで、俺の心は満たされた。

 もう言葉なんていらなかった。





 神戸は、俺たちが住む街とは全く違う、お洒落で異国情緒あふれる街だった。

 俺たちの班が、最初に向かったのは北野異人館街。

 坂道の両脇に、色とりどりの西洋風の建物が立ち並んでいる。


「うわー! すごい! 日本じゃないみたい!」


 陽菜が、子供みたいに目を輝かせている。

 俺たちは班のメンバーと、思い思いに散策を始めた。


 健太と葵ちゃんは、二人で一つのソフトクリームを仲良く分け合っている。

 舞と翔平くんは、どっちが変な顔で写真を撮れるかを競い合っていた。

 蓮と美優さんは、少し離れた場所で、まるで昔からそこに住んでいる恋人同士のように、穏やかな時間を過ごしている。


 そして、俺と陽菜は。

 気付いたら、自然と手を繋いでいた。

 もう、そのことに、何の照れも気まずさもなかった。

 それが、俺たちの新しい当たり前になっていたからだ。


「ねぇ、カケル。あそこの風見鶏の館、入ってみない?」

「……おう」


 俺たちは、二人で古い洋館の中へと入っていく。

 ギシ、と音を立てる木の床。

 壁に飾られたアンティークの家具。

 窓から差し込む柔らかな光。

 そのすべてが、まるで百年前にタイムスリップしたかのような不思議な感覚を、俺に与えた。


「……なんだか、いいね。こういうの」

「……だな」


 俺たちは、誰もいない部屋の暖炉の前で立ち止まった。

 繋いだままの俺の手の中で、陽菜の指がもぞりと動いた。

 そして、彼女の細い人差し指が、俺の手のひらを、そっとなぞり始めた。


「……っ!」


 俺は、息を呑んだ。

 彼女は、俺の生命線や、感情線を、確かめるように、ゆっくりと何度もなぞっていく。

 そのくすぐったくて、でも、どうしようもなくドキドキする感触に、俺の、全身のすべての感覚が手のひらに集中していくようだった。


 俺は、陽菜の横顔を見つめた。

 彼女は顔を真っ赤にして、俯きながら、ただ、俺たちの繋いだ手を見つめている。

 心臓が穏やかに、でも、確かに、温かいリズムを刻んでいる。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。





 カケルと手を繋いでいる。

 それが、当たり前みたいに、自然なことになっている。


 数日前まで、あんなに、ぎこちなかったのが嘘みたいだ。

 その温もりが、私の心の奥まで、じんわりと温めてくれる。

 もう離したくない。 ずっと、こうしていたい。


 風見鶏の館の中は、静かで穏やかな時間が流れていた。

 誰もいない、暖炉の前。


 私は、勇気を出して、繋いだままの彼の手のひらを、そっと指でなぞってみた。  

 彼の大きくて、ゴツゴツした、手のひら。

 筋トレでできた、硬いマメ。

 その、一つひとつを確かめるように。


 カケルの身体が、びくりと震えたのがわかった。

 でも、彼は、私の手を振り払わなかった。

 ただ黙って、私の好きにさせてくれている。


 カケルの匂いがする。

 カケルの体温が伝わってくる。

 幸せで、胸がいっぱいだった。


 この四日間で、私たちは本当に変わった。

 もう、ただの幼馴染じゃない。

 もっと特別で、かけがえのない存在に。

 その確かな実感が、私の心を満たしていた。





(……やれやれ。やっと、ここまで来たか)


 俺は、少し離れた場所から、暖炉の前で寄り添う駆と陽菜ちゃんの姿を見ていた。

 隣では、美優が静かに本を読んでいる。


「……いいのかよ、美優。せっかくの神戸だぜ? 本なんて読んでて」

「……別に。私は、この雰囲気が好きなだけ」


 美優は、本から目を離さずにそう言った。 こいつらしい。

 俺は、もう一度、駆たちの方に視線を戻した。

 手を繋ぎ、見つめ合う二人。

 そのあまりにも自然な光景。

 まるで、何年も付き合っている恋人同士のようだ。


 俺が、仕掛けた数々のお節介な作戦。

 それも、もう必要ないのかもしれない。

 あいつらは、自分たちの力で、ちゃんと答えを見つけ始めている。

 少しだけ寂しいような、でも、それ以上に嬉しいような、複雑な気分だった。





 北野異人館街を満喫した後、俺たちは、港町、神戸ハーバーランドへと向かった。

 目の前には、青い海と空が、どこまでも広がっている。

 潮の香りが、心地よかった。


「うわー! 海だー!」


 陽菜が、嬉しそうに叫んだ。

 俺たちは、港に停泊している大きな船や、赤いポートタワーを眺めながら海沿いのウッドデッキを歩いた。


 昼食は、お洒落なカフェで食べた。

 窓際の席から、きらきらと輝く海面が見える。

 最高のロケーションだった。


「……なあ、今回の修学旅行、何が一番楽しかった?」


 蓮が、不意にそんなことを聞いてきた。


「えー、全部! 全部、楽しかったよ!」


 舞が、元気よく、答える。


「俺は、嵐山で、葵を見つけられた瞬間の記憶が強すぎて。……マジで、生きた心地しなかったから」

「もー、健太ったら」


 健太と葵ちゃんが、顔を見合わせて笑い合う。


「……俺は、舞が絶叫マシンで半泣きになってた顔だな」

「……ばか」


 翔平くんと、舞も、幸せそうだ。

 蓮と美優ちゃんは、何も言わずに、ただ微笑んでいる。


 そして全員の視線が、俺と陽菜に集まった。


「……俺は……」


 俺は、言葉に詰まった。

 楽しかったことなんて、ありすぎる。


 蓮の質問をきっかけに、この四日間の出来事が、洪水のように頭の中に押し寄せてきた。

 舞妓姿で、はにかんでいた陽菜。

 竹林の中で固く握りしめた、あいつの小さな手。

 遊園地の喧騒の中、二人で一つのチュロスを分け合ったあの甘い時間。

 そして、観覧車の中で、触れ合いそうになった唇...。


 そのどれもが、俺にとって最高の宝物だ。

 一番なんて、選べるわけがない。


 俺が悩んでいると。

 陽菜が、俺の言いたいことをすべて代弁するように言った。


「……私は、……みんなと一緒にいられた、この四日間、全部が宝物だよ」


 その完璧な答えに、 俺たちは全員何も言えずにただ頷いた。

 そうだ。 その一言に、すべてが詰まっている。


 俺は、陽菜のその優しい横顔を見ながら、 こいつを好きになって本当によかったと心の底から思った。





 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

 気づけば、新神戸駅のホームに俺たちは立っていた。


 これから俺たちは、新幹線に乗って、いつもの日常へと帰るのだ。

 少しだけ寂しい。 でも、不思議と悲しくはなかった。

 だって、この旅が終わっても、俺たちの関係は続いていく。


 帰りの新幹線。 俺と陽菜は、また隣同士の席だった。

 でももう、二人とも、初日のような照れはない。


「……なんか、あっという間だったね」

「……だな」


 俺たちは、窓の外を、流れていく景色を見ながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。


 やがて陽菜が、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。

 四日間の疲れが出たのだろう。


 俺はそっと、自分の右肩を彼女の方へと傾けた。

 陽菜の小さな頭が、俺の肩に乗っかる。


 その重みと温もり。

 行きとは違う。これは、俺が自ら求めた温もりだ。


 俺は、陽菜の、その無防備な寝顔を見つめながら。

 そっと、自分の頭を彼女の頭に寄りかかった。


 シャンプーの甘い香りが、俺を包み込む。

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。


 心は、驚くほど穏やかだった。

 この旅で、俺は、たくさんのものを手に入れた。


 

 俺たちの、特別な旅はこれで終わる。


 陽菜への揺るぎない想い、そして、その想いをきちんと伝えようという、小さな、でも、確かな覚悟を、俺に残して。


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