第75話 観覧車にふたり
遊園地のゲートを出て、シャトル船乗り場へと向かう。
夜の海風が、一日中はしゃぎ続けた俺たちの、火照った身体に心地よかった。
十分ほどの短い船旅。
対岸に見えてきたその光景に、俺たちは息を呑んだ。
巨大な光の輪。 大観覧車。
その圧倒的な存在感と、七色に輝くイルミネーションの美しさに、俺たちは、ただ見惚れていた。
「うわああ……! 綺麗……!」
陽菜が、うっとりと、そう呟いた。
その横顔が、キラキラとした光に照らされて、あまりにも綺麗で。
俺は、また言葉を失ってしまった。
観覧車の乗り場の前。
蓮が、俺の肩をポンと叩いた。
「……さて、と、駆。」
「……なんだよ」
「……最後の仕上げ、行っとくか?」
蓮はそう言って、顎で、観覧車のゴンドラを指し示した。
二人きりの密室。
地上から切り離された特別な空間。
俺は、ごくりと唾を呑んだ。
「行ってこいよ、駆! 陽菜ちゃん!」
健太が、俺たちの背中をぐいっと押した。
舞と、葵ちゃんもにこにこと頷いている。
こいつら、本当に……。
「じゃあ、俺たちは俺たちで楽しむか!」
蓮は、そう言うと、美優さんの手を引き別のゴンドラへと向かった。
他の二組もそれに続く。
俺は、意を決して、陽菜の名前を呼んだ。
「……陽菜」
「……うん」
「……乗るか」
「……うん」
陽菜は顔を真っ赤にして、でも嬉しそうに、こくりと頷いた。
俺たちの特別な一日は、最高のクライマックスを迎えようとしていた。
◇
観覧車のゴンドラは、俺と陽菜、二人だけの静かな世界だった。
ゆっくりとゆっくりと、高度を上げていく。
俺たちは、隣り合って座っていた。
肩と肩が、触れ合うか触れないかの絶妙な距離。
眼下には、宝石を散りばめたような、大阪の夜景がどこまでも広がっていた。
遠くには、さっきまでいた遊園地のキラキラとした光も見える。
そのあまりにも美しい光景に、 俺たちは、しばらく無言で見惚れていた。
「……すごいね」
「……あぁ」
沈黙が怖くない。
むしろ心地いい。
隣にいる陽菜の体温。 甘い匂い。
そのすべてが俺の心を満たしていく。
やがてゴンドラは、一番高い頂上へとたどり着いた。
世界が、俺たちの足元に広がっている。
その圧倒的な光景を前にして、俺は隣にいる陽菜の横顔を盗み見た。
彼女は、キラキラとした瞳で夜景を見つめている。
その長いまつ毛が、イルミネーションの光を反射して、星のように輝いていた。
愛おしい。
心の底からそう思った。
◇
(……綺麗)
目の前に広がる夜景も、もちろん綺麗だけど。
それ以上に、私の心を奪っていたのは、隣にいるカケルの横顔だった。
真剣な眼差しで夜景を見つめている。
その少しだけ、大人びて見える表情に、私の心臓はドキドキと音を立てていた。
京都の夜、舞が、言ってくれた言葉が蘇る。
『あんたが、彼を変えたのよ』
『言いたいこと、もっと言い合える関係になった方が、絶対楽しいわよ』
そうだ。
私が、臆病になってちゃダメなんだ。
ほんの少しだけ。 勇気を出してみよう。
私は意を決して、彼の肩に、自分の頭を、こてん、と優しく乗せた。
新幹線の時とは違う。
今度は、私の明確な意思を持って。
カケルの身体が、びくりと、大きく震えたのがわかった。
◇
肩に、柔らかな重みと温もり。
陽菜の頭が、俺の肩に寄りかかっている。
髪の毛から、シャンプーの甘い香りが、ダイレクトに俺の鼻腔をくすぐる。
もう、ダメだった。
俺の心臓は、今にも、爆発しそうなくらい激しく大きく脈打っている。
俺は、おそるおそる陽菜の方を向いた。
陽菜も、俺の方を見上げていた。
その大きな瞳が、潤んで、キラキラと輝いている。
吸い込まれそうだった。
俺は、気づけば手を伸ばしていた。
彼女の、柔らかな頬にそっと触れる。
陽菜の身体が、びくりと震えた。
でも、逃げなかった。
ただ、真っ直ぐに俺を見つめている。
俺は、ゆっくりと顔を近づけていった。
あと数センチ。
唇と、唇が、触れ合う、その瞬間。
――カチリ、と。
ゴンドラの、ドアの鍵が開く音がした。
俺と陽菜は、びくりとして慌てて身体を離した。
もう、地上に着いてしまったのか。
顔が熱い。
心臓が痛い。
大胆なことをしようとした、自分自身に驚いていた。
見てはいけない、夢を見ていたような、そんな気分だった。
◇
ホテルに戻った後も、俺の心臓は、ずっとドクドクと鳴り続けていた。
観覧車での、あの出来事。
もし、あの時、ドアが開かなかったら、俺たちはどうなっていたんだろう。
その、答えの出ない問いが頭の中をぐるぐると回る。
俺が、ベッドの上で悶々としていると、スマホが震えた。
『……今、少しだけいいかな。……ホテルの、中庭で待ってる』




