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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第73話 眠れない二日目の夜

 陽菜が、嵐のように走り去っていった後。


 俺たちの部屋には、気まずい沈黙と、彼女が残していった甘いシャンプーの香りだけが、取り残されていた。


 俺、桜井さくらいかけるは、ベッドの縁に座ったまま動けなかった。

 頭の中が真っ白で何も考えられない。


 ただ、あの黒いレースと白い肌の、あまりにも鮮烈なコントラストが、瞼の裏に焼き付いて離れない。



「健太……今の、見たか?」

「……見るなって方が、無理だろ……」


 健太は、呻くようにそう言った。


「……日高さん、……すげぇな。……いや、なんでもない」


 健太は、慌てて言葉を濁す。

 だが、俺にはわかった。


 こいつも、俺と同じだったのだ。

 陽菜のあの無防備な姿に、完全にノックアウトされてしまったのだ。

 その事実に、俺の胸の奥でチリチリと小さな嫉妬の炎が燃え上がった。


 陽菜も、あんな姿、俺以外の男に見せるなよ。

 そんな、身勝手な独占欲が頭をもたげる。


「……寝るぞ」


 俺は、それだけ言うと、自分のベッドに勢いよく倒れ込んだ。

 そして、頭から布団を被る。 もう何も考えたくなかった。





 ――眠れない。


 目を閉じれば、あの光景が鮮明に蘇ってくる。


 陽菜の潤んだ瞳。

 少しだけ開かれた桜色の唇。

 そして、部屋着の隙間から見えた、あの、黒いレースと白い肌。


 そのたびに、俺の身体は、勝手に熱を帯びる。



(……あいつ、わざと、やったのか?)


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 あの、身を乗り出すタイミング。

 胸元が緩むのを、わかっていたかのようなあの仕草。


 もしかしたら、全部計算だったのか?

 俺を誘うため?


 そう思った瞬間、俺の身体の奥底で、熱い何かが込み上げてくる。


(……くそっ)


 身体の熱は、少しも冷めてくれない。


 その熱に反するように、窓の外は、静かな大阪の夜景が広がっている。


 陽菜は、もう眠っているのだろうか。

 俺みたいに、さっきのことを思い出して、ドキドキしたりしていないだろうか。


 ……するわけ、ないか。


 あいつは、いつも通り、ただ俺をからかっただけだ。

 俺は、自嘲するように小さく笑った。


 明日は大阪の巨大遊園地で自由行動になっている。


 陽菜と二人きり。

 俺は、果たして平常心でいられるのだろうか。





 舞は、遊び疲れたのか、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。

 後に残されたのは、しんと静まり返った部屋と、目が、冴えきってしまった私だけだった。


(……どうしよう。眠れない)


 カケルのことを考え出すと、ドキドキが止まらなくなってしまう。

 彼の、あの熱っぽい視線が、私の身体に焼き付いて離れない。


 恥ずかしかった。

 でも、それ以上に嬉しかった。


 彼が、私のことを見てくれた。

 私の、心と身体は、そのことに正直に反応してしまっていた。


(……もう一回、カケルの顔、見たいな)


 ふと、そんな衝動に駆られた。

 今、彼は、どんな顔をして眠っているんだろう。

 もしかしたら、私みたいに、眠れずに、さっきのことを思い出してくれていたりしないかな……。


 ダメだ。 わかってる。

 こんな時間に、男の子の部屋に行くなんて、はしたないし許されない。


 でも。

 どうしても、もう一度、彼の顔が見たかった。


 ――謝りたい。

 さっきは、からかってごめんね、って。


 ――そして伝えたい。

 明日、楽しみにしてるね、って。



 私は、意を決して、そっとベッドを抜け出した。





 ホテルの廊下は、不気味なくらい静かだった。

 非常灯の青白い光だけが、長い廊下をぼんやりと照らしている。


 私は、抜き足差し足で、彼の部屋へと向かった。

 心臓がバクバクと高鳴っている。

 もし誰かに見つかったらどうしよう。

 でも、もう後戻りはできなかった。



 彼の部屋のドアの前。

 私は、深呼吸を一つして、そっとドアノブに手をかけようとした。


 その瞬間だった。


「……あら?」


 すぐ近くで、穏やかな声がした。



 私は、びくりとして凍りついた。

 ゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、見回りをしていたらしい、藤井先生だった。


「……日高さん? こんな時間に、どうしたのかしら」


 先生の、その優しい声に、私の頭の中は真っ白になった。


 終わった。

 怒られる。

 絶対に、怒られる。


 私は、俯いたまま、何も言えなかった。



「……眠れないの?」


 先生の、そのあまりにも優しい問いかけに。

 私は驚いて、顔を上げた。


 先生は、怒っていなかった。

 ただ、すべてを理解しているというような慈しむような目で、ふわりと、私を、見つめていた。


「……はい。……その、……ちょっと、目が、冴えちゃって」

「ふふっ。そう。……楽しいことがあると、興奮して眠れなくなっちゃうことあるわよね。……先生も、昔は、そうだったわ」

「……先生……」


 先生の、その温かい言葉に、言葉が自然と出てきた。


「……あの、先生。……私、……バカなこと、しちゃって……」

「……うん」


 先生は何も言わずに、ただ静かに頷いてくれる。

 その優しさに、私は、堰を切ったように話し始めていた。


「……カケルの顔が見たかったんです。……さっき、ちょっと、からかいすぎちゃったから謝りたくて。……それに明日楽しみだねって、伝えたくて。……でも、こんな時間に、男の子の部屋に行くなんて、ダメですよね。……わかってるのに、……気持ちが止まらなくて……」


 私は、涙声でそう言った。


 情けない。

 カッコ悪い。

 でも、これが、私の本当の気持ちだった。


 先生は、そんな私の話を、最後まで黙って聞いてくれた。

 そして、そっと私の肩に手を置いた。


「……そう。……桜井くんの顔が見たかったのね。……すごく素直で、素敵な気持ちだと思うわ」

「……え?」

「でもね、日高さん。……その素敵な気持ちも、時と場合によっては、相手を誤解させてしまうこともあるの。……特に、男の子は単純だから」


 先生はそう言って、少しだけ悪戯っぽく笑った。


「……だから、今はやめておきなさい。……その大切な気持ちは、もっと素敵な形で伝えるべきよ。……例えば、言葉でね」

「……言葉で?」

「ええ。……今は、便利なものがあるでしょう? ……あなたの素直な気持ちを、短い言葉に乗せて届けてあげたらどうかしら。……きっと、彼も喜ぶと思うわよ」


 先生のその優しいアドバイスに、私は、ハッとした。


「……先生、……ありがとう、ございます」

「どういたしまして。……さあ、お部屋にお帰りなさい。……いい夢を見るのよ」


 先生はそう言って、私の背中を、ぽんと優しく押してくれた。

 私は、何度も何度も頭を下げて、自分の部屋へと戻った。


 ベッドの中に潜り込む。

 心臓は、まだドキドキしていた。


 でも、それは、さっきまでの不安なドキドキとは違う。

 温かくて、優しい、ドキドキだった。


 私は、スマホを手に取ると、メッセージアプリを開いた。

 そして、震える指で、短い、でも、たくさんの気持ちを込めた言葉をゆっくり打ち込んだ。


『さっきは、ごめんね。明日、すごく楽しみにしてる! おやすみ!』


 送信ボタンを押す。

 すぐに既読がついた。


 それだけで、私の心は、温かいものでいっぱいになった。





 俺は、ベッドの上で悶々としながら、天井を睨みつけていた。


 その時だった。


 ――ピコン。

 枕元のスマホが、短く鳴った。


 陽菜からだった。

 俺は、飛び起きるようにして、そのメッセージを開いた。


『さっきは、ごめんね。明日、すごく楽しみにしてる! おやすみ!』


 そのあまりにも素直で可愛らしい一文に、俺の心の中の、全てのぐちゃぐちゃした感情が、すうっと浄化されていくのがわかった。


 あいつも、ちゃんと、俺と同じように、明日を楽しみにしてくれるんだ。


 俺は、スマホを胸に抱きしめた。

 そして、俺の口元が、だらしなく緩んでいたことに気付く。


 俺は、返信を打つ。


『俺もだ。おやすみ』


 その短い言葉に、俺のすべての気持ちを込めて。


 俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 不思議と、もう、身体の熱は感じなかった。


 ただ、陽菜のメッセージの温もりだけが、俺の心を、優しく包み込んでいた。



 明日は、二人で自由行動。

 最高の一日だったと思えるようにしたい。


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