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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第72話 心のダムと貯水量

 奈良から大阪へと向かうバスの中、俺の心は驚くほど穏やかだった。

 隣の席では、陽菜が楽しそうに明日の計画を練っている。


 その小さな横顔を、俺は盗み見る。

 繋いだ手のひらの温もり。

 鹿に襲われた彼女を守った時の、腕の中の感触。

 そして、俺の不器用な謝罪を優しく受け止めてくれたあの笑顔。


 その一つひとつが、俺の自己嫌悪にまみれていた心を、温かいもので満たしてくれていた。

 もう迷わない。 俺は、陽菜のことが好きだ。

 その確かな気持ちだけを、胸に抱いていればいい。


 バスが大阪市内の近代的なホテルに到着した。

 京都の風情のある旅館とはまた違う洗練された雰囲気に、俺たちは少しだけ気圧される。


「うわー、すごい! 映画に出てくるホテルみたい!」


 陽菜が目を輝かせている。

 部屋割りは、男女別のツインルームだった。


 俺は、健太と同室。

 陽菜は、舞と同じ部屋らしい。

 それぞれ二人きりの部屋。


 夕食は、ホテル内のレストランで豪華なバイキングだった。

 俺たちは、好きなものを好きなだけ皿に盛り、笑い合った。


 陽菜は、デザートのケーキを幸せそうに頬張っている。

 その口の端についた小さなクリームを、指でそっと拭ってやると、 彼女は顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

 周りで蓮や舞がニヤニヤしながら俺たちのことを見ている。 でも、もう気にならなかった。



 夕食の後、俺たちはそれぞれの部屋へ戻った。 シャワーを浴び、備え付けのゆったりとした部屋着に着替える。

 健太は、ベッドの上でスマホをいじりながら、葵ちゃんとメッセージのやり取りをしているようだった。

 その顔は、だらしなくにやけている。


「……お前、顔キモいぞ」

「うるせぇな。……駆こそ、日高さんと、いい感じじゃねぇか。見てるこっちが恥ずかしくなるっつーの」

「……別に」


 俺は照れ隠しにそう言って、ベッドの上に大の字に寝転がった。

 天井の柔らかな照明が目に優しい。


 陽菜は、今頃、何をしているだろうか。

 舞と、恋バナでもしているんだろうか。


 俺のことを話してくれていたら……なんて。

 そんな、都合のいいことを考えてしまう。



 と、


 ――コンコン。


 不意に、部屋のドアがノックされた。



「ん? 蓮かな」


 健太が顔を上げる。 俺も身体を起こした。


「俺、出るよ」


 健太が、ベッドから降りドアへと向かった。

 どうせ、蓮あたりが、またくだらない悪巧みを持ちかけてきたのだろう。

 そう高を括って俺はベッドに座ったまま、その様子を眺めていた。


 健太がドアを開ける。

 そして、固まった。


「……ひ、日高さん!?」


 その驚いた声に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。

 俺が勢いよく顔を上げると、そこに立っていたのは陽菜だった。


 俺たちと同じ、ゆったりとした部屋着を着て。

 お風呂上がりなのだろうか、その白い肌はほんのりと上気している。

 濡れた髪からシャンプーの甘い香りが、ふわりと部屋の中に流れ込んできた。





 お風呂から上がり、髪を乾かして。

 ふと思ったのだ。 今日のお礼をカケルにちゃんと言いたいなって。


 鹿から守ってくれてありがとう、って。

 手を繋いでくれて、嬉しかったよ、って。


 そう思うと、居ても立っても居られなくなった。


 カケルの顔が見たい、カケルの声が聞きたい。

 ふと、そんなことを考えて胸のドキドキが止まらないことが増えてきた。


 これが本当の「好き」というものなんだろうか。

 これが本当の「恋」というものなんだろうか。


 カケルにも、私のこと、本当の「好き」になってもらいたいな。

 カケルにも、もっと私にドキドキしてもらいたいな。

 幼馴染の延長線から抜け出したい、最近そんな気持ちが溢れてしまう。


 心というものが、気持ちを貯めておくダムだとしたら。

 もう、私の心は溢れそうになっているかもしれない。



 舞に「ちょっと、出てくる!」とだけ言い残して、私はカケルの部屋へと向かった。


 少しだけ計算があったのも事実だ。


 このホテルの部屋着。

 少し、胸元が緩い。


 少しだけかがんだりしたら、もしかしたら、チラリと見えちゃうかも、なんて。

 そんないけないことを考えていた。


 私のことを意識してほしい。

 少しでもいいから、「女の子」として見てほしい。


 ドアを開けてくれたのは健太くんだった。

 その奥のベッドに、カケルが座っているのが見える。


「あ、あの、カケルにちょっとだけ用があって……」

「お、おう! どうぞ、入って!」


 健太くんは、顔を真っ赤にして、私を部屋の中に招き入れてくれた。

 私は、カケルの座るベッドの縁に、ちょこんと腰を下ろした。


「……どうしたんだよ、陽菜」


 カケルの声が少しだけ硬い。

 彼も、私が突然来たことに緊張しているのがわかって、私の心臓のドキドキも速くなった。


「う、うん。あのね、今日ありがとね。鹿の時、助けてくれて」

「……別に。当たり前だろ」

「……それと、……手、繋いでくれて嬉しかった」


 私がそう言うと、カケルの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 そのカケルの反応が可愛くて愛おしくて、 私は少しだけ、彼に顔を近づけるように身を乗り出した。 胸元が少しだけ緩むのを意識しながら。


「……だから、そのお礼にと思って。……明日の自由行動、カケルが行きたいところに、私どこでもついていくからね?」





 陽菜が、身を乗り出してきたその瞬間。

 俺の視線は、そこに釘付けになった。


 彼女の部屋着の胸元。


 それは、少しだけVネックに開いていた。

 そしてその隙間から、 俺は見てしまったのだ。

 レースの、縁取りが見える黒っぽい何かを。


「……あ」


 声も出ない。

 息もできない。

 時間が止まった。

 頭の中が真っ白になって、何も考えられない。


 ただ目の前の、そのあまりにも刺激的な光景が。

 俺の脳裏に焼き付いて離れない。


 黒いレース。

 白い肌と柔らかな膨らみ。

 その、あまりにも鮮烈なコントラストが、 俺の網膜をもうだめにしていた。


「……お、おい、駆……?」


 健太の震える声で、俺はハッと我に返った。

 ちらりと健太の方を見ると、彼は顔を真っ赤にして、明後日の方向を見ながら、必死にスマホをいじるフリをしている。


 その、あまりにもわかりやすい反応に、俺は自分がどれだけ無遠慮な視線を、陽菜に向けていたのかを悟った。





(……見てる)


 カケルが、私の胸のあたりを見てる。

 驚きと戸惑いと、そしてほんの少しの好奇心に満ちた、あの男の子の顔で。

 じっと固まったまま私の胸元を見つめている。


 作戦は成功だ。でも。


(……あああああ)


 彼の、そのあまりにも熱っぽい生々しい視線に。

 私の方が、正直に反応してしまった。


 顔が熱い。

 身体の芯が、じんと痺れる。


 私が、彼にしてほしかったこと。

 でも、いざそれをされると、 恥ずかしくて恥ずかしくて、どうにかなりそう。

 私が仕掛けたゲームのはずなのに。 完全に私が負けている。


「……ご、ごめん! なんでもない!」


 私は、そう叫ぶと脱兎のごとくその場から走り去った。


 後に残されたのは、固まったままのカケルと健太くん。

 そして、廊下に漂う甘いシャンプーの香りだけだった。



 自分の部屋に転がり込むように戻ると、ベッドの上で雑誌を読んでいた舞が、呆れた顔で私を見た。


「……あんた、何よその顔。茹でダコみたいになってるじゃない」

「……う、うるさい……!」


 私は、勢いよく自分のベッドにダイブして枕に顔を埋めた。

 心臓が、まだバクバクと音を立てている。


「で? 桜井くんに、ちゃんとお礼言えたわけ?」

「……う、うん」

「それだけじゃないわね、その反応は。……さては、あんた、また何かやらかしたんでしょ」


 舞には何も隠せない。

 私は、枕に顔を埋めたまま、もごもごと、さっきまでの出来事を正直に白状した。


 わざと、胸元が緩い部屋着を着ていったこと。

 わざと、身を乗り出して、彼に見せつけようとしたこと。

 そして、彼のあの熱っぽい視線に、自分が耐えきれなくなって逃げ帰ってきたこと。


 ひとしきり私の話を聞き終えた舞は、深いため息をついた。


「……あんた、ほんとバカね」

「……うぅ」

「まあ、でも」


 舞はそう言って、くすくすと楽しそうに笑った。


「……あんたらしい、っていうか。……で? 桜井くん、どんな顔してたのよ」 「……す、すごく……。……見たこともないくらい、真っ赤になって固まってた……」

「ぷっ……あはははは! マジで!? あの、桜井くんが!?」


 舞は、腹を抱えて笑い転げている。

 その、楽しそうな笑い声を聞いていたら、私の恥ずかしさも少しだけ和らいでいく気がした。


「……よかったじゃない、陽菜。……あんたの作戦、大成功ってことよ。彼に意識してもらたんじゃない?」

「……そう、かな」

「そうよ。……まあ、やりすぎには注意しなさいよね。」

「……うん」



 でも。ダメだ。 眠れない。

 カケルのことを考え出すと、ドキドキが止まらなくなってしまう。


 彼のあの熱っぽい視線が。

 私の身体に焼き付いて離れない。


 自分で蒔いた種なのに。

 修学旅行の夜は、やっぱり特別な夜なんだ。


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