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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第71話 鹿と大仏と繋いだ手

 修学旅行二日目。


 俺、桜井さくらいかけるは、京都から奈良へと向かうバスの揺れに身を任せながら、重い重いため息をついた。


 昨夜の出来事が頭から離れない。

 女湯を覗こうとした、あの愚かな悪巧み。


 俺は、結果的に陽菜を守ることができた。

 それは、わかっている。


 でも、あの禁断の企みに、俺は一度加担してしまった。

 そして、あの現場で、陽菜の裸を想像してしまった。

 一瞬でも、覗いてみたいって考えてしまった。

 さらに、壁の向こう側から聞こえてきた、陽菜の無防備で楽しそうな笑い声。

 その声を聞いてしまっただけで、俺は、とんでもない罪を犯してしまったような気分だった。



 朝、旅館のロビーで陽菜と顔を合わせた時、俺は、まともに彼女の顔を見ることができなかった。

 陽菜は不思議そうな顔で、「おはよう、カケル」と、いつも通りに笑いかけてくれた。

 その無垢な笑顔が、今は何よりも辛かった。


 お前は知らないんだ。

 俺が、昨日の夜、お前たちの裸を覗こうとしていた最低な男だってことを。


 俺は、「……おう」と、短く答えるのが精一杯だった。



 バスの席は自由席だった。

 俺は、健太の隣に逃げるように座った。

 陽菜は、舞と一緒に俺たちの数列前の席に座っている。

 その小さな後ろ姿を見るだけで、俺の心臓は罪悪感できりきりと痛んだ。


「……駆、お前、まだ昨日のこと、引きずってんのかよ」


 隣で、健太が呆れたように言った。


「……うるせぇ」

「まあ、気持ちはわかるけどな。……でも、お前は、日高さんを守ったんだろ? 結果的に、お前の作戦は成功して覗きは未遂に終わったんだし。あんま、気にすんなよ」

「……そういう、問題じゃねぇんだよ」


 俺は、あの場に行ってしまったのだ。

 一度は、あの壁の向こうにいる陽菜の裸を想像してしまった。

 覗いてみたいって、思ってしまった。


 俺は、陽菜の隣に立つ、資格なんて、ないのかもしれない。

 そんな、自己嫌悪に苛まれながら、俺は、ただ、窓の外を、流れていく景色を、見つめていた。





 バスが、奈良公園に到着した。

 バスを降りた瞬間、俺たちの目の前に、信じられない光景が広がっていた。


 鹿、 鹿、鹿、鹿。

 どこを見ても、鹿だらけだった。


 観光客に、当たり前のようにすり寄っていく鹿の群れ。

 その、あまりにもシュールな光景に、俺の沈んでいた心も、少しだけ浮上するのを感じた。


「うわー! すごい! 本当に、鹿がいっぱいいる!」


 陽菜が、子供みたいに目を輝かせている。

 その楽しそうな横顔を見て、俺の胸の靄が少しだけ晴れた気がした。


 

「見て、葵! 鹿せんべい、売ってるよ! 買いに行こ!」

「うん!」


 健太と葵ちゃんが、仲良く売店の方へと駆け寄っていく。

 俺たちも、その後に続いた。


 陽菜は、鹿せんべいを買うと、嬉しそうに一番近くにいた小鹿の前にしゃがみ込んだ。


「はい、どうぞ」


 陽菜が、せんべいを差し出すと、小鹿は可愛らしく、それをぱくりと食べた。


「可愛いー!」


 陽菜が、満面の笑みを浮かべる。

 その光景が、あまりにも平和で愛おしくて、俺は思わず見惚れてしまっていた。


 だが、その平和な時間は、長くは続かなかった。

 陽菜が鹿せんべいを持っていることに気づいた周りの大きな鹿たちが、一斉に、彼女の元へと殺到してきたのだ。


「え、ちょ、待って、待って!」


 陽菜は、あっという間に鹿の群れに囲まれてしまった。

 鹿たちは、「せんべいをよこせ」とでも言うように、陽菜の服の裾やバッグを、ぐいぐいと引っ張っている。


「きゃっ!」


 バランスを崩した陽菜が、よろけて転倒しそうになった。

 その小さな身体に、鹿たちがさらに群がっていく。


 その光景を見た瞬間、俺が、心の中で抱えていた罪悪感も、自己嫌悪も、すべて吹き飛んだ。 ただ、陽菜を助けなければとの焦りだけが残った。


「陽菜!」


 俺は叫んだ。 そして鹿の群れの中に突っ込んでいく。


「こら! お前ら、あっち行け! しっしっ!」


 俺は、両手を大きく広げ、鹿たちを追い払った。

 鹿たちは、一瞬だけ怯んだように後ずさる。

 俺は、その隙に陽菜の腕をぐいっと掴んだ。


「……大丈夫か!?」

「う、うん……。びっくりした……」


 陽菜は、まだ、少しだけ怯えたように震えている。


 その華奢な身体。

 俺は、気づけば、陽菜のその身体を、鹿たちから庇うように腕で抱いていた。

 そして、まだこちらを窺っている、鹿たちを睨みつける。

 俺の、気迫に押されたのか、鹿たちは諦めたように散っていった。





(……カケル)


 カケルの腕の中にいる。

 さっきまでの恐怖が、嘘のように消えていく。


 カケルの、がっしりとした胸板。

 Tシャツ越しに伝わってくる熱い体温。

 汗と、制汗剤の匂いが混じった、カケルだけの匂い。


 そのすべてが、いつもいつも、私の心を安心感で満たしてくれる。

 心臓がドキドキする。


 カケルは、いつも、私のことを助けに来てくれる。

 カケルは、いつも、私を守ってくれる。



 昨日の夜、舞に、背中を押してもらった。


 ――あんたが、彼を変えたのよ


 その言葉が、胸に蘇る。

 そうだ。 私が、臆病になってちゃダメなんだ。


「……もう、大丈夫だ」


 カケルが、低い声で言った。

 私は、ゆっくりと顔を上げる。


 目の前には、カケルの真剣な、でも、優しい眼差し。

 私は、その瞳に吸い込まれそうだった。


「……ありがと」


 私がそう言うと、彼は、少しだけ照れたように視線を逸らした。

 そして、私の手をそっと取った。

 嵐山の時よりも、もっと力強く。 絶対に離さない、とでも言うように。


「……行こうぜ。大仏見に」

「……うん」


 私は、力強く頷いた。

 そして、ただ握られるだけじゃなく、自分から強く握り返した。

 私の小さな手から伝わる、力の強さに、彼の肩がびくりと震えるのがわかった。


 私は、少しだけ意地悪く笑った。

 彼の固い心を、こじ開けるのは私の役目なのだと思った。





 俺たちは、手を繋いだまま、東大寺の南大門を、くぐった。

 目の前に現れた巨大な大仏殿。 その、あまりにも、荘厳な姿に、俺たちは、ただ、言葉を失った。


 中に入ると、さらに圧倒される。

 見上げるほど、大きな大仏。

 その、穏やかで、慈悲深い表情。


 俺たちは、しばらく無言で大仏を見上げていた。

 繋いだ手のひらが、少しだけ汗ばんでいる。

 でも、離したくなかった。 この温もりを手放したくなかった。


 やがて俺たちは大仏殿を後にした。

 外に出ると、西の空が、少しだけオレンジ色に染まり始めていた。


「……すごかったね」

「……あぁ」


 陽菜が、ぽつりと呟いた。

 その横顔は、どこか神聖なものを見た後のように清々しく見えた。


「……あのさ、陽菜」

「ん?」

「……今朝、……悪かったな。なんか、そっけない態度、とって」


 俺は、ずっと言えなかった言葉を口にした。

 本当の理由は言えない。 でも、これだけは伝えたかった。


「……ううん。……私も、ごめんね。何か、あったのかなって、心配だったから」


 陽菜はそう言って、優しく微笑んだ。


 俺たちは顔を見合わせて、少しだけ照れくさそうに笑い合った。

 そして、固く、固く、手を繋いだまま、次の目的地である大阪へと向かうバス停に向かって歩き出した。


 奈良の秋の空は、どこまでも、高く、澄み渡っていた。




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