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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第1章 いつも隣にいた君(4月/5月)
7/24

第7話 休日の目撃者

土曜日の午後。

俺、桜井駆は、駅前の大型ショッピングモールの中を、目的もなくぶらついていた。


いや、目的がない、というのは嘘だ。

俺の目的は、俺の半歩前を歩く、小さな後ろ姿そのものだった。


「ねぇ、カケル。あそこの雑貨屋さん、見てみてもいい?」

「ん、あぁ。別にいいけど」


俺の返事を聞いて、日高陽菜は嬉しそうに「やった!」と小さく呟き、ぱたぱたと雑貨屋の中へと消えていく。

その後ろ姿を見送りながら、俺は深いため息をついた。


先週、俺たちが揃って風邪でダウンした事件以来、俺たちの間にはどこかぎこちない空気が流れていた。

いや、陽菜はいつも通りなのだが、俺が一方的に意識してしまっているだけだ。


あの日、俺の腕の中で赤くなっていた陽菜の顔。

俺が作ったお粥を、恥ずかしそうに食べる姿。

そのすべてが、脳裏に焼き付いて離れない。


もはや、こいつをただの「幼馴染」として見ることは、不可能だった。


そんな状況で、なぜ今日二人で出かけることになったのか。

原因は、俺の弟、わたるだ。


『兄貴、新しいスパイク、欲しいんだろ? 駅前に新しいスポーツ用品店できたらしいぜ。陽菜姉ちゃんも、新しいラケット探してるって言ってたし、二人で行ってくれば?』


今思えば、完全にあの弟にハメられたのだ。

陽菜も陽菜で、航から話を聞いたらしく、「じゃあ、一緒に行こっか!」と何の疑いもなく俺を誘ってきた。断れるはずもなかった。


「カケル、見て見て! このキーホルダー、可愛くない?」


雑貨屋の中から、陽菜が俺を呼ぶ声がする。

俺が店の中に入ると、陽菜はアザラシのマスコットがついたキーホルダーを手に、満面の笑みを浮かべていた。


「……お前、そういうの好きだよな」

「うん! ふわふわしてて、癒されるー」


そう言ってキーホルダーを頬にすり寄せる陽菜。

その無邪気な仕草に、俺の心臓がまたドクンと跳ねる。


今日の陽菜は、いつもと雰囲気が違った。

制服じゃない。白いブラウスに、ふわりとした花柄のスカート。

髪も、いつものポニーテールではなく、下ろしている。

そのせいか、いつもよりずっと大人っぽく見えて、直視するのが難しかった。


(……やばい。普通に、めちゃくちゃ可愛い)


俺は自分の顔が熱くなるのを感じ、慌てて視線を逸らす。


「……お前、それ買うのか?」

「うーん、迷うなぁ。でも、今日はカケルのスパイク見に来たんだし、また今度にしよっかな」


陽菜は名残惜しそうにキーホルダーを棚に戻すと、俺の方を振り返った。


「ごめんね、付き合わせちゃって。行こっか、スポーツ用品店」

「……別に。急いでねぇし」


俺たちは雑貨屋を出て、目的の店へと向かう。

並んで歩く、休日のショッピングモール。

周りには、俺たちと同じくらいの年のカップルがたくさんいた。

手を繋いだり、腕を組んだり。その光景が、やけに目に付いた。


(俺たちも、周りから見たら、あんなふうに見えてんのかな……)


そう思った瞬間、心臓が大きく高鳴った。


もし、陽菜と付き合ったら。

もし、あんなふうに、堂々と手を繋いで歩けたら。

そんな妄想が、頭の中を駆け巡る。



ダメだ。これ以上は、理性が保たない。





(カケル、なんだか今日、静かだな……)


彼の半歩後ろを歩きながら、私、日高陽菜は、カケルの広い背中をじっと見つめていた。


先週、二人で風邪を引いてから、彼が少しだけ私を避けているような気がする。

気のせいかもしれない。でも、教室でも、前より目が合わなくなった。


もしかして、私が看病に行ったこと、迷惑だったのかな。

お粥を食べさせてあげたのも、やりすぎだったのかもしれない。

そんな不安が、胸の中をぐるぐると渦巻いていた。


だから、今日、彼を買い物に誘った。


航くんから、カケルが新しいスパイクを探していると聞いた時、これはチャンスだと思ったのだ。二人きりになれば、また、いつもみたいに話せるかもしれない。


今日の服も、髪型も、すごく悩んだ。

少しでも、女の子として見てほしくて。彼が好きな、白いブラウスを選んだ。


(気づいて、くれてるかな……)


ちらりと彼の横顔を盗み見る。

彼は、真っ直ぐ前を見つめていて、何を考えているのかわからない。

でも、その真剣な横顔が、やっぱり私は大好きだった。


スポーツ用品店に着くと、カケルは真っ先に陸上コーナーへと向かった。

色とりどりのスパイクが並ぶ棚の前で、彼の目が、キラキラと輝いている。

部活の話をしている時の彼は、いつも本当に楽しそうだ。


「カケル、どれがいいとかあるの?」

「んー、今履いてるやつの、新しいモデルが出たって聞いたんだけどな……あった、これだ」


カケルは一足のスパイクを手に取り、感心したように眺めている。


「へぇ、カッコいいね。カケルに似合いそう」

「……そうか?」


私がそう言うと、彼は少しだけ照れたように、そっぽを向いた。

その反応が、可愛くて、愛おしい。


私も、ソフトテニスコーナーで新しいラケットをいくつか見てみる。

でも、正直、ラケットなんてどうでもよかった。

今、この瞬間、カケルと二人きりでいられること。それだけで、十分だった。


結局、カケルは目当てのスパイクを買い、私も新しいグリップテープを買った。

店を出て、少し疲れた私たちは、フードコートで休憩することにした。


「私、クレープ買ってくる! カケルは何飲む?」

「……じゃあ、コーラ」

「オッケー!」


私がクレープ屋の列に並んでいると、不意に、背後から声をかけられた。


「あれ? 日高さんと、桜井くん?」


振り返ると、そこにいたのは、同じクラスの男女カップルだった。

確か、男子の方が鈴木くんで、女子の方が加藤さん。

二人は、クラスでも公認のラブラブカップルだ。


「あ、鈴木くんに、加藤さん。こんにちは」

「やっほー! 二人も買い物? もしかして、デート?」


加藤さんが、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「ち、違うよ! 偶然会っただけだって!」


私は慌てて否定する。

でも、心臓は正直だ。デート、という言葉の響きに、勝手にドキドキしてしまう。


「ふーん? 偶然ねぇ。でも、二人っていっつも一緒じゃん。もう付き合っちゃいなよー」

「そうだよ。お似合いだって、クラスでもみんな言ってるぜ?」


鈴木くんまで、からかってくる。

どうしよう。カケルが戻ってくる前に、早くこの場を離れないと。

彼が聞いたら、絶対にまた、気まずくなってしまう。


私が焦っていると、まさにそのタイミングで、カケルがコーラのカップを二つ持ってこちらへやってきた。


「陽菜、まだか……って、え」


カケルは、鈴木くんたちに気づくと、固まった。


「よお、桜井。奇遇だな。日高さんとデートか? 隅に置けねぇなー」

「い、いや、これは……」


鈴木くんの言葉に、カケルが狼狽えているのがわかる。


やめて。そんなこと言わないで。カケルを、困らせないで。





最悪だ。 なんで、こんなところでクラスの奴らに会うんだよ。

鈴木と加藤は、俺と陽菜の顔を交互に見て、ニヤニヤと楽しそうにしている。


「デートか? 隅に置けねぇなー」


その言葉が、俺の頭の中でぐわんぐわんと反響する。

違う。これは、デートなんかじゃ、断じてない。


でも、もし、そうだと言ったら?

こいつらは、きっとクラス中に言いふらすだろう。

「桜井と日高が付き合い始めた」と。


そうなったら、陽菜との今の関係は、どうなる?

もう、今までみたいに、気軽に話せなくなるかもしれない。

隣にいることが、当たり前じゃなくなるかもしれない。

それが、怖かった。 失うのが、怖かった。


「ちげーよ!」


俺の口から、自分でも驚くほど大きな声が出た。


「そ、そんなんじゃねぇから! こいつとは、ただの幼馴染で、家が隣なだけだって! だから、勘違いすんな!」


言ってしまった。 最悪の言葉を、最悪のタイミングで。

俺の言葉を聞いて、鈴木と加藤はきょとんとした顔をしている。

そして、隣に立つ陽菜の顔が、一瞬にして凍りついたのを、俺は見てしまった。


「……そ、そうなんだ。ご、ごめん、変なこと聞いちゃって」

「じゃ、じゃあ、俺らもう行くわ! またな!」


気まずい空気を感じ取ったのか、鈴木と加藤はそそくさとその場を立ち去っていった。

後に残されたのは、俺と、そして、俯いたままの陽菜だけだった。


「……あ」


陽菜が、小さく声を漏らす。


見ると、彼女が注文したばかりの、生クリームとイチゴがたっぷり乗ったクレープが、ぐしゃりと地面に落ちていた。


「……ごめん。手、滑っちゃった」


陽菜は、そう言って、力なく笑った。

その笑顔は、今まで俺が見た中で、一番、悲しそうだった。





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