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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第69話 涙の作戦会議

 旅館の、女子部屋。


 夕食と入浴を終え、消灯時間までの自由時間。

 部屋の中は、恋バナとお菓子の甘い匂いで満ち溢れていた。


 日高ひだか陽菜ひなさんや結城ゆうきまいさん、星野ほしのあおいちゃんたちが、キャッキャと楽しそうに、今日の出来事を話している。


 その輪の中心には、もちろん桜井くんと日高さんの甘酸っぱいエピソード。

 私は、その会話に適当に相槌を打ちながらも、隣にいる親友のことが、心配で仕方なかった。



「……楓」


 私が、声をかけると、小野寺おのでらかえでは、力なく顔を上げた。


 その顔は、真っ青で、笑顔なんてどこにもない。


 当たり前だ。

 今日のあの一日を、目の前で見せつけられて。 平気なわけがない。


 清水寺へ向かう参道で、当たり前のように手を繋ぐ二人。

 舞妓姿の日高さんに、見たこともないくらい優しい顔で、「綺麗だ」と言う桜井くん。

 そして、固く固く繋がれた二つの手。

 そこには、他の誰も入り込めない、絶対的な空気が流れていた。


「……ちょっと、外の空気、吸いに行かない?」


 私がそう言うと、楓はこくりと小さく頷いた。

 私たちは周りの子たちに気づかれないように、そっと部屋を抜け出した。





 旅館の小さな中庭。

 月明かりが、静かに、苔むした庭石を照らしている。

 ひんやりとした秋の夜の空気が心地よかった。


 私たちは縁側に並んで腰を下ろした。

 しばらく、どちらも何も話さなかった。

 ただ、遠くで聞こえる、鹿威しの、コーンという、澄んだ音だけが響いている。


 やがて、楓がぽつりと呟いた。


「……私、……やっぱり、ダメみたい」


 その声は、震えていた。


「……わかってたはずなのにね。……二人がお似合いなのも。……桜井くんが、日高さんのこと、大好きなのも。……でも、どこかで期待してたのかも。……私にも、チャンスがあるんじゃないかって」


 楓の大きな瞳から、堪えていた涙が、一筋こぼれ落ちた。


「……文化祭のとき、嬉しかったの。……カフェで二人がすごくいい雰囲気で。……それを見て、一度は諦めようって思った。……でも、やっぱり諦めきれなくて。……だから、今日の修学旅行、すごく楽しみにしてた。……少しでも、桜井くんと話せたらいいなって。……でも、ダメだった。……二人の間に、私の入る隙間なんて一ミリもなかった」


 楓はそう言って、自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

 その小さな肩が小刻みに震えている。 私は、何も言えなかった。


 どんな慰めの言葉も、今の彼女には届かない。

 ただ黙って、その背中を、優しくさすってやることしかできなかった。



「……もう、やめようかな。……諦めた方が、楽になれるよね。……こんな苦しいだけなら……」


 そのあまりにも、弱々しい言葉に。

 私の胸がきゅっと痛んだ。

 私は、彼女の冷たくなった手を、そっと両手で包み込んだ。


「……そっか。……楓が、そう決めたなら、私は、何も言わないよ」


 私のその静かな言葉に、楓がびくりとして顔を上げる。


「……え?」

「だって、楓の恋だもん。私が、どうこう言えることじゃない。……楓が、楽になりたいって言うなら、私は、それを応援するよ」


 私がそう言って優しく微笑むと、楓の瞳が大きく揺れた。


「……でもね、楓」


 私は、言葉を続ける。


「……私は、知ってるよ。……楓が、この恋をして、どれだけ変わったか。どれだけ強くなったか。……夏合宿の朝、勇気を出して彼に声をかけた。夏の大会で、日高さんの前で、堂々とドリンクを渡した。体育祭で、彼が落馬したとき一番に駆け寄った。……いつも私の後ろに隠れてた、あの、弱虫な楓は、もうどこにもいないんだよ」


「……沙織……」


「……その気持ちは、絶対に無駄なんかじゃない。……たとえ、叶わなかったとしても、あんただけの宝物なんだから。……だから、もし諦めるんだとしても、その宝物を、中途半半端な形で終わらせてほしくないなって、私は思うかな」


 私はそこまで言って、一度言葉を切った。

 そして、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。


「……後悔、しない?」


「……」


「今、何も伝えないで、終わって。……本当に、後悔しない?」


 私の、その問いに、楓は俯いたまま、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


 でも、それは、さっきまでの弱々しい涙じゃなかった。

 悔しくて、でも、前を向こうとする、強い、強い、涙だった。





 沙織の言葉が、私の、胸に突き刺さる。


 そうだ。 私は、いつから、こんな弱虫になってしまったんだろう。

 

 日高さんと桜井くんがお似合いなことなんて、最初からわかっていたことじゃないか。

 それでも、私は彼を好きになった。

 その気持ちに嘘はない。


 沙織の言う通りだ。

 この恋をして、私は確かに変われた。

 前よりも、少しだけ強くなれた。

 だったら、最後までちゃんと戦わなくちゃ。

 たとえ、結果がわかっていたとしても。


「……ごめん、沙織。……私、……間違ってた」


 私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、親友の顔を見上げた。


「……私、……伝える。……ちゃんと、私の口から」

「……楓?」

「ただ、振ってもらうためじゃない。……私が、どれだけ桜井くんのこと好きだったか。……この、宝物みたいな気持ちを、ちゃんと彼に伝えたい。……それで、この恋をちゃんと終わらせたい。……ううん、終わらせて、次に進みたい」


 それは、私の、精一杯の強がり。

 でも、本心だった。


 私が、そう言うと、沙織は、心の底から嬉しそうに、いつもの太陽みたいな笑顔で笑ってくれた。


「……うん。……それが、一番、楓らしいよ」


 そして、私は、一番聞きたかった言葉を口にした。


「……ねぇ、沙織」

「ん?」

「……もし、……もし、ちゃんと伝えて振られちゃったら。……その時は、……慰めて、くれる?」


 そのあまりにも情けない私の問いに。

 沙織は、一瞬だけきょとんとした顔をした。

 そして、次の瞬間。 力いっぱい私を抱きしめてくれた。


「当たり前でしょ! ……楓が泣き止むまで、ずっと隣にいてあげる。……だから、安心して行ってきなさい!」


 その、温かい腕の中で。

 私は、もう一度だけ、声を上げて泣いた。


 でも、もう怖くはなかった。

 この、最高の親友がいてくれるなら。 私は、きっと大丈夫だ。


 もう迷わない。

 私の恋の、最後の花火。

 どうせなら、一番、綺麗に咲かせてみせる。

 


 中庭の澄んだ夜空には、 満月が煌々と輝いていた。

 その光が、まるで、私の、涙で濡れた頬を、優しく照らしてくれているようだった。


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