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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第66話 消えた葵、繋がれた手と手

 清水寺周辺の散策を終えた俺たちは、バスと電車を乗り継ぎ、京都の西側に位置する観光地、嵐山へとやってきていた。


 桂川にかかる、雄大な渡月橋とげつきょう。その向こうに広がる、錦のように色づいた山々。

 清水寺とはまた違う、壮大で美しい自然の風景に、俺たちはただ息を呑んだ。


「うわー……! 綺麗……!」


 陽菜が、感嘆の声を漏らす。その横顔は、紅葉に照らされてキラキラと輝いていた。

 俺は、その姿から、目を離すことができなかった。


「よし! じゃあ、次は、あそこに行くぞ! 竹林の小径こみちだ!」


 蓮が、パンフレットを指さして言った。

 俺たちは、蓮を先頭に、再び、人の波の中を歩き出す。


 竹林の小径は、想像以上に、幻想的な場所だった。

 高く、天に伸びる青々とした竹。その隙間から、木漏れ日がキラキラと降り注いでいる。 ひんやりとした澄んだ空気が心地よかった。


「すごいね……。なんだか、別の世界に来たみたい」


 陽菜が、俺の隣でそう呟いた。

 俺も、同じ気持ちだった。

 だが、その幻想的な雰囲気とは裏腹に、小径は、観光客で、ごった返していた。


「はぐれんなよ、陽菜」


 俺は、とっさに陽菜の手を掴んだ。

 陽菜は、びくりと肩を震わせたが、すぐに嬉しそうにはにかんで、俺の手をぎゅっと握り返してくれた。


 その温もりが嬉しくて。

 俺は、自分の顔が熱くなるのを感じた。


 俺たちが、そんな、甘酸っぱい空気を醸し出していると、前の健太と葵ちゃんも、同じように手を繋いで、仲睦まじく歩いている。舞と翔平くんも、蓮も、それぞれ、楽しそうだ。

 俺は、この時間が、永遠に続けばいいのに、と、本気で思った。




 だが、そんな穏やかな時間は、突然、終わりを告げる。



「……あれ? 葵は?」


 竹林の小径を、抜けきったところで。

 健太が、ふと、そんなことを言った。


 俺たちは、振り返る。

 だが、そこに葵ちゃんの姿はなかった。



「……うそだろ」


 健太の顔から、血の気が引いていくのがわかった。さっきまで、すぐ後ろにいたはずなのに。あの、人の波の中で、はぐれてしまったのか。


「葵! どこだー!」


 健太が、叫ぶ。

 だが、返事はない。

 周りの、観光客たちが、何事かとこちらを見ているだけ。


「やばい……。どうしよう……。あいつ、人見知りするし、方向音痴なのに……!」


 健太は、完全にパニックに陥っていた。

 いつも陽気で、自信満々な健太のこんな姿を、俺は初めて見た。


「落ち着け、健太! みんなで、手分けして、探そう!」


 蓮が、冷静に指示を出す。


「俺と翔平は、こっちの道を戻る! 駆と健太は、あっちの土産物屋の通りを! 陽菜ちゃんと舞は、ここにいて、もし、葵ちゃんが戻ってきたら、連絡してくれ!」


「「うん!」」


 陽菜と舞が、頷く。

 俺も、健太の肩を力強く叩いた。


「……大丈夫だ。絶対、見つかる」

「……おう」


 健太はそう答えながらも、その顔は、絶望に染まっていた。


 俺たちは、二手に分かれて走り出した。

 さっきまでの楽しかった空気が、嘘のように冷たく、重い空気が、俺たちを支配していた。






 カケルが、私の手を握ってくれた。

 人混みの中、「はぐれんなよ」って、ぶっきらぼうに、でも、すごく優しく。

 その、大きな手のひらの感触に、私の心臓はもう限界だった。


 嬉しい。

 恥ずかしい。

 でも、それ以上に、幸せだった。


 繋いだ手から、彼の温もりが直に伝わってくる。もう、このまま、どこへでも行けてしまいそうだった。



 そんな、夢見心地な気分は、健太くんの一言で、一瞬にして吹き飛んでしまった。


 葵ちゃんが、いない。

 さっきまで、すぐ後ろで、楽しそうに笑っていたはずの彼女が。


 健太くんの、真っ青な顔。

 蓮くんの、険しい表情。

 楽しかった空気が、一瞬で、冷たいものに変わっていく。


 私も、舞と二人で、その場に残り、葵ちゃんを探すことになった。



「大丈夫かな、葵ちゃん……」

「大丈夫だよ。きっと、すぐに見つかるって」


 舞は、気丈にそう言ったけど、その顔は、明らかに心配そうだった。

 私も、不安で、胸が張り裂けそうだった。


 もし、葵ちゃんが、何か事件に巻き込まれていたら?

 もし、このまま見つからなかったら?


 あの文化祭の後の苦しい記憶が心を押し潰す。

 悪い想像ばかりが、頭をよぎる。


 そして、何より、健太くんのことが心配だった。

 葵ちゃんのことが大好きな彼の、あの絶望した顔が、目に焼き付いて離れない。


 私は、ただ、祈ることしかできなかった。

 早く、葵ちゃんが見つかりますように、と。






 頭の中が、真っ白だった。


 葵が、いない。

 俺の、すぐ後ろにいたはずの、葵が。


 なんで。 どうして。

 なんで、俺は、もっとちゃんと見ててやらなかったんだ。

 なんで、俺は、あいつの手を離してしまったんだ。

 後悔と罪悪感が、津波のように押し寄せてくる。


「葵! どこにいるんだー!」


 俺は、半狂乱で、葵の名前を叫びながら、人混みをかき分けていく。

 その姿は、きっと周りからみると痛々しく感じられるほど、必死だった。


「くそっ! なんで俺は、あいつの手を離してしまったんだ……!」


 俺は、自分を責めるように、そう呟いた。


 隣で、駆が何も言わずに、一緒に探してくれている。その無言の優しさが、今は、少しだけ辛かった。


 もし、これが駆と日高さんだったら?

 あいつは絶対に、日高さんを見失ったりしない。

 俺は、なんて、情けない彼氏なんだ。



 俺たちは、土産物屋を一軒、一軒、見て回る。

 でも、葵の姿は、どこにもない。


 時間だけが、無情に過ぎていく。

 空は、少しずつオレンジ色に染まり始めていた。



「……どうしよう、駆……。もう、集合時間に、なっちまう……」


 俺の声は、涙で震えていた。

 もう、ダメかもしれない。

 そう、思った、その時だった。


 駆のスマホが震えた。

 蓮からだった。


『駆! 葵ちゃん、見つかった! 渡月橋の、たもとにいる!』


 その、メッセージを見た瞬間。

 俺は、駆の顔を見た。


 そして二人で、全力で走り出した。

 渡月橋へと向かって。





 怖かった。

 ただ、ひたすらに怖かった。


 健太と手を繋いで、竹林を歩いていた。

 幸せだった。


 でも、ふと目に留まった、可愛らしいかんざしのお店。


 ほんの一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、その店に気を取られてしまった。

 そして顔を上げた時には、もう、健太たちの姿は、どこにもなかった。

 人の波に、飲み込まれてしまったのだ。


「……けん、た……?」


 呼んでも、返事はない。


 焦って、周りを見渡す。

 でも、見慣れない顔、顔、顔。

 知らない人ばかり。


 心臓が、ドキドキと、速くなっていく。

 どうしよう。 どこに行けばいいの?

 私は、ただ、呆然と、その場に、立ち尽くすことしか、できなかった。



 時間だけが、過ぎていく。

 空が、少しずつ赤く染まっていく。

 もう、泣きそうだった。

 いや、もう泣いていた。

 涙が、次から次へと溢れ出して止まらない。


 健太。 会いたいよ。

 そう、思った、その時だった。


「……葵!」


 聞き慣れた声。

 私が、世界で一番好きな、声。


 顔を上げると、そこには、息を切らして、肩で息をしている健太が立っていた。


「……けん、た……?」


 次の瞬間。

 私は、力強い腕で、ぎゅっと抱きしめられていた。


「……よかった……! 本当に、よかった……!」


 健太の声も、涙で震えている。

 その温もりに、声に、匂いに。  

 私の、張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


「……ごめん、なさい……。……私、……はぐれちゃって……。……怖くて……」

「俺の方こそ、ごめん! ちゃんと、見ててやれなくて、ごめん……! もう、絶対に、離さねぇから……!」


 私たちは、周りの目も、気にせず。

 ただ、お互いの温もりを確かめるように、強く、強く、抱きしめ合っていた。

 その光景を、駆けつけてくれた駆くんたちが、静かに、見守ってくれていることに、私は、まだ気づいていなかった。





 帰り道。

 俺たちは、無言で、駅へと向かっていた。


 健太と葵ちゃんは、今度こそ絶対に離さない、とでも言うように、固く、固く、手を繋いでいる。

 その、二人の後ろ姿を見ながら、俺は、隣を歩く陽菜の小さな手を見た。


 その手を、握りたい。

 そう思った。


 でも、その一歩が、踏み出せない。


 さっきの竹林では繋げていたのに。

 何気なく手を繋ぐことができない。


 俺には、まだ、健太のような、覚悟がないのかもしれない。



(……俺は、陽菜を、守れるだろうか)


 体育倉庫の事件のとき、俺は、確かに、あいつを守った。

 でも、それは、ただの怒りに任せた、暴力だったのかもしれない。


 健太のように。

 あんなふうに、優しく、力強く、陽菜を包み込んでやれるだろうか。


 俺は、まだ弱い。

 その事実を、改めて突きつけられた気がした。



 俺が、そんなことを考えていると。

 陽菜が、俺の服の裾を、きゅっと小さく掴んだ。


「……カケル」

「……ん?」

「……はぐれないように、……ちゃんと、見ててね」


 陽菜は、そう言って、少しだけ潤んだ瞳で、俺を見上げた。


 その、あまりにも健気な一言に、俺の心の中の、迷いが、すうっと消えていくのがわかった。


 バカだな、俺は。


 覚悟なんて、いらない。

 ただ目の前の、こいつの、この手を離したくない。

 その、気持ちだけで十分じゃないか。


 俺は何も言わずに、陽菜の小さな手を、そっと取った。

 そして、固く、固く、握りしめる。


 陽菜は、驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに、ふわりと笑った。


 その笑顔を見て、俺も、笑った。




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