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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第7章 修学旅行と恋模様(11月)

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第65話 古都の風と陽菜の願い

 京都駅に降り立った瞬間、俺たちを包み込んだのは、故郷の街とは全く違う、ひんやりと澄んだ古都の空気だった。


 空は、どこまでも高く、青い。 駅前のロータリーから見える、なだらかな山々は、赤や黄色に色づき始めていた。


 俺、桜井さくらいかけるは、そのあまりにも美しい風景に、思わず息を呑んだ。


「うおー! すげぇ! これが、京都か!」


 隣で、健太が、子供みたいに目を輝かせている。


 俺たちの班は、京都駅前のバス停から、市バスに乗り込み、最初の目的地である、清水寺へと向かった。


 バスの窓から見える街並み。

 近代的なビルと、古い町屋が、不思議な調和を保って共存している。そのすべてが、俺にとっては、新鮮で刺激的だった。


「……すごいね、カケル」


 隣の座席に座る陽菜が、ぽつりと、そう呟いた。

 彼女も、俺と同じように、窓の外の景色に見惚れている。 その横顔が、秋の日差しを浴びてキラキラと輝いて見えた。

 俺は何も言えずに、ただ、こくりと頷くだけだった。


 バスを降り、清水寺へと続く参道を歩く。

 道の両脇には、八つ橋や、漬物、可愛らしい和雑貨を売る店が、ずらりと並んでいた。 観光客でごった返す人の波。


「きゃっ!」


 不意に、陽菜が、人波に押されてよろめいた。

 俺は、とっさに、その手を掴んだ。


「……大丈夫か?」

「う、うん。ごめん……」


 陽菜は、顔を真っ赤にして俯いている。


 俺も、同じだった。

 繋いだ、手のひらが熱い。


 でも、離せなかった。


 この人混みの中で、彼女を迷子にさせるわけにはいかない。

 俺は、自分にそう言い聞かせた。


 ――これは、リーダーとしての、責任だ、と。




 清水の舞台からの眺めは、圧巻だった。

 眼下に広がる、錦のような、紅葉の海。

 その美しい風景を、俺は、陽菜の隣で見ていた。


 ただ、それだけのことが、こんなにも幸せだなんて。

 俺は、この瞬間を、一生忘れないだろうと思った。





「ねぇ、見て! あそこ、地主じしゅ神社じんじゃだって! 縁結びの神様だよ!」


 清水の舞台を堪能した後、葵ちゃんが、興奮したように、境内の一角を指さした。

 そこには「縁」と書かれた大きな看板と、たくさんの参拝客で賑わう小さな神社があった。


「うわ、マジじゃん! 行こうぜ、行こうぜ!」


 健太が、葵ちゃんの手を引いて駆け出す。


 俺たちも、その後に続いた。

 境内は、若い女性や、カップルで溢れかえっていた。その甘ったるい空気に、俺は、少しだけ気圧される。


「あ、見て! あれ、有名な『恋占いの石』だよ!」


 舞が、指さした先。 そこには、二つの大きな石が、十メートルほどの間隔を空けて置かれていた。 石の周りには、人だかりができている。


「なになに? 『片方の石から、目を閉じて歩き、もう一方の石に、無事たどり着くことができれば、恋の願いが叶う』ですって!」


 陽菜が、看板に書かれた説明を、嬉しそうに読み上げた。


 その無邪気な横顔を、俺は盗み見る。

 こいつ、絶対に、やりたいって思ってるだろ。


「へぇ、面白そうじゃん。……よし、蓮! お前、やってみろよ!」


 舞の彼氏の翔平くんが、蓮の肩を叩いた。


「はぁ? なんで、俺がだよ」

「いいじゃねぇか。お前なら、余裕だろ?」




「しょーがねぇな。……まあ、見てなって。俺の、愛の力ってやつを」


 蓮はそう言って、キザに髪をかき上げると、片方の石の前に立った。 そして、ゆっくりと目を閉じる。


 周りの女子生徒たちから、「きゃー、橘くーん!」という、黄色い歓声が上がった。

 ちくしょう。腹が立つくらい、様になってやがる。


 蓮は、迷いのない足取りで、真っ直ぐに前へと進んでいく。そして寸分の狂いもなく、もう一方の石に、ぴたりとたどり着いた。


 わっと、歓声が上がる。

 蓮は、目を開けると、クールな顔で言った。


「まあ、当然だな。俺の心の中のコンパスは、いつだって、美優のことだけを指してるからな」


 その完璧なセリフに、舞と葵ちゃんが、「きゃー!」と、抱き合って喜んでいる。俺と健太と翔平くんは、顔を見合わせて深いため息をついた。





 蓮くんの、あまりにもカッコいい姿に、私の心臓はドキドキしっぱなしだった。


(……すごい。蓮くん、やっぱり、すごいな)


 それに比べてカケルは、少し離れた場所で、腕を組んでつまらなそうにしている。

 でも、その少しだけ拗ねたような横顔が、私には、たまらなく愛おしく見えた。



(……私も、やってみたいな)


 ぽつりと、そんなことを思った。


 目を閉じて、カケルのことだけを考えて歩く。

 もし、それで、石にたどり着くことができたら。

 私の、この長年の想いも、いつか叶うのかもしれない。


 でも、みんなの前でやる勇気はなかった。

 私が、カケルのことを好きだって公言するようなものだから。



「さーて、じゃあ、お守りでも見に行きますかー」


 蓮くんの恋占いが終わると、みんな、お守り売り場の方へと移動し始めた。


 今だ。

 今しかない。


 私は、みんなに気づかれないように、そっと列から離れた。


 そして、恋占いの石の前に、一人立った。

 心臓がバクバクと、大きな音を立てている。



 大丈夫。 誰も、見ていない。



 私は、深呼吸を一つして、ゆっくりと目を閉じた。



 瞼の裏に浮かぶのは、ただ一人。

 

 カケルの笑顔。

 すました顔。怒った顔。 照れた顔。

 そして、体育倉庫で私を抱きしめながら見せてくれた、あの涙の顔。

 


 お願い。 神様。

 私を、彼の元へ導いてください。

 私は、祈るように、一歩足を踏み出した。





 陽菜が、いない。


 俺は、お守り売り場で、絵馬を選んでいるフリをしながら、必死に、彼女の姿を探していた。

 あいつ、迷子になったんじゃねぇだろうな。


 俺が、焦り始めたその時だった。

 視界の隅に、見慣れた小さな後ろ姿が映った。

 恋占いの石の前に立つ、陽菜。



 あいつ、まさか。


 俺は、みんなに気づかれないように、そっと、その場を離れた。そして、柱の陰から、彼女の様子を窺う。


 陽菜は目を閉じて、何かを必死に祈っているようだった。


 そして、おそるおそる、一歩、また一歩と、前に進んでいく。その健気な姿から目が離せない。


 頑張れ。 頑張れ、陽菜。

 俺は、心の中で何度も叫んだ。


 彼女の、小さな身体が、ふらつきながらも真っ直ぐに進んでいく。


 そして、ぴたりと、 もう一方の石にたどり着いた。



 陽菜は、ゆっくりと、目を開ける。

 そして、自分が、石に触れていることに気づくと、ぱっと顔を輝かせた。



「……やったっ」


 その、小さな、小さな喜びの声が。

 風に乗って、俺の耳に届いた。



 その、心からの嬉しそうな笑顔を見て。

 俺の胸の中は、温かくて、そして、少しだけ切ない気持ちで、いっぱいになった。



 ――あいつは、一体、誰のことを想って歩いたんだろう。


 なんて、わかっているつもりだ。

 わかっているつもりだけど、少しだけ不安になって、ヤキモチを焼いてしまう自分がいた。





 清水寺を出て、俺たちは、産寧坂、二年坂と、風情のある石畳の道を散策していた。


「あ、見て! あそこ、舞妓さんの格好、させてもらえるお店みたいだよ!」


 葵ちゃんが指さした先。

 そこには、『舞妓体験』と書かれた大きな看板があった。

 店の前には、華やかな着物を着た、舞妓姿の女性たちの写真パネルが飾られている。


「うわー! 可愛い! ねぇ、陽菜、一緒にしようよ!」


 舞が、目を輝かせて、陽菜の腕をぐいぐいと引っ張る。


「ええ!? む、無理だよ! 私なんかが、そんな!」


 陽菜は、顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振っている。

 だが、周りの友人たちは、完全に、乗り気だった。


「いいじゃん、陽菜ちゃん! 絶対、似合うって!」

「見たい、見たい!」


 蓮と、翔平くんも、一緒になってはやし立てる。 俺は、その会話を、少し離れた場所からドキドキしながら見守っていた。


 陽菜の、舞妓姿。

 想像しただけで、心臓が爆発しそうだった。


「……どうするんだよ、駆。お前の、鶴の一声で、決まるんじゃねぇか?」


 隣で、蓮が、ニヤニヤしながら俺の耳元で囁いた。


「……俺は、別に……」


 俺が、口ごもっていると、 陽菜がちらりと、俺の方を見た。

 その瞳は、不安と期待で潤んでいる。

 『どうしよう?』と、俺に、問いかけているようだった。


 その表情に。 俺は、もうダメだった。


「……いいんじゃねぇか。……見てみたい」


 俺の、その小さな、小さな一言で。 すべては決まった。





 陽菜と舞、葵ちゃんの三人が、店の中に消えてから、五十分。俺たちは、店の前の縁台に座り、彼女たちが出てくるのを待っていた。


 

「駆、顔、ガチガチだぞ。さっきより、ひどい」

「……うるせぇ」


 健太の、からかいを、まともに返す気力もない。 俺は、ただ、店の引き戸を、じっと見つめていた。



 やがて、 からり、と、戸が開く音がした。

 そして、 そこに、陽菜が、現れた。


「……」


 声が、出なかった。

 言葉を失う、とは、このことか。

 そこに立っていたのは、俺の知っている、日高陽菜では、なかった。


 白粉で、白く塗られた、陶器のような肌。

 紅を、差した、小さな、桜色の唇。

 結い上げられた、黒髪には、華やかな、花かんざしが、揺れている。

 身体を包むのは、色鮮やかな、振袖。


 その、すべてが、あまりにも、美しくて。

 まるで、時が、止まったみたいだった。

 俺は、ただ、呆然と、その姿に、見惚れていた。


「……ど、どう、かな……? 変、じゃない……?」


 陽菜が、不安そうな声でそう言った。

 その声を聞いて、俺は、ようやく我に返った。


 違う。

 変なわけ、ないだろ。

 世界で、一番、綺麗だ。


「……いや」


 俺の口から、ようやく、声が漏れた。


「……すげぇ、……綺麗だ」


 それは、俺の偽らざる本心だった。

 俺の言葉を聞いて、陽菜の顔が、ぱっと、花が咲いたように、明るくなる。


 その笑顔は、いつもの太陽みたいな笑顔とは、少し違う。儚くて、艶やかで、そしてどうしようもなく、色っぽい、大人の女の笑顔だった。

 俺は、その笑顔に、完全に、心を奪われてしまった。



「私たちのこと、完全に目に入ってないよね……」


 気付くと、舞がじとっとした目で、それでも優しそうな目でこちらを見ている。

 隣で、葵ちゃんもくすくすと笑っていた。




 と、その時だった。


「……日高?」


 聞き覚えのある、声。

 振り返ると、そこには神崎が、数人の取り巻きを連れて立っていた。


 あいつも、俺たちと同じように、陽菜たちの姿を見て、完全に固まっている。

 その目は、驚きと、そして隠しきれない欲望の色で、ギラギラと輝いていた。


「……すげぇな。……お前、そんな顔も、するんだな」


 神崎はそう言って、陽菜に、一歩近づいた。

 その馴れ馴れしい態度に、俺の、頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。


 俺は気づけば、陽菜の前に、立ちはだかっていた。

 そして、神崎を、真っ直ぐに睨みつける。


「……何か用かよ」

「……なんだよ、桜井。日高さんに話しかけただけだよ。邪魔すんなよ」


 神崎と、俺の間に、バチバチと火花が散る。

 その険悪な空気を、破ったのは蓮だった。


「まあまあ二人とも落ち着けって。せっかくの女の子たちの晴れ姿なんだからさ。喧嘩は、やめようぜ」


 蓮はそう言って、俺と神崎の間に割って入った。

 そして、俺の耳元で、囁いた。


「……気持ちはわかるけどな。今は、堪えろ。……お前の、見せ場は、ここじゃねぇだろ?」


 その言葉に、俺は、ハッと我に返った。


 そうだ。 ここで、俺が、騒ぎを起こしても、陽菜たちを困らせるだけだ。

 俺は、神崎から視線を逸らし、陽菜の方を向いた。


「……行こうぜ。その姿で写真、撮んだろ」


 俺がそう言うと、陽菜は、こくりと小さく頷いた。



 俺たちは、神崎に背を向けて歩き出す。

 背中に、神崎の悔しそうな視線が、突き刺さっているのがわかった。



 俺は、陽菜の隣を歩いた。

 彼女を、守るように。


 もう、二度と、陽菜の顔を曇らせる男を近づけさせないと、心に誓いながら。






※ ちなみに、地主神社は、今は境内整備工事のため期限未定で境内には入れません。駆たちは入ってますが、物語の中なので、現実に行かれて入れない……となっては困るので念のため。

 作者もともと京都に住んでいたので、思い出の場所でもあります。

※ ほんとに舞妓さんに変身したら2時間は普通にかかるので、ほんとは修学旅行の自由時間にするようなことではありません。念のため。

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