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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第6章 天使と悪魔(10月)

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第60話 噂の顛末と新しい朝

 あの地獄のような事件から数日が経った。


 学校は、何事もなかったかのように、いつも通りの日常が流れている。


 だが、水面下では、大きな波紋が、静かに、でも確実に広がっていた。

 西園寺さいおんじたくみと、あの日、外から閂をかけた彼の友人は、次の日から、学校に来なくなった。


 そして三日後。

 全校集会で、校長先生から、彼らが自主退学したことが、淡々と告げられた。


 理由は「一身上の都合」。

 もちろん、そんなわけがない。

 教室では、様々な噂が飛び交っていた。


「西園寺先輩、やっぱ、なんかやらかしたらしいぜ」

「だよな。あいつ、昔から素行悪かったし」

「女子関係のトラブルだって聞いたぞ」


 その噂は、真実であり、そして、真実ではない。

 本当の、地獄のような真実を知っているのは、ごく一握りの人間だけだ。


 事件の翌日。

 俺は、藤井先生に職員室に呼ばれた。

 そこには、俺と、陽菜、そして、健太と蓮、舞もいた。


「……まず、桜井くん。……よく、日高さんを守ってくれました。……あなたの勇気を、私は、誇りに思います」


 藤井先生はそう言って、俺に深く頭を下げた。


「……ですが、あなたのしたことは、一歩間違えれば、あなた自身の未来を壊しかねない、危険な行為でした。……それだけは忘れないで」

「……はい」


 俺は、唇を強く噛み締めた。


 先生の言う通りだ。

 俺は、我を忘れて暴力を振るった。

 その事実は変わらない。



「……日高さん」


 先生は、今度は、陽菜の方を向いた。


「……警察に、被害届を出すこともできます。……どうしたいか、あなたの気持ちを聞かせてくれるかしら」


 その問いに。 陽菜は、一瞬だけ、俺の顔を見た。

 そしてすぐに、決意を固めたように、真っ直ぐに、先生を見つめ返した。


「……出しません」

「……いいの?」

「はい。……これ以上、事を大きくしたくありません。……それに、私は、カケルに守ってもらったので。……もう大丈夫です」


 その言葉に、 俺の胸はぎゅっと締め付けられた。


 わかっている。

 陽菜が、被害届を出さないのは、俺を守るためだ。

 俺が、西園寺を殴ってしまったことを問題にさせないために。


 こいつは、自分の心の傷よりも、俺のことを優先してくれている。

 そのどうしようもない優しさが嬉しくて、そして、ひどく申し訳なかった。


「……そう。……あなたの、気持ちは、わかりました」


 藤井先生は、静かに頷いた。

 そして、俺たち全員の顔を見渡して言った。


「……この件は、学校側で厳重に対処します。……ですが、皆さんにお願いがあります。……どうか、この件の詳しい内容については、誰にも話さないでください」


 先生のその真剣な眼差しに、俺たちは黙って頷いた。


「……噂は、時に、事実よりも鋭い刃物になります。……日高さんを、そして、桜井くんを、これ以上傷つけないために。……どうかお願いします」


 先生はそう言って、もう一度、深く、深く、頭を下げた。

 俺たちは、その先生の誠実な想いに、ただ、胸を打たれることしかできなかった。





 それから数日後。

 学校は、また、別の噂で持ちきりになっていた。

 西園寺が警察に捕まったらしい、と。


「マジかよ!」

「ああ。体育祭の日に、一年生の女子に無理やり……って話だ」 「うわ、最低だな、あいつ」


 教室で、そんな会話を耳にした時。

 俺は、心の中で、静かに拳を握りしめた。


 体育祭のあの日。

 多目的トイレから泣きながら出てきた、あの一年生の女の子。

 彼女が、勇気を出してくれたのだ。


 陽菜は何も言わなかった。

 でも、きっと、彼女も同じ気持ちだったと思う。


 事件の噂は、西園寺が、元々、素行の悪い不良生徒だったという形で、少しずつ収束していった。


 陽菜が被害に遭いかけた、という、本当の真実は、誰にも知られることはなかった。

 それは、藤井先生と、武田先生が、学校側と粘り強く交渉してくれたおかげだ。

 そして、蓮と、健太と、舞が、藤井先生との約束を守り通してくれたからだ。

 俺たちは、かけがえのない友人たちに守られていた。





 その日の帰り道。

 俺は、陽菜と、二人で並んで歩いていた。


 夕日が、俺たちの影を、長く、長く、アスファルトの上に伸ばしている。


「……ありがとう、カケル」


 陽菜が、ぽつりとそう呟いた。


「……なにがだよ」

「……全部。……私のこと、守ってくれて。……私の気持ち、考えてくれて。……本当にありがとう」


 陽菜はそう言って、心からの笑顔でふわりと笑った。


 その笑顔を見て。

 俺の心の中のすべての傷が、癒されていくようだった。


「……当たり前だろ」


 俺は、照れ隠しにそう言って、そっぽを向いた。 そして、ずっと言えなかった言葉を、口にした。


「……俺は、陽菜の隣にいたい。……これからも、ずっと」


 その不器用な、精一杯の言葉に。

 陽菜は、驚いたように目を見開いた。 そして、次の瞬間。 その瞳から、大粒の涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。


「……うん。……私も、カケルの隣がいい」


 そう言って、彼女は、涙で、ぐしゃぐしゃの顔のまま、最高の笑顔で笑った。


 俺は、その泣き顔と笑顔が混じった、どうしようもなく愛おしい顔を、ずっと、ずっと、見ていたいと思った。


 俺は、そっと、彼女の小さな手に、自分の手を重ねた。

 陽菜も同じくらいの力で握り返してくれた。 その温もりだけが、俺たちのすべてだった。


 職員室の窓から、そんな俺たちの姿を、藤井先生が優しい目で見守っていることに。

 俺たちは、まだ、気づいていなかった。







本日、夜にもう一話更新します。

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