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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第6章 天使と悪魔(10月)

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第57話 鋭い痛み、聞こえる悲鳴

 教室の中は、後片付けの喧騒でまだ騒がしかった。


 俺、桜井さくらいかけるは、大量の段ボールを黙々と運び続けていた。


 だが、俺の心はここにはなかった。

 ずっと、体育倉庫へ向かった陽菜のことを考えていた。


(……あいつ、ちゃんと運べているかな)


 一人で大丈夫だろうか。

 そんな子供にするような心配が頭をよぎる。


 俺は、苦笑しながら頭を振った。

 大丈夫だ。ただ、箱を返しに行くだけだ。


 そう、自分に言い聞かせたその瞬間だった。



 ――ズキン、と。


 胸の奥が、まるで鷲掴みにされたかのように鋭く痛んだ。



「……っ!」


 俺は、思わず胸を押さえてその場にうずくまる。


 なんだ、これ。

 心臓が早鐘を打っている。

 冷や汗が背中を伝う。

 息が苦しい。

 理由なんてわからない。


 でも、わかる。

 これは、ただの胸騒ぎなんかじゃない。

 もっと、根源的な、魂が叫ぶような危険信号。

 そしてその信号は、たった一人の女の子の顔を、俺の脳裏に映し出した。


(……陽菜!)


 俺は、持っていた段ボールを放り出し立ち上がった。


「……なあ、健太。陽菜、まだ戻ってねぇのか?」


 俺は、隣で作業をしていた健太に声をかけた。

 その声は、自分でも驚くほど震えていた。


「ん? ああ、そういやそうだな。……まあ、女子は片付けも丁寧だからな。大丈夫だろ」


 健太は、そう言って楽観的に笑った。


 だが、俺の胸の痛みは消えない。

 俺は、健太の言葉も耳に入らないまま、蓮の元へと向かった。


「蓮。陽菜、見なかったか?」

「陽菜ちゃん? いや、見てねぇけど。……どうしたんだよ、駆。顔、真っ青だぞ」


 蓮は、俺のただならぬ表情に気づいたようだった。

 いつもの軽薄な笑みは消えている。


「……ちょっと、様子見てくる」


 俺が、そう言って教室を出ようとした、その時だった。

 舞が血相を変えて、俺たちの元へと駆け寄ってきた。


「ねぇ! 陽菜、知らない!? さっき、体育倉庫に行くって言ったきり戻ってこないんだけど!」


 その、言葉に。

 俺の胸の奥の嫌な予感が、確信に変わった。


「……俺、行ってくる」


「待て、駆! 俺も行く!」


「俺もだ!」


 健太と、蓮も、俺の後を追ってくる。


 俺たちは、無言で廊下を走り出した。


 心臓が、痛いくらいに鼓動していて吐き気がする。


 頼む。 頼むから、無事でいてくれ、陽菜。





 体育倉庫は、夕日に照らされて、不気味な赤い影を伸ばしていた。


 その、佇まいはまるで巨大な獣の顎のようだ。

 俺たちは、息を切らしながら倉庫の前にたどり着いた。

 鉄の扉は固く閉ざされている。


「陽菜ー! いるかー!」


 俺は、力の限り叫んだ。


 そして、扉を叩く。

 だが、返事はない。


 しん、と静まり返った倉庫。

 その静寂が、逆に俺の恐怖を煽り立てる。


「……おかしい。……この扉、かんぬきがかかってる」


 蓮が、低い声で言った。

 その言葉に、俺は、ハッとした。


 かんぬき?

 いつもかけられていない、閂が?

 つまり、今、誰かが、意図的に陽菜を閉じ込めている?


 まさか、その誰かは、今、陽菜と、二人きりでこの中に?


「……くそっ!」


 俺は、錆びついた太い鉄の閂に手をかけた。

 だが、錆び付いているためか上がらない。


「駆、落ち着け! 俺も手伝う!」


 健太も、俺に加勢する。

 俺たちは、三人で閂に全力をかけた。



 その時だった。


 倉庫の中から、かすかに物音が聞こえた。

 何かを引きずるような音。

 そして、――陽菜の悲鳴。


「……いや……!」



 その声を聞いた瞬間。

 俺の、頭の中で、最後の理性の糸が焼き切れた。


「……あああああああああっ!」


 俺は、猛獣のような雄叫びを上げた。

 そして、今まで出したこともないような力で、閂を引き上げようとした。


 筋肉が悲鳴を上げる。

 爪が剥がれそうになる。

 だが構わない。


 ――ギギギギギギッ!


 錆びついた金属が擦れる耳障りな音。

 閂が、ほんの少しだけ動いた。


「いける! 三人で、合わせるぞ!」


 蓮が、叫ぶ。

 俺たちは頷き合い、もう一度、渾身の力を込めた。



 ――ガコンッ!


 鈍い音と共に、閂がついに外れた。

 俺は、間髪入れず、鉄の扉を力任せに開け放った。





 倉庫の中は、真っ暗だった。


 だが、開け放たれた扉から差し込む、夕日の赤い光が。


 その、地獄のような光景を照らし出した。



 床に積まれた、古いマットの上。

 そこに、陽菜がいた。


 天使の衣装は、肩口が無残に引き裂かれ。

 白い肩が露わになっている。

 

 その小さな身体の上に。

 自分のシャツのボタンに、手をかけている、西園寺さいおんじたくみの、姿があった。



「……あ?」


 西園寺は、俺たちの突然の乱入に、驚いたように顔を上げた。

 その顔には、醜い欲望が張り付いている。


 そして、陽菜。


 彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、俺の姿を認めると、その瞳に、一瞬だけ安堵の色を浮かべた。そして、そのまま意識を失った。


「……陽菜……?」


 俺は、震える声で、彼女の名前を呼んだ。


 返事はない。

 ただ、ぐったりとした、小さな身体がそこにあるだけ。


 その光景を見た瞬間。

 俺の世界から音が消えた。


 怒りとか、悲しみとか、そういう生易しい感情じゃない。


 ただ、無。

 真っ白な思考停止。


 そして、次の瞬間。

 俺の身体は勝手に動いていた。


「……てめぇ……」


 俺は、低い唸り声を上げた。

 そして、一直線に、西園寺へと飛びかかっていた。

 陽菜から西園寺を引き離す。


 ――ドンッ!


 鈍い音。

 俺の拳が、あいつの歪んだ顔面にめり込む。

 西園寺の巨体が、マットの上に吹き飛んだ。


「……がっ……!」


 西園寺が呻き声を上げる。

 だが、俺は止まらない。

 マウントポジションを取り、もう一発、拳を振り下ろそうとした。


 ただ目の前の、この醜い獣を、この世から消し去りたい。

 その一心だけだった。



「駆、やめろ! そいつのために、お前が終わる必要はねぇ!」


 健太が、俺の腕を、背後から羽交い締めにして止めた。

 その必死な声に、俺はようやく我に返った。


「離せ! こいつだけは、絶対に許さねぇ!」


 俺が、そう叫んだ、その時だった。

 倉庫の入り口に、二人の人影が現れた。


「……何事だ!」


 武田先生と藤井先生だった。

 その声を聞いて。俺は、ようやく、拳の力を抜いた。


 そして、自分の足元に転がっているものを見た。


 鼻血を流し、ぐったりとしている西園寺。

 そして、そのすぐ隣で、気を失っている陽菜。


 俺は、一体、何を。



「……陽菜……」


 俺は、震える足で、陽菜の元へと駆け寄った。

 そして、その小さな身体を優しく抱きしめた。


 温かい。

 でも、その身体は、小刻みに震えていた。


 破れた、ワンピースの肩口。

 そこから覗く、痛々しいほど白い肌。


 ごめん。

 ごめん、陽菜。

 俺が、一人にしなければ。

 俺が、もっと、早く来ていれば。

 俺が、もっと、強ければ。


 後悔と罪悪感が、津波のように俺の心を飲み込んでいく。




「……ん……」


 腕の中で、陽菜が、小さく呻いた。

 そして、ゆっくりと目を開ける。


「……カケル……?」

「……陽菜。……大丈夫か」

「……うん。……来て、くれたんだね」


 陽菜は、そう言って、ふわりと力なく笑った。

 そして、俺の頬に、そっと手を伸ばす。



「……よかった。……カケルが、来てくれたから。……わたし、綺麗な体のままで、いられたよ」



 そのあまりにも健気な一言に。

 俺の心の中のダムは完全に決壊した。



 涙が、次から、次へと、溢れ出して止まらない。

 俺は、陽菜の小さな身体を、強く、強く、抱きしめながら。

 ただ、ただ、声を殺して泣き続けた。



 祭りの終わりを告げる夕日の光が。

 俺たちの壊れそうになった時間を、静かに照らしていた。





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