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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第6章 天使と悪魔(10月)

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第55話 閉ざされた扉

 闇。


 完全な、光の一切ない、闇。


 私のすぐ背後で鉄の扉が閉められ、かんぬきがかけられる、あの絶望的な金属音が、まだ耳の奥で反響している。


「……え?」


 何が起こったの?

 風で扉が閉まった?

 誰かのいたずら?

 私の頭の中は、パニックで真っ白だった。


「……だ、誰か、いませんかー! ドアが、閉まっちゃって……!」


 私は震える声で叫んだ。


 でも返事はない。

 ただ、しん、と静まり返った闇がそこにあるだけ。


 カビと、汗と、古い革のボールの匂いが、混じった独特の匂い。

 ひんやりとしたコンクリートの床の冷気。

 そのすべてが、私の不安を煽り立てる。



(……怖い)


 心臓が、バクバクと、大きな音を立てている。

 息が苦しい。


 ここは、教室の半分くらいの広さしかない窓のない倉庫。

 光が入るのは、あの鉄の扉だけ。


 その扉が、今、固く閉められている。

 私は、壁を手探りで伝いながら、扉があったはずの場所へと向かった。


 ――ドン、ドン、ドン!


「開けてください! 誰か、いませんか!」


 私は力の限り、鉄の扉を叩いた。

 でも、扉はびくともしない。


 外側から、かんぬきが、かけられているのだ。


 誰かが、意図的に私をここに閉じ込めた。

 その残酷な事実に気づいた瞬間。

 私の、全身から、血の気が引いていくのがわかった。



 その時だった。

 闇の、向こう側から。

 ゆっくりと、こちらに近づいてくる、誰かの足音が聞こえた。


 一人じゃない。

 この、暗闇の中に、私以外に誰かがいる。



「……だ、誰……?」


 私の声は、情けないくらいに震えていた。

 足音は、私のすぐ目の前で、ぴたりと止まった。


 そして。

 闇の中から、聞き覚えのある声がした。


「……よぉ、日高」


 その、ねっとりとした甘い声。

 私の、背筋を、冷たいものが駆け上った。


「……さいおんじ、せんぱい……?」


 パッ、と。

 すぐ目の前で、スマートフォンの、ライトが点灯した。


 その青白い光の中に浮かび上がったのは、ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべた西園寺巧の顔だった。


「……なんで、先輩が、ここに……?」


「なんで、って。……お前を、待ってたんだよ。……ずっと、な」


 先輩はそう言って、ゆっくりと私に近づいてくる。


 私は後ずさった。

 背中に、冷たい壁の感触。

 もう、逃げ場はない。


「……開けて、ください」

「嫌だね。……せっかく、二人きりになれたんだ。……邪魔者は、いない方が、いいだろ?」


 先輩のその言葉の意味を、私は理解したくなかった。


 扉を閉めたのは、先輩の仲間。

 これは、計画的な犯行なのだ。

 私を、ここに閉じ込めるための。


 頭の中で、今まで聞いた彼の悪い噂が、ぐるぐると渦を巻く。


『あいつヤバいよ』

『女の子のこと、遊び道具くらいにしか思ってないって』

『泣かせた子、一人や二人じゃないらしいよ』


 そして思い出す。

 体育祭のあの日。

 多目的トイレから、彼と一緒に出てきたあの一年生の女の子の泣き腫らした赤い目を。


 点と、点が、線になる。

 いや、最悪の模様を描き出す。


「……何が、したいんですか」

「決まってんだろ。……お前と、もっと、仲良くなりてぇんだよ」


 先輩の視線が、私の身体を、まるで舐め回すように、上から下へと移動する。


 天使の衣装。

 短いワンピースの裾。


 そのいやらしい視線に、私は、強烈な吐き気を覚えた。



「……やめて」

「やめねぇよ。……お前が、悪いんだぜ? そんな、誘うような格好、しやがって」


 先輩は、そう言って。

 私の、背中についている、小さな羽に、そっと指を伸ばしてきた。


 その指が、私の肌に触れる……。



「ひっ……!」


 私は、悲鳴を上げて、その手を振り払った。


「さわらないで!」

「はっ! いいじゃねぇか、別に。……なあ、日高。俺と楽しいことしようぜ? 気持ちよくしてやるからさ」



 先輩の顔が、ぐっと近づいてくる。

 汗と、甘ったるい香水の匂いが混じった不快な匂い。

 獣の匂いだ。


 頭の中で、最悪の言葉が浮かび上がる。


 ――レイプされる。



 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 私の、初めては。

 こんな、獣みたいな人じゃ、絶対に、嫌だ。


 私の、初めては、……カケルと……。


 いつか、彼と、本当に心が通じ合えたその時に。


 そう、ずっと、夢見ていたのに。


 私の、大切な、大切な、夢が。

 今、この、汚い手で、めちゃくちゃに壊されようとしている。



(……助けて)


 心の中で叫んだ。


 誰か。

 誰でもいい。


 お願いだから、助けて。



(……カケル)


 彼の顔が浮かんだ。

 保健室で、私の手を、力強く握りしめてくれた、あの温かい手のひら。


 彼なら、きっと、私を守ってくれる。

 でも、彼は、ここにはいない。


 私は一人だ。

 この、獣の前で、たった一人。


「……大丈夫。……誰も、来ねぇよ」


 先輩は、私の絶望を見透かしたように、そう言って笑った。

 そして、私の細い腕を、がしりと掴んだ。


「……やだ、離して……!」

「うるせぇな。……少し、黙ってろよ」


 先輩の力が強い。

 振りほどけない。


 私は、壁に押し付けられる。

 彼の熱い身体が、私の身体に密着する。


 心臓が凍りついた。


 もう、ダメだ。

 そう、思った瞬間だった。


 エプロンのポケットの中にある、最後の希望。

 私は、掴まれていない方の手で、必死にポケットの中を探った。


 震える指先が、それに触れる。

 私は、祈りを込めて、それを、いつものように触った。



 助けて。 お願い。 お願いだから。



「……いい声で、啼けよ」


 先輩の、歪んだ顔が、すぐ目の前まで迫ってくる。

 私の、小さな抵抗なんて、まるで意味がないかのように。


 彼は、私のワンピースの肩口を、乱暴に掴んだ。


 ――ビリッ、と。

 布が裂ける、絶望的な音が暗闇に響く。


 そして、私は、床に積まれた古いマットの上に、力強く押し倒された。



 獣のような、熱い息が、私の顔にかかる。



「それじゃ、日高。今から、お前を、おいしくいただかせてもらうな」




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