表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第5章 天使のひだまり(10月)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/124

第49話 二人だけの時間

 文化祭二日目の午後。


 俺たちの「天使の癒しカフェ」は、オープンから数時間経った今も、その勢いが衰えることはなかった。

 むしろ、口コミが口コミを呼び、二年五組の教室の前には、常に黒山の人だかりができている。

 廊下を通り過ぎる生徒たちの会話が、厨房まで聞こえてくる。


「おい、聞いたか? 二年五組のカフェ、マジでヤバいらしいぞ」

「ああ、天使がいるってやつだろ? 後輩の女子が、さっき号泣しながら出てきたぜ。『尊すぎて、直視できない』とか言って」

「日高さんと結城さん、美人なのは知ってたけど、あの天使の衣装は反則だろ……。ワンピースの裾、めちゃくちゃ短いし」

「だよな! 時々、下のフワフワしたやつが見え隠れすんのが、マジでやばい……いや、神々しい!」

「執事天使の橘くんも、クソイケメンだしな。あと、もう一人、無口なイケメンもいるらしいぜ?」


 そんな、男子たちの、ゲスい会話が聞こえてくるたびに。

 俺、桜井さくらいかけるは、厨房の隅で、顔を真っ赤にしながら、山のように積まれた皿を、黙々と洗っていた。


 キッチン係。

 俺が、自ら望んだ、この、地味で、目立たないポジション。

 ここなら、誰とも、目を合わせずに済む。 特に、あいつと。


(……くそっ)


 俺の頭の中には、一昨日の、陽菜の、悪魔のような囁きが、鮮明に、蘇っていた。


『……今日は、普通の下着だから。内緒だよ?』

『……この中、見てみたい?』


 その言葉を思い出すだけで、身体中の血液が、沸騰しそうになる。

 俺は、自分の顔が、また、熱くなるのを感じて、慌てて、皿洗いに、意識を戻した。


 ホールでは、その噂の中心人物である、日高ひだか陽菜ひなが、天使の笑顔を絶やすことなく、次から次へと客をさばいていく。


 その姿は、キラキラと輝いていて、眩しくて。

 俺は、ホールと厨房を行き来しながら、その姿を、何度も、何度も、盗み見ていた。


 彼女の隣で、一緒に働ける。

 その事実は、俺の心を、今まで感じたことのない、誇らしい気持ちで満たしてくれていた。

 だが、それと同時に、俺の胸の中には、小さな棘のような不安が、ずっと刺さったままだった。


 陽菜はすごい。

 誰にでも平等に優しい。

 客のどんな無茶な要望にも、嫌な顔一つせず笑顔で応える。


 その、完璧な接客態度は、リーダーとして百点満点なのかもしれない。


 でも、 俺は、そんな彼女の姿を見るたびに、胸の奥がチクリと痛んだ。

 その笑顔は、俺だけに向けられた特別なものじゃない。

 誰にでも向けられる営業用の笑顔だ。

 そう思うと、どうしようもない独占欲が、俺の心を支配する。


 俺だけが知っている、彼女の本当の笑顔を。

 他の奴らに、見せたくない。

 そんな、身勝手で子供じみた感情を、俺は持て余していた。


「……カケル、3番テーブルの、片付け、お願い」

「……おう」


 蓮に声をかけられ、俺は、ハッと我に返った。


 いかん、いかん。

 また、陽菜のことばかり、考えていた。


 俺は、空になった皿とカップを手に、バックヤードへと向かう。

 その時、俺は気づいてしまった。


 陽菜の、あの、完璧な笑顔が、ほんの少しだけ陰っていることに。

 額には、玉のような汗が浮かび、その呼吸も心なしか少しだけ荒い。


(……あいつ、もしかして)


 無理してるんじゃないか。

 昨日から、ずっと立ちっぱなしで動きっぱなしだ。

 どんなに体力がある奴だって疲れないはずがない。


 でも、あいつは、絶対に弱音を吐かない。

 そういう奴なのだ。


 俺は、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるのを感じた。

 

 何かしてやりたい。

 でも、俺に何ができる?

 「休めよ」なんて言ったところで、あいつは「大丈夫」と、笑って言うだけだろう。


 俺が、どうすることもできずに、立ち尽くしていると。

 俺の心の動きを、すべて見透かしたかのように。 蓮が、動いた。





「はーい、みなさん、ご注目ー!」


 蓮のよく通る声が、響き渡った。

 クラスメイト全員の視線が、カウンターの前に立つ彼に集まる。

 蓮は、まるで舞台役者のように、大げさに両手を広げた。


「本日、我が『天使の癒しカフェ』が大盛況なのは、ひとえに、ここにいる、二人の天使のおかげであります!」


 蓮はそう言って、陽菜と舞の肩をポンと叩いた。

 陽菜と舞は、きょとんとした顔で、顔を見合わせている。


「そして! そんな天使たちを、陰で支え続けた、我らが秘密兵器! 桜井駆くんにも、大きな拍手を!」


 今度は、俺の方に、スポットライトが向けられる。


 俺は、「は!?」と、間抜けな声を上げた。

 教室中から、温かい拍手と、からかうような笑い声が起こる。


「……おい、蓮。何、言ってんだよ、お前」

「まあ、聞けって。……というわけで、だ。この、本日のMVPである、駆と、陽菜に! 俺たちから、ささやかな、ご褒美を、プレゼントしたいと思う!」


 蓮は、そう言ってニヤリと笑った。

 その、悪戯っぽい笑顔を見て、俺は嫌な予感がした。

 こいつ、絶対に、何か企んでる。


「そのご褒美とは! ……ずばり! 『文化祭、満喫してこいや!』券だ!」

「「「ええええええっ!?」」」


 蓮のその言葉に、一番、大きな声を上げたのは、俺と陽菜だった。


「な、何言ってんだよ、蓮! こんな、忙しい時に、抜けられるわけねぇだろ!」 「そ、そうだよ! 私たちがいなくなったら、お店、回らないよ!」


 俺と陽菜が、必死に抗議する。

 だが蓮は、涼しい顔でそれを一蹴した。


「大丈夫だって。あとは、俺たち、エリート部隊に、任せとけ。な、健太?」

「おうよ! 駆と陽菜は、ゆっくりしてこいって!」


 健太まで、蓮の作戦に加担している。

 完全に、外堀を埋められてしまった。


「それから、舞」


 蓮は、今度は、舞の方を向いた。


「お前も、彼氏さん待たせてんだろ? ちょっとくらい、顔、見せてきてやれよ。俺からの、ささやかな気遣いだ」

「……蓮くん。……あんた、ほんと、そういうとこ、あるわよね」


 舞は呆れたように、でも、少しだけ嬉しそうにはにかんだ。

 そして、今度は俺たちの方を向くと、ビシッと指をさした。


「そういうわけだから、陽菜、桜井くん!  あんたたち二人は、もう一人のリーダーである私からの業務命令として、一時間の休憩に行きなさい!」

「で、でも……」


 俺たちが、まだ、口ごもっていると。

 蓮は、俺と陽菜の背中を、ぐいっと力強く押した。


「いいから、行けって! 陽菜はリーダーなんだから、他のクラスの出し物、偵察してくるのも、大事な仕事だろ? ……それに」


 蓮は、俺の耳元で囁いた。

 他の誰にも、聞こえないくらいの小さな声で。


「……お前、陽菜ちゃんのこと、心配なんだろ? 少し、休ませてやれよ。……これは、お前のための、チャンスでもあるんだぜ?」


 そのあまりにも的確な一言に。

 俺は、もう、何も言い返せなかった。





(……うそ、でしょ)


 私は、カケルと二人で、教室から半ば強引に追い出されていた。

 背後でガラリと閉まる教室のドア。


 その向こう側から、蓮くんたちの、「あとは、任せとけー!」という、楽しそうな声が聞こえてくる。

 後に残されたのは、文化祭の喧騒に満ちた廊下と、私と、そして、同じように、呆然と立ち尽くしている、カケルだけだった。


(……二人きり?)


 あんな感じで送り出されちゃって。

 文化祭二人きりで回れるなんて。


 こんな、心の準備も、できていないのに。


 どうしよう。

 何を、話せばいい?

 どんな顔を、すればいい?


 いつもと違うこの雰囲気に呑まれてしまって。

 私の頭の中は、完全に、パニックだった。


 顔が、熱い。

 心臓が、壊れそうなくらいに、ドキドキしている。


 ちらりと、カケルの横顔を、盗み見る。


 彼も、顔を真っ赤にして、気まずそうに、明後日の方向を見ていた。

 その、あまりにも純情な反応に。私の緊張していた心が、少しだけ、ほぐれていくのがわかった。

 よかった。 ドキドキしているのは、私だけじゃなかったんだ。


「……」

「……」


 二人して沈黙。

 でも、それは、嫌な沈黙じゃなかった。

 甘くて、むず痒くて、そして、どこか、心地よい沈黙。


 やがて、カケルが、意を決したように口を開いた。


「……せっかくだし。……どっか、見て、回るか」


 その声は、少しだけ震えていた。

 でも、その瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。


 私は、その不器用な、でも、優しい誘いに。

 心の底から嬉しくなって。

 今までで、一番、大きな声で頷いた。


「……うん!」


 私たちは、顔を見合わせて、少しだけ照れくさそうに笑い合った。

 そして、どちらからともなく、ゆっくりと歩き出す。


 文化祭の、喧騒の中へ。

 二人だけの、特別な時間が、今、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ