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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第5章 天使のひだまり(10月)

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第48話 この恋を、走り続けようと思うよ

「うわー、すごい行列! 『天使カフェ』、マジで大人気じゃん!」


 私、中村なかむら沙織さおりは、二年五組の教室の前にできた長蛇の列を見て、感心したように声を上げた。

 隣に立つ親友、小野寺おのでらかえでは、その光景に少しだけ気圧されたように、私の腕をぎゅっと掴んでいる。


「……私たちも、並ぶの?」

「当たり前でしょ! この日のために、楓はどれだけ頑張ってきたと思ってるのよ! 偵察に行かなくて、どうすんの!」


 私がそう言って楓の背中を叩くと、彼女は「う、うん」と小さく頷いた。


 夏合宿での、あの朝練。

 夏の大会での、勇気を出したドリンクの手渡し。

 体育祭で、落馬した彼に真っ先に駆け寄ったあの行動力。


 私の親友は、この数ヶ月で、驚くほど強くなった。

 引っ込み思案で、いつも私の後ろに隠れていた、あの頃の楓はもういない。


 恋は、女の子を強くする。

 私は、そんな親友の姿を誇らしく、そして、少しだけ眩しく思いながら、行列の最後尾に並んだ。



 私たちの前後に並ぶ客たちは、皆、興奮した様子で、カフェの話をしている。


「日高さんと結城さん、マジで天使らしいよ」

「いや、それだけじゃないんだって。桜井くんの、執事姿が、ヤバいらしい」

「え、マジ!? あの、無愛想な桜井くんが!?」


 その会話を聞いて、楓の肩が、びくりと震えたのがわかった。


 大丈夫。

 わかってる。


 今日のこの偵察は、彼女にとって甘いだけじゃない。

 きっと、苦くて痛いものになる。

 でも、それから目を逸らしていたら、この恋は一歩も前に進めない。

 私は何も言わずに、楓の手をそっと握りしめた。



 三十分ほど待って、ようやく、私たちの番が来た。

 教室の中に、一歩、足を踏み入れる。


 その瞬間、私たちは息を呑んだ。

 そこは、私たちの知っている、無機質な教室ではなかった。


 壁も、天井も、床も。

 すべてが、ピンクと白で、可愛らしく飾り付けられている。

 

 そして。


「いらっしゃいませ、天使の庭へようこそ!」


 そこに立っていたのは、天使の衣装に身を包んだ、日高ひだか陽菜ひなさんと、結城ゆうきまいさん。

 そして、黒いベスト姿の、桜井さくらいかけるくんだった。


 噂は、本当だった。

 いや、噂以上だった。


 日高さんと結城さんの可愛さは、もちろん反則級だけど。

 それ以上に、桜井くんの、あの破壊力はなんなんだ。


 いつも、猫背気味な背筋が、ぴんと伸びて、見違えるようにカッコいい。

 そのギャップに、私の心臓ですら、少しだけドキリと音を立てた。

 隣にいる、楓の顔なんて、もう見れなかった。


「あ、中村さんに、小野寺さん! 来てくれたんですね!」


 日高さんが、私たちの姿に気づき、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 その笑顔は、一点の曇りもない太陽みたいな笑顔。


 強い。

 この子は、本当に強い。


 恋敵であるはずの楓にすら、こんな、無防備な笑顔を向けられるなんて。

 私は、少しだけ、日高さんのことが羨ましくなった。


「桜井くん、こっちの席、空いてるから、案内してあげて」

「……おう」


 桜井くんが、私たちを、席へと案内してくれる。


 その、ぎこちない動き。

 私たちと、目を合わせようとしない、その態度。

 全部、全部、楓が恋に落ちた、いつもの桜井くんだった。


 でも、その隣に、日高さんが立つだけで。

 彼の纏う空気が、少しだけ和らぐのがわかる。

 二人が視線を交わし、小さく笑い合う。

 そこには、他の誰も入り込めない、特別な空気が流れていた。





 席に着いて、メニューを開く。

 でも、文字なんて、一つも頭に入ってこなかった。

 私の目は、ホールで働く二人の姿に釘付けになっていた。


 桜井くんと、日高さん。

 二人は、まるで、長年連れ添った、夫婦のように息がぴったりだった。

 桜井くんが戸惑っていると、日高さんが、そっとフォローに入る。

 日高さんが困っていると、桜井くんが、黙ってそれを助ける。


 言葉なんていらない。

 ただ、視線を交わすだけで、お互いの考えていることがわかってしまうような。

 そんな、絶対的な信頼関係。


(……すごい)


 これが幼馴染。

 これが、ずっと隣で生きてきた二人にしか作れない空気。


 その、あまりにも眩しい光景に。

 私の胸は、ぎゅうっと締め付けられた。


 痛い。

 苦しい。

 息が、うまくできない。


(……私、やっぱり、ダメなのかな)


 心のどこかで期待していたのかもしれない。

 合宿での、あの出来事。


 もしかしたら、ほんの少しだけでも、私の入る隙間が、あるんじゃないかって。


 でも、やっぱり違うのかもしれない。

 彼の、本当の特別な笑顔は。 日高さんの隣にある時だけ咲く花なんだ。

 その残酷な事実を、私は、今、ままざと見せつけられていた。


「……楓、大丈夫?」


 隣で、沙織が、心配そうに私の顔を覗き込む。


「……うん。……大丈夫」


 私はそう言って、無理やり笑顔を作った。

 でも、その笑顔は、きっと、ひどく歪んでいたと思う。

 涙が、こぼれ落ちそうになるのを、必死で堪えた。


 ここで、泣いたらダメだ。  

 それは、私のプライドが許さなかった。





 楓は、大丈夫なんて言ってるけど。

 その顔は、今にも泣き出しそうだった。


 当たり前だ。

 あんな、見せつけられて。

 平気なわけない。


 私は何も言わずに、テーブルの下で、楓の冷たくなった手を、ぎゅっと握りしめた。


 腹が立つ。

 桜井くんにも、日高さんにも。


 ううん、違う。

 一番、腹が立つのは、何もできない自分自身だ。

 親友が、こんなに傷ついているのに。

 私は、ただ、隣にいることしかできない。


 やがて、注文したパンケーキが、運ばれてきた。

 運んできてくれたのは、桜井くんだった。


「……お待たせ」


 彼は、気まずそうに、私たちのテーブルに皿を置く。

 その視線は、楓と私を交互に見て彷徨っていた。


 彼も、わかっているのだ。

 自分たちが、楓を傷つけていることに。

 でも、どうすることもできない。

 不器用で優しい、彼らしい反応だった。


 楓は、何も言わずに、パンケーキを一口食べた。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……おいしい」


 その声は、震えていた。

 でも、その瞳には、さっきまでの迷いの色はもうなかった。


 ただ真っ直ぐに、前を見つめていた。





 パンケーキは、すごく甘かった。

 でもそれ以上に、優しい味がした。

 きっと、これを作った人たちの、たくさんの想いが詰まっているんだろう。


 私は、もう一度、桜井くんと日高さんの姿を見た。

 二人は、楽しそうに笑い合っている。


 やっぱり、お似合いだ。

 悔しいくらいに。


 でも。


(……それでも)


 合宿の朝に二人でストレッチをしたあの時間...。

 そして、彼が私の胸に触れたあの瞬間に感じた熱。

 夏の大会で、タオルとスポーツドリンクを受け取ってくれたときに感じた安心感。

 体育祭で、彼が、騎馬から落ちてしまったときに感じた不安と焦燥感。

 そして、今、この美味しいパンケーキを作ってくれた、彼と、彼の仲間たちに感じる温かい気持ち。


 こうした気持ちが混ざり合って、私の彼への想いは、どんどん大きくなっていく。



 この恋は、叶わないのかもしれない。

 わかってる。 でも、それでも、いい。


 私は、桜井駆という、一人の男の子を、好きになった。

 その事実に、誇りを、持ちたい。


 この、苦しくて、でも、キラキラした宝物みたいな気持ちを。

 私は、最後まで、大切に抱きしめていよう。


 私は、顔を上げた。

 そして、親友の温かい手を、ぎゅっと握り返した。


「……沙織、ありがとう。……私、もう、大丈夫」


 私は、心からの笑顔でそう言った。

 沙織は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに、いつもの太陽みたいな笑顔で頷いてくれた。


「……そっか。……なら、よかった」


 私たちは、顔を見合わせて笑い合った。





 沙織……。

 私は、私なりに、この恋を、走り続けようと思うよ。





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