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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第5章 天使のひだまり(10月)

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第47話 天使のもう一つの顔

「はい、ご注文の、天使の特製パンケーキ、お待たせいたしました!」


 俺、桜井さくらいかけるは、ぎこちないながらも、なんとか笑顔を顔に貼り付けて、客のテーブルに皿を置いた。


 バックヤードでの、あの、心臓が止まりそうなくらい甘い出来事の後。

 俺と陽菜の間には、また、新しい種類の気まずくて、でも、どこか温かい空気が流れていた。


 俺が、ホール係として陽菜の隣に立つ。

 残念ながら、まだ慣れない。


 でも、悪くはない。

 むしろ、最高だ。


 陽菜と声を掛け合い、視線を交わし、時々、指先が触れ合う。

 そのたびに、俺の心臓は、うるさいくらいに高鳴るけれど、そのドキドキが、今は心地よかった。


「駆、3番テーブルの、お冷、お願いできる?」

「……おう」



 俺が、陽菜に頼まれて、ウォーターピッチャーを手に取った、その時だった。

 カフェの入り口が、また少しだけ騒がしくなった。


「うわっ、マジで行列じゃん! 舞の奴、すげーな」


 聞こえてきたのは、快活で、よく通る男の声。

 その声の主は、バスケ部のユニフォームを着た、背の高い男子生徒だった。

 確か、別のクラスの相田あいだ翔平しょうへい


 舞の、彼氏だ。


 俺は、ちらりと舞の方を見た。

 彼女は、レジで会計をしながら、客と、楽しそうに談笑している。

 その姿は、いつも通りのクールで、頼りになる俺たちのリーダーだ。


 だが、 相田が店の中に入ってきて、彼女の名前を呼んだその瞬間。

 俺は、信じられないものを見た。


「舞ちゃーん! お疲れ!」

「……しょ、翔ちゃん!?」


 舞の、あのいつも余裕綽々の顔が、一瞬で茹でダコみたいに真っ赤に染まったのだ。

 声も、裏返っている。


 彼女は慌てて、レジの対応を他の女子に任せると、ぱたぱたと、相田の元へと駆け寄っていった。


「な、なんで来たのよ! 連絡くれてもよかったのに!」

「サプライズだよ。ほらよ、差し入れ」


 相田はそう言って、スポーツドリンクのボトルを舞に手渡した。


「……ありがと。……でも、練習は、よかったの?」

「今日は、もう終わり。それより、舞の天使姿、見に来たんだよ。……やべぇな。反則だろ、それ。可愛すぎて死ぬかと思った」

「……っ! ば、バカ! 何言ってんのよ、みんなの前で!」


 舞は顔を真っ赤にして、相田の胸を、ぽかぽかと軽く叩いている。

 その姿は、俺が知っている、あのクールで大人びた舞とは全くの別人だった。


 ただの恋する、一人の女の子の顔。





(……うそ)


 カケルの隣で、その光景を見ていた私は、自分の目を疑っていた。


 あの、舞が。


 いつも、私のじれったい恋を、「見てらんないわねー」と、呆れたように、でも、優しく見守ってくれていた、あの大人な舞が。


 彼氏の翔平くんの前では、あんなに可愛らしい顔をするなんて。


 私が知らない、舞の顔。


 いつもは、私が相談に乗ってもらう側で、舞はどっしりと構えて。的確なアドバイスをくれる頼れる親友。

 私が、カケルとのことで一喜一憂して、顔を真っ赤にしているのを、楽しそうにからかってくるお姉さんみたいな存在。

 なのに。今、私の目の前にいるのは、ただの恋する、一人の女の子だった。


 翔平くんの一言一言に、顔を赤くして、照れて、怒って、でも、最高に幸せそうな顔をして。


「……陽菜、あれ、本当に、舞かよ」


 隣で、カケルが同じように呆然とした顔で呟いている。


「……うん。たぶん、そうだと、思う……」


 私たちが、固まっていると。

 舞と翔平くんの甘い会話は、さらにエスカレートしていく。


「なあ、舞。俺、腹減ったんだけど。なんか、食わせてくんね?」

「えー、もう。うちは、カフェなんだから、ちゃんと注文してよね」


「じゃあ、舞の愛情が、たっぷり入ったやつ、お願いしやす」

「……もう、知らない!」


 舞はそう言いながらも、その顔は満更でもない、というより、最高に幸せそうだった。


 その二人の間に流れる、甘くてキラキラとした空気。

 それは、私とカケルの間にある、このむず痒くて、ぎこちない空気とは、全く違うものだった。



 これが、「恋人」同士の、空気。


 堂々としていて、隠すものが、何もない。

 「好き」っていう気持ちが、全身から、溢れ出している。


 私は、そのあまりにも眩しい光景に、少しだけ胸がチクリと痛んだ。



 羨ましい、なんて。思ってない。

 思ってないけど。

 でもやっぱり、少しだけ、羨ましかった。


 私も、カケルと、あんなふうになれる日が来るのかな……。





 俺は、舞と相田のやり取りから、目を離すことができなかった。


 なんだ、あれは。

 あんな、堂々と、イチャイチャしやがって。

 見てるこっちが、恥ずかしくなる。


 でも、それ以上に。

 俺の胸の中には、別のざらりとした感情が広がっていた。



 相田は当たり前のように、舞を褒める。

 「可愛い」と、ストレートに伝える。

 そして、舞も、それを受けて、素直に照れて喜んでいる。



 俺は?

 俺は、陽菜に、そんなふうにしてやれているだろうか。


 「可愛い」の一言を言うだけで、あれだけ躊躇して。

 「えっちい」なんて、意味不明な失言までして。

 俺は、あいつを、不安にさせているだけじゃないのか。


(……これが、彼氏、か)


 俺と陽菜は、何なんだろう。

 ただの幼馴染?

 でも、それだけじゃないはずだ。


 じゃあ、何なんだ。

 その、答えの出ない問いが、俺の、頭の中をぐるぐると回る。



 と、その時だった。

 俺たちの思考を、完全に停止させる出来事が起こった。

 翔平くんが、舞の耳元に、そっと顔を寄せた。


 周りには聞こえないくらいの、小さな声で。でも、俺たちには、はっきりと聞こえる声で囁いた。


「なあ、舞ちゃん。この天使の衣装、文化祭終わったら、もらえるの?」

「え? だ、だめだよ? これ、クラスの備品だよ?」


「そっかー。……残念。……今度、俺ん家で、ほら、するときに、これ、着てほしかったんだけどな……」

「……はぁ!? ば、バカじゃないの!? こ、こんなみんなの前で、何言うのよ!」


「えー、ダメ?」

「だ、ダメに決まってるでしょ、この、エロスケベ!」


「ちぇっ」


 舞は、顔を耳まで真っ赤にしながら、翔平くんの脇腹を、本気でつねっている。

 翔平くんは、「いててて!」と叫びながらも、その顔は、最高に楽しそうだった。





(……え、え、えええええ!?)


 私の頭の中は、完全に、キャパオーバーだった。


 い、今、なんて言ったの?

 翔平くんが、舞に、家で、この衣装を……?

 それって、つまり、そういうこと……だよね?


 あの、舞が?

 私の、親友の、舞が?


 もう、そんな、大人の階段を登っていたなんて。

 全然、知らなかった。


 舞は、私に、そんな話、一言も……。


 私は、隣にいるカケルの顔を盗み見た。


 彼も同じように、顔を真っ赤にして、完全に固まっている。

 その、あまりにも純情な反応に、私は、少しだけ安心した。


 よかった。

 まだカケルは、こっち側の人間だ。



 でも、それと同時に。

 舞と翔平くんの、あの大人びた関係が、ひどく眩しく見えて。

 私の心は、期待と不安と、そして、ほんの少しの焦りで、ぐちゃぐちゃになってしまった。





 俺も、陽菜と同じように固まっていた。


 舞と相田。

 あいつらは、もうそんな、俺たちの知らない大人の世界にいるのか。


 それに比べて、俺と陽菜は。

 まだ、手を繋ぐことすらできていない。

 その、あまりにも大きな差に、俺はただ呆然とするしかなかった。


 俺と陽菜。

 俺たちの関係は、一体何なんだろう。

 その、答えの出ない問いだけが、甘い、バターの香りと共に、俺たちの間に漂っていた。




本日も、二話更新します。

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