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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第5章 天使のひだまり(10月)

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第45話 文化祭に侵入せよ

「……で、どうなのよ、航くん。今回の潜入調査の目的は、もちろん、あのヘタレお兄ちゃんが、ちゃんとお姉ちゃんをエスコートできているかの確認よね?」


 俺、桜井さくらいわたるは、隣で腕を組みながら偉そうに言う日高ひだか莉子りこの言葉を、軽く聞き流した。


 高校の文化祭。

 校門をくぐった瞬間から、俺たちの知っている「学校」とは全く違う、カラフルで、騒がしくて、そして、どこか甘い匂いのする空気が、俺たちを包み込んでいた。


「目的は、偵察だ。兄貴たちが、ちゃんとやってるかのな。別に、デートの監視じゃねぇよ」

「同じことじゃない! いい? 私たちの完璧な作戦で、あの二人の距離は、夏休み前より、ぐっと縮まったはずなの。この文化祭は、その成果を確かめるための、大事な実地試験なんだから!」


 莉子は、まるで教官のように、ビシッと指を立てて力説する。


 まったく、こいつは、どこでそんな言葉を覚えてくるんだか。

 俺たちは、招待客用のパンフレットを片手に、人でごった返す廊下を、進んでいく。


「それにしても、すごい人ね……。これが、高校の文化祭……」

「まあな。中学のとは、規模が違う」


 廊下のあちこちで、お揃いのクラスTシャツを着た高校生たちが、楽しそうに笑い合っている。

 壁には、素人とは思えないくらいクオリティの高い装飾が施され、どこからか、バンドの演奏や、甘い食べ物の匂いが漂ってくる。


 これが、兄貴と陽菜姉ちゃんが、毎日を過ごしている世界。


 俺たちの、ほんの数年先の、未来。

 そう思うと、胸が、少しだけ、高鳴った。


「とりあえず、一通り、見て回るか。敵情視察も、兼ねてな」

「了解、隊長!」



 俺たちは、まず、一階のクラス展示から見て回ることにした。


「なにあれ、『VRお化け屋敷』ですって! ハイテクね!」

「いや、VRって言っても、どうせ、アイマスクさせて、周りで脅かすだけだろ。幼稚だな」


「こっちは、『プラネタリウム』……。うわぁ、カップルしか入ってないじゃない! 不純よ!」

「まあ、文化祭なんて、そんなもんだろ」


 俺たちは、辛口批評をしながら、廊下を進んでいく。




 だが、その時だった。

 俺たちの目の前で、信じられない光景が、繰り広げられた。


 模擬店のベンチに座る、一組のカップル。


 二人の間には、一つの、大きなクリームソーダ。

 男子生徒が、女子生徒の耳元に何かを囁くと、彼女は、顔を真っ赤にして彼の肩を軽く叩いた。

 そして二人は顔を寄せ合い、一本のグラスに刺さった、二本のストローに。同時に、口をつけた。


 空気が、甘い。

 甘すぎて、虫歯になりそうだ。


「……」

「……」


 俺と莉子は、固まった。


 なんだ、あれは。

 あんな、少女漫画の中でしか、許されないような行為が。


 この現実世界で、白昼堂々と行われているというのか。





(……な、なんなの、あの人たち……)


 私の頭の中は、完全にフリーズしていた。


 間接キス。

 とか、そういうレベルじゃない。


 直接、同じグラスから同じタイミングで。

 顔と顔が、くっついちゃいそうなくらい、近い距離で。


 そこには私たちには見えない、キラキラとしたピンク色のフィルターがかかっているようだった。

 いつも、私が少女漫画を読んで、キュンキュンしているあの世界が。

 今、目の前で、現実の生身の人間によって繰り広げられている。


 情報量が、多すぎる。

 私の、中学二年生の脳みそでは処理しきれない。





「……わ、航くん。……高校生って、いつも、あんな感じなの?」


 莉子が、震える声で尋ねてきた。


「……さあな。……多分、突然変異種だろ」


 俺は、そう答えるのが精一杯だった。



 俺たちの知っている恋愛は、もっとこう、プラトニックで純粋なもののはずだ。


 手を繋ぐだけで、ドキドキして。

 目が合うだけで、顔が赤くなって。


 あんな、あんな、ふしだらな行為、断じて認められない。


 俺たちが、カルチャーショックで呆然としていると、今度は、別のカップルが、俺たちの横を通り過ぎていった。


 手を繋いでいる。

 それだけじゃない。

 男子の方が、女子の頭を、ぽん、と優しく撫でた。

 女子は、顔を真っ赤にして、嬉しそうにはにかんでいる。


 頭、ぽん。

 天然記念物級の、頭ぽんだ。


「……」

「……」


 俺と莉子は、もう、何も言えなかった。



 すごい。

 これが、高校生。

 これが、リアルな高校生カップル。


 俺たちが、今まで、兄貴と陽菜姉ちゃんに仕掛けてきた、数々の作戦。

 それが、まるで、子供のおままごとのように、思えてきた。

 俺たちは、まだお子様だったのだ。



「……よし、航くん。ちょっと、寄り道しましょう」

「……どこへだよ」

「あそこの、お化け屋敷よ。……今の、甘ったるい空気、あそこの冷気で、浄化しないとやってられないわ」


 莉子はそう言って、さっき俺が「幼稚だ」と切り捨てた、お化け屋敷を指さした。

 まあ、いいか。 俺も少し、頭を冷やしたかった。





「きゃあああああああっ!」


 お化け屋敷に入って、三十秒。

 俺の腕には、さっきまでの威勢はどこへやら、蝉のようにしがみつく莉子の柔らかな感触があった。


「……おい、莉子。うるせぇぞ」

「だ、だって! 今、足元から、手が出てきたのよ! 見たでしょ!?」

「見てねぇよ。……つーか、お前、もしかして、怖いのか?」

「こ、怖くなんてないわよ! これは、その、驚いただけ! そう、サプライズよ!」


 強がってはいるが、その声は、完全に震えている。


 暗闇の中、時折光る、不気味な照明。

 どこからか聞こえる、うめき声。

 確かに、高校生が作ったにしては、よくできている。


「……もう、やだ、帰りたい……」

「はぁ……。ほら、行くぞ」


 俺は、ため息をつきながら、莉子の手をぐいと引いた。

 その手は、冷たくて、小刻みに震えていた。


 こいつ、意外と、怖がりなんだな。

 いつもは、陽菜姉ちゃんの前でも、俺の前でも、強気でお姉さんぶってるくせに。


 そのギャップが、なんだか少しだけ。

 可愛い……なんて、思ってしまった。



「……航くんの、バカ」

「なんでだよ」

「……なんでもない」



 莉子は俯いたまま、俺の手をぎゅっと握り返してきた。


 その小さな手の、温もりに。


 俺の心臓が、少しだけドキリと音を立てたのは、ここだけの秘密だ。





 お化け屋敷から、這うようにして脱出した俺たちは、ようやく本来の目的地へと、向かうことにした。


 二年五組、「天使の癒しカフェ」。

 兄貴と、陽菜姉ちゃんがいる、その場所へ。


「……ここか」


 二年五組の教室の前には、信じられないくらいの、長蛇の列ができていた。

 最後尾に並ぶと、前の客たちが、興奮した様子で話しているのが聞こえてくる。


「マジで、天使がいるらしいぜ」

「写真撮っても、いいのかな?」

「いや、撮影は禁止だって。でも、見るだけでも、価値あるって!」



(……天使?)


 俺と莉子は、顔を見合わせた。

 一体、中で、何が起こっているんだ。


 三十分ほど待って、ようやく俺たちの番が来た。


 教室の中に、一歩、足を踏み入れる。

 その瞬間、俺たちは息を呑んだ。

 そこは、俺たちの知っている無機質な教室ではなかった。


 壁も、天井も、床も。

 すべてが、ピンクと白で、可愛らしく飾り付けられている。



 そして。


「いらっしゃいませ、天使の庭へようこそ!」


 その声の主を見て。

 俺は、固まった。


 そこに立っていたのは、紛れもない、俺の、兄貴だった。


 黒いベストに、白いシャツ、小さな羽を付けて。

 いつも、猫背気味な背筋がぴんと伸びて、見違えるようにカッコいい。


 そして、その隣には、天使の衣装に身を包んだ、陽菜姉ちゃんが立っていた。


 フリルがたっぷりとあしらわれた、真っ白なエプロン。

 淡いピンク色の、ふわりとしたワンピース。

 頭には、天使の輪っか。

 背中には、白い羽。

 その姿は、反則的なまでに、可愛かった。



「……か、カケルお兄ちゃん!? お姉ちゃん!?」


 莉子が、素っ頓狂な声を上げる。

 俺たちの姿を認めた兄貴と陽菜姉ちゃんは、驚いたように目を見開いた。


「……航!? 莉子ちゃんも! なんで、ここに……」

「二人とも、来てくれたんだ! いらっしゃい!」


 兄貴が、狼狽えているのとは対照的に、陽菜姉ちゃんは、嬉しそうに、ぱたぱたとこちらへ駆け寄ってきた。


「すごい! 二人とも、すごく、似合ってるよ!」

「えへへ、ありがとう」

「……うるせぇ」


 莉子の素直な賞賛に、陽菜姉ちゃんは嬉しそうにはにかみ、兄貴は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 その、わかりやすい反応に、俺は、少しだけ安心した。



 よかった。

 こいつは、まだ、俺の知っている、ヘタレな兄貴のままだ。



 俺たちが席に案内されると、周りの女子生徒たちが、ひそひそと噂しているのが聞こえてきた。


「ねぇ、あの子たち、桜井くんと日高さんの、弟妹かな?」

「絶対そうだよ! めっちゃ、可愛い!」



 その時だった。

 俺たちのテーブルに、陽菜姉ちゃんの親友の、舞さんがやってきた。


「航くんと、莉子ちゃんだよね? こんにちは! 陽菜から、いつも話は聞いてるよ」

「あ、どうも」

「二人とも、すっごい可愛いね! お姉ちゃんたちに、そっくり!」


 舞さんはそう言って、莉子の頭を優しく撫でた。

 そして俺の頭も。


「……っ!」


 俺と莉子は、同時に固まった。



 なんだ、この人。

 距離感が、近い。

 それに、すごく、いい匂いがする。


「よかったら、これ、サービスしてあげる! 天使の、特製パフェ!」


 舞さんはそう言って、メニューにはない豪華なパフェを、俺たちの前に置いてくれた。

 俺たちは、もう、どう反応していいかわからなかった。

 ただ、顔を真っ赤にして、俯くことしかできない。



 俺たちが、いつも、兄貴と陽菜姉ちゃんにしていることを。

 今、俺たちは、完全にやられている。


「……ほら、航くん、莉子ちゃん。食べなよ」


 陽菜姉ちゃんが、楽しそうに笑っている。

 その横で、兄貴も、少しだけ意地の悪い顔で笑っていた。



 ちくしょう。 覚えてろよ。


 俺は、心の中で、そう悪態をつきながら、目の前の甘くて美味しそうなパフェを、スプーンですくった。



 高校の文化祭。


 それは、俺たちが思っていたよりも、ずっと手強くて。

 そして、どうしようもなく、魅力的な場所だった。






本日はもう一話公開予定です。

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