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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第5章 天使のひだまり(10月)

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第43話 天使のワンピースと、小悪魔の囁き

 文化祭を明日に控えた、その夜。


 俺、桜井さくらいかけるは、自分の部屋のベッドの上で、明日の準備もそっちのけで、ぼんやりと天井を眺めていた。


 陽菜が作ってくれるという、俺専用のクッキー。

 そのことで、頭がいっぱいだった。


 あいつは、今頃キッチンで、俺のためにクッキーを焼いてくれているんだろうか。

 エプロンをつけて、小麦粉で顔を少しだけ汚しながら、一生懸命。

 そんな光景を想像しただけで、俺の心臓は、勝手に温かいもので満たされていく。


 

 ――ピコン。


 枕元のスマホが、短く鳴った。

 メッセージの通知だ。


 送り主は......日高ひだか陽菜ひな

 俺は、飛び起きるようにしてスマホを手に取った。


『カケル、今、ちょっとだけいいかな?』


 その、シンプルな一文に、俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねる。

 何かあったんだろうか。


『どうした?』


 俺がそう返信すると、すぐに既読がついた。


 そして、数秒後。


『あのね、明日着る衣装、完成したんだけど……。一番最初に、カケルに見てほしくて』


『もし、迷惑じゃなかったら、……私の部屋、来てくれないかな?』


 その、あまりにも、破壊力の高いお誘いに。

 俺の思考は、完全にフリーズした。


 陽菜の部屋に?

 今から?

 二人きりで?

 しかも、衣装を見せるためだけに?


 俺は、スマホを握りしめたまま固まっていた。


 これは、罠だ。

 絶対に、罠だ。


 でも、その甘い罠に、俺が抗えるはずもなかった。





 陽菜の部屋に案内され、俺は深呼吸を繰り返していた。


 心臓の鼓動が聞こえる。

 体育祭のリレーの、スタート前よりも、ずっとうるさく。


 部屋の中には、陽菜の姿はなかった。

 どうやら、着替えている最中らしい。


 俺は、どうしていいかわからず、部屋の中で棒立ちになっていた。

 

 白とピンクを基調とした、女の子らしい部屋。

 ベッドの上の、可愛らしいぬいぐるみ。

 そして、部屋全体に満ちる、陽菜の甘い匂い。

 そのすべてが、俺の、なけなしの理性を、じわじわと削り取っていく。


「……お待たせ」


 声と共に後ろのドアが開き、陽菜が姿を現した。



 その姿を見た瞬間。

 俺は、呼吸を忘れた。


「……どう、かな? 変じゃない?」


 そこに立っていたのは、紛れもない天使だった。



 フリルがたっぷりとあしらわれた、真っ白なエプロン。

 その下には、淡いピンク色の、ふわりとしたワンピース。

 頭には、小さな、天使の輪っか。

 背中には、可愛らしい、白い羽までついている。


 それは、俺が、今まで見たどんな陽菜よりも。

 ずっと、ずっと、可愛くて。 綺麗で。

 そして、どうしようもなく、魅力的だった。


「……」


 声が出ない。

 言葉を失う、とは、このことか。


 俺が固まっていると、陽菜は、不安そうな顔で、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめた。


「……やっぱり、似合わない、かな。ちょっと、フリフリすぎた、かも……」

「……いや」


 俺の口から、ようやく、声が漏れた。


「……すげぇ、……可愛い」


 それは、俺の偽らざる本心だった。

 俺の言葉を聞いて、陽菜の顔が、ぱっと、花が咲いたように明るくなる。


「ほんと!?」

「……おう。……マジで、天使かと、思った」

「……そっか。……ふふっ、よかった……」


 陽菜は、心の底から嬉しそうにはにかんだ。

 その笑顔を見て、俺の心臓は、もう限界だった。



 だが、俺の目は正直だった。


 その笑顔よりも、もっと別の場所に、釘付けになってしまっていたのだ。

 ワンピースの、裾だ。


 陽菜が、くるりと一回転すると、ふわりと舞い上がる。


 そのワンピースの丈。

 短い。 短すぎる。


 膝の上、十センチ、いや、十五センチはあるんじゃないか。

 そこから伸びる、白くて、しなやかな脚が、惜しげもなく晒されている。


「……陽菜」

「ん?」

「……その、ワンピース、……短くねぇか?」


 俺が、そう言うと、陽菜は、きょとんとした顔で、自分のワンピースの裾を見下ろした。


「え? そうかな? 舞と、これくらいが可愛いよねって、決めたんだけど……」


「いや、でも、これは短すぎだろ! これで、接客とかするのかよ!? お辞儀とかしたら、どうすんだよ!」


 俺は、自分でも、驚くほど必死になっていた。


 想像してしまったのだ。

 この、天使の格好をした陽菜が、大勢の客の前でお辞儀をする姿を。

 その、ワンピースの中が、他の男たちの、汚い視線に晒されてしまう光景を。


 それだけは、絶対に嫌だ。

 許せない。


「もー、カケルは心配性なんだから。大丈夫だって。当日は、ちゃんと、中に、見えてもいい用の衣装のフリフリのパンツ履くんだから」

「そういう、問題じゃ……」



 俺が、言いかけた、その時だった。


 陽菜が、一歩、俺に近づいてきて、人差し指を、そっと自分の唇に当てた。

 そして、俺の耳元で囁いた。

 吐息がかかるほどの至近距離で。


「……でもね、カケル」

「……な、なんだよ」

「今日は、……普通の下着だから。……内緒だよ?」


 その、あまりにも破壊力の高い、秘密の共有に。

 俺の、頭の中は真っ白になった。



 普通の下着?


 今日、今、この瞬間、この短いワンピースの下は。

 いつもの、陽菜が履いてる、普通の……。


 俺が、完全にフリーズしていると。

 陽菜は、さらに、追い打ちをかけるように、悪戯っぽく微笑んだ。

 その顔は、天使というよりは、小悪魔という方がしっくりきた。


「……ふーん? カケルは、そんなに、この中が気になるんだ?」


 陽菜はそう言って、俺の目の前で、ゆっくりとワンピースの裾をつまんだ。


 そして、俺の目をじっと見つめてくる。

 潤んだ大きな瞳。

 その瞳に、吸い込まれそうだった。


「……もしかして」


 陽菜は、もう一度、俺に囁いた。

 その声は、熱っぽくて、甘くて、俺の理性を溶かしていく。


「……この中、見てみたい?」


 その、悪魔のような一言に。

 俺の、思考回路は完全に、焼き切れた。


 声も、出ない。

 身体も、動かない。


 ただ、心臓だけが、今にも肋骨を突き破って飛び出してしまいそうなほど、激しく、脈打っている。

 目の前で、陽菜が、楽しそうに、でも、同じくらい顔を真っ赤にして、俺の反応を待っている。


(……だめだ、もう、ここにいられない)


 俺は、最後の理性を振り絞り、無言で、くるりと、踵を返した。


 そして、ロボットのようなぎこちない動きで、ドアノブに手をかけ、部屋から脱出した。

 廊下を早足で歩き、階段を駆け下りる。


 背後で、陽菜の、「あ……」という、小さな声が聞こえた気がした。


 でも、もう、振り返ることはできなかった。





(……あ)


 カケルが、部屋から出て行ってしまった。


 すごい勢いで。

 まるで、お化け屋敷から逃げ出すみたいに。

 後に残されたのは、しん、と静まり返った、私の部屋と、天使の格好をした間抜けな私だけ。



(……やり、すぎた……。また、やっちゃったあああ……!)


 さっきまでの、高揚感が、嘘のように引いていく。

 代わりに、じわじわと、猛烈な恥ずかしさが込み上げてきた。


 カケルに意識してもらいたい。

 私のことを特別に見てもらいたい、という気持ちが溢れて、ついつい口に出してしまった。


 彼の、あの、見たこともないくらい、固まった顔。

 真っ赤になって何も言えなくなってしまったあの顔。

 可愛かった。 でも。


『……この中、見てみたい?』




(……きゃあああああああっ!)


 心の中で、私は絶叫した。



 調子に乗りすぎた。

 彼が、私のことを、本気で軽蔑してしまったかもしれない。


 「日高陽菜は、はしたない女だ」って、思われてしまったかもしれない。


 そう思うと、血の気が引いていく。



「……どうしよう……」



 私は、ベッドの上に、崩れるように倒れ込んだ。

 そして、近くにあった枕を、ぎゅっと抱きしめると、その中に顔を埋めた。



 もう、明日、どんな顔して彼に会えばいいの。

 涙が、じわりと滲んできた。



 でも、それだけじゃなかった。

 恥ずかしさと同じくらい、いや、それ以上に、別の感情が、私の身体の奥底で熱く渦巻いていた。


 彼が、私の衣装を見て、「可愛い」って言ってくれた。


 それに、私の、ワンピースの丈を、本気で心配してくれた。


 他の男の人に、見られちゃうのが嫌だって。

 それって、つまり、ヤキモチだよね?


 その事実が、私の心を、甘くて、とろけそうな幸福感でいっぱいにしてくれた。


 私、カケルのことを、あれだけドキドキさせられるってことだよね。

 私は、枕に顔を埋めたまま、ばたばたと、足をベッドの上で転がした。



 もう、ダメだ。 眠れない。

 カケルのことを、考え出すと、ドキドキが止まらなくなってしまう。

 私の、小悪魔な一言に、真っ赤になって固まってしまった可愛い顔。

 その全部が、愛おしくてたまらない。


 私は、枕を、もう一度、ぎゅっと抱きしめた。

 文化祭は明日から。





 その頃、桜井家の二階。

 俺は、自分の部屋のベッドの中で、陽菜と同じように、天井を睨みつけていた。


 眠れるわけがなかった。

 耳の奥では、彼女の悪魔のような囁きが、何度も、何度も、リフレインする。


『……今日は、普通の下着だから。内緒だよ?』


『……この中、見てみたい?』


 そのたびに、俺の身体は勝手に熱を帯びる。


 心臓が、痛いくらいにうるさい。

 顔が熱い。


 あの時の陽菜の顔が、頭から離れない。

 俺をからかうように、悪戯っぽく笑うあの顔。


 そして、天使の衣装に身を包んだ、あの、反則的なまでに可愛い姿。


 短い、ワンピースの裾。

 その、奥にある、まだ、俺の知らない、聖域。

 今日は、普通の下着。


 その、あまりにも生々しい情報が、俺の想像力を無限に掻き立てる。

 自分の身体の、下の方が、強い熱を持っているのがわかる。


(……くそっ)


 俺は、ベッドから起き上がると、机の上の、水の入ったグラスを一気に呷った。


 冷たい水が、喉を通り過ぎていく。

 でも、身体の熱は、少しも冷めてくれなかった。


 窓の外は、静かな夜の闇に包まれている。

 隣の家の、陽菜の部屋の窓は、もう明かりが消えていた。


 あいつは、もう眠っているのだろうか。

 俺みたいに、今日のことを思い出して、ドキドキしたりしてないだろうか。


 ……するわけないか。


 俺は、自嘲するように小さく笑った。

 そして、再び、ベッドに倒れ込む。


 明日から、文化祭が始まる。


 地獄の二日間が。

 いや、もしかしたら、天国の二日間か?



 俺は、その答えの出ない問いに、ただ悶々としながら、長い長い夜を過ごすしかなかった。





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