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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第4章 秋風と、体育祭の熱(9月)

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第39話 親友の悩み

 障害物競走は、最高だった。

 俺、佐藤さとう健太けんたと、星野ほしのあおいは、二人ペアで。

 麻袋に入って、ぴょんぴょん跳ねて。

 網をくぐって、平均台を渡って。

 そして最後は、二人でパン食い競走。


 葵が、あんパンを口で咥えているのを、すぐ隣で見て。

 その少しだけ、開かれた唇が、やけに色っぽくて。

 俺は、ゴールした後、周りの目も気にせず、葵を抱きしめそうになった。

 危ない。危ない。


「健太、やったね! 一位だよ!」

「おう! 葵の、おかげだな!」


 俺たちは、ハイタッチを交わし、笑い合った。

 幸せだった。 心の底から、そう思った。


 葵の、太陽みたいな笑顔を見ているだけで、俺の心は温かいものでいっぱいになる。



 でも、その幸せのすぐ隣に。

 黒くて重い悩みが、ずっと居座っていることも、俺はわかっていた。





 俺と葵が付き合い始めたのは、去年の体育祭の後だった。

 吹奏楽部の練習を終えた葵を、俺が、人生のすべてを懸けるくらいの勇気を振り絞って呼び止めたのだ。


『星野さん! 俺と、付き合ってください!』


 今、思い出しても、顔から火が出そうなくらい、ダサい告白だった。

 でも、葵は、驚いたように、目を見開いた後、顔を真っ赤にして、「……はい」と、小さく頷いてくれた。


 あの日から、俺の世界は、色鮮やかに輝き始めた。


 葵は、清楚、という言葉が、そのまま人間になったような女の子だ。

 長い黒髪が、綺麗で。いつも楽しそうにクラリネットを吹いている。 性格は、明るくて優しい。


 でも、少しだけ、人見知りなところもあって。 人前では言葉少なめ。

 でも、俺と二人きりになると、甘えて、俺の腕に、そっと寄り添ってきたりする。


 その仕草が、たまらなく可愛い。

 俺は、葵のことが、本当に大好きだった。



 だが、問題があった。

 俺たちは、付き合ってもうすぐ一年になるというのに。 まだ、キスすらしたことがないのだ。


 手を繋ぐのは、当たり前になった。

 デートの帰り道、二人きりになった公園で抱きしめたこともある。

 でも、その先へ、進めない。


 葵は、身持ちが固い、というか、多分、そういう経験がないで、そういうことへの恐怖心があるんだと思う。

 俺が、少しでも、いい雰囲気になって、顔を近づけようとすると、彼女は、びくりと、身体をこわばらせてしまうのだ。

 その、怯えたような顔を見ると、俺は、それ以上何もできなくなる。



 葵を、怖がらせたくない。

 葵に、嫌われたくない。

 その、臆病な気持ちが、俺の、一歩を、踏みとどまらせる。


 俺も、ヘタレなのだ。

 駆のことを、とやかく言える立場じゃない。


 葵は、今の関係でも、すごく幸せそうだ。


 でも、俺は?

 俺は、もっと、葵に触れたい。

 葵と、キスがしたい。

 そして、いつかは、その先も……。


 そんな、男としての当たり前の欲望を、俺は、ずっと持て余していた。





 体育祭の打ち上げは、めちゃくちゃ盛り上がった。

 ファミレスで、みんなで、今日の健闘を称え合い、馬鹿な話で笑い合った。


 駆と日高さんは、リレーでの優勝の後、なんだか、すごく、いい雰囲気だった。

 二人で、照れくさそうに、でも、幸せそうに笑い合っている。


 よかった。

 本当によかった。

 親友の、幸せそうな顔を見て、俺も、自分のことのように、嬉しかった。


 だからこそ、余計に、自分のことが、情けなくなる。

 あいつらでさえ、一歩、前に進んだというのに。俺は、まだ、スタートラインで、足踏みをしているだけだ。


 ファミレスを出て、駅前で解散した後。

 俺は、葵を、バス停まで送っていった。


 駆と日高さんは、二人で、同じ方向に帰っていく。

 その後ろ姿が、少しだけ、羨ましかった。


 俺は、葵と別れた後、一人、帰り道を、とぼとぼと歩いていた。


 その時だった。


「よぉ、健太。一人か?」


 後ろから、声をかけられた。

 振り返ると、そこには、蓮が、ひらひらと手を振りながら、立っていた。


「……おう。お前こそ、彼女さんと一緒じゃねぇのかよ」

「あいつは、方向が逆だからな。……で? 話、あんだろ」

「……なんで、わかんだよ」

「顔に、書いてあんだよ。『愛する彼女のことで、死ぬほど悩んでます』ってな」


 蓮には、何もかも、お見通しだった。

 俺は観念して、口を開いた。


「……俺、葵のこと、すげぇ大事なんだ。……世界で一番好きだって、本気で、思ってる」

「おう。知ってる」

「でもさ……。その。なんていうか……」


 言葉が詰まる。

 恥ずかしくて、情けなくて、言えない。


 でも、言うしかない。

 こいつにしか、相談できない。

 合宿の夜、あんなに堂々と、初体験の話をしていた、こいつにしか。


「……まだ、キスも、してねぇんだよ」



 俺が、そう言うと、蓮は、きょとんとした顔をした。

 そして、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ぶはっ! なんだよ、健太! そんなことかよ!」


「そ、そんなことって、言うなよ! 俺にとっては、一大事なんだよ!」


 俺は、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 蓮は、「わりぃわりぃ」と、涙を拭いながら言った。


「いや、てっきり、もっと、深刻な悩みかと思ってさ。……で? それが、どうかしたのかよ」


「……どうかって。俺たち、もう、付き合って、一年だぞ? それなのに、まだ、キスも、してねぇんだ。俺、男として、おかしいのかなって……。葵も、本当は、したいのに、俺がヘタレだから、我慢してるんじゃないかって……」


 そう。

 それが、俺の、悩みだった。


 葵は、何も言わない。

 でも、時々、二人きりになった時。

 彼女が、俺に、何かを期待するような、潤んだ瞳を向けてくることがあるのだ。


 そのたびに、俺は、どうしていいかわからなくなって。結局、いつも何もできずに終わってしまう。

 そんな自分が、嫌で、嫌で、仕方なかった。


「……なるほどな」


 蓮は、ようやく笑うのをやめて、真剣な顔で頷いた。


「……健太。お前、焦ってんだろ」

「……まあな」


「一番、やっちゃいけねぇやつだな、それは」

「え?」


「いいか、健太。女ってのはな、男が思うより、ずっと敏感なんだよ。お前が、焦って事を進めようとしたら、葵ちゃんは、絶対にそれに気づく。そして傷つくぜ。『私のこと、好きなんじゃなくて、ただ、ヤりたいだけなんだ』ってな」


 蓮のその言葉は、まるで鋭いナイフのように、俺の胸に突き刺さった。


「……じゃあ、俺はどうすりゃいいんだよ」

「簡単だって。……お前は、葵ちゃんのこと、どうしたいんだ?」

「どうしたいって……。そりゃあ、大事にしたい。……幸せに、したい」

「だろ? だったら、それを、伝えるだけでいいんだよ」


 蓮は、そう言って、俺の肩をポンと叩いた。


「目があったとき、いつもより、ちょっとだけ長く見つめてみろ。いつもより、ちょっとだけ優しく抱きしめてやれ。そして、『葵のこと、めちゃくちゃ好きだ』って、ちゃんと言葉にして伝えてやれ。女はな、そういう小さな積み重ねで安心するんだよ。で、ムードが、最高に高まった、その時に。自然と、心も、身体も、次に進むはずだ」


 蓮は、最後に、俺の肩をもう一度力強く叩いた。


 その、あまりにもスマートで、大人びたアドバイスに、俺は、ただ呆然と、頷くことしかできなかった。


「……サンキュ、蓮」

「いーってことよ。……まあ、俺も、今の彼女と、初めての時は、お前みたいに、死ぬほど、悩んだけどな」


 蓮はそう言って、少しだけ照れたように笑った。


 その顔は、いつものチャラついた蓮とは全く違う、一人の男の顔をしていた。

俺は、こいつが親友で本当によかったと、心の底から思った。



 空は、もうすっかり、夜の闇に包まれている。

 俺は、蓮と別れ、一人、帰り道を歩き始めた。


 心は、まだ少しだけ重い。

 でも、さっきまでの真っ暗なトンネルの中に、ほんの少しだけ光が差したような気がした。



 俺と葵。


 俺たちには、俺たちのペースがある。

 焦らなくていいんだ。



 俺は、大きく息を吸い込んだ。

 秋の夜の空気が、美味しかった。











本筋から離れた閑話なので、本日2話目の更新です。健太くんと葵ちゃんの話でした。

今後もときどき登場します。

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