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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第4章 秋風と、体育祭の熱(9月)

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第38話 まつりのあと

 桃組の総合優勝を告げるアナウンスが、グラウンド全体に響き渡った。

 その瞬間、俺たちのテントからは、今日一番の、割れんばかりの歓声が上がった。


 クラス委員長や、三組の武田先生が、嬉し涙を流しながら、抱き合っている。


 俺、桜井さくらいかけるは、健太と蓮にもみくちゃにされながら、その光景を、夢見心地で眺めていた。


 勝った。

 俺たちは、勝ったんだ。


 閉会式で、代表として表彰台に上がったクラス委員長が、誇らしげに優勝旗を受け取る。

 その姿を見て、俺の胸にも、熱いものが込み上げてきた。


 体育祭なんて、面倒なだけだと思っていた。

 でも、今は、心の底から、そう思う。 桃組で、よかった。

 この、最高の仲間たちと、一緒に戦えて、よかった。


 閉会式が終わり、後片付けが始まる。

 熱狂的な興奮が少しずつ落ち着き、グラウンドには、祭りの後の、心地よい疲労感と、ほんの少しの寂しさが漂い始めていた。


「駆、お疲れ。リレー勝てたのは、マジでお前のおかげだ」


 健太が、俺の肩を力強く叩いた。

 その隣では、葵ちゃんが、にこにこと幸せそうに笑っている。


「ううん、健太も、すごかったよ! それに、障害物競走、一位だったもんね!」

「まあな! 葵との、愛の力ってやつだ!」

「もー、健太ったら」


 葵ちゃんはそう言って、健太の腕に、そっと自分の腕を絡めた。

 そのあまりにも、自然なイチャつきっぷりに、俺は思わず、げんなりとした顔になる。


「……お前ら、人前だぞ」

「いいじゃねぇか、別に。なぁ、葵?」

「うん!」


 ちくしょう。 眩しい。眩しすぎる。

 俺は、その幸せそうな二人から目を逸らした。

 羨ましい、なんて。絶対に思ってないからな。


「あ、桜井くん」


 不意に、声をかけられた。

 振り返ると、そこには、小野寺おのでらかえでと、中村なかむら沙織さおりが立っていた。


「……100m走、すごかったね。リレーも、カッコよかった。……おめでとう」


 小野寺は、少しだけはにかみながら、でも、真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。


「……おう。サンキュ。小野寺も、八百メートル、すごかったな。惜しかったけど」

「……うん。次は、負けないから」


 小野寺はそう言って、綺麗に微笑んだ。

 その横で、中村が、母親のような優しい目で彼女を見守っている。


 俺は、この二人の関係も悪くないな、と、思った。



 俺が、小野寺たちと話していると。

 ふと、視界の端に、見慣れた後ろ姿が映った。


 陽菜だった。

 彼女は、舞たちと一緒に、後片付けをしているようだった。


 俺は、小野寺たちに、「じゃあな」と短く告げると、陽菜の元へと歩き出した。


 もう、ためらいはなかった。





(……カケル)


 後片付けをしながら、私は、何度も、カケルの姿を目で追っていた。


 リレーの、最後の走り。

 私の声援に応えるように、加速していった彼の姿。

 ゴールした後、仲間たちにもみくちゃにされながら、見せてくれた、あの最高の笑顔。


 そのすべてが、私の、瞼の裏に焼き付いて離れない。

 嬉しくて、誇らしくて、そして、どうしようもなく愛おしい。

 私の心は、温かいものでいっぱいだった。


「陽菜、顔、ニヤけすぎ。全部、漏れてるよ」


 隣で、舞が、呆れたように言った。


「へっ!? そ、そんなことないし!」


「ふーん? まあ、いいけど。……でも、よかったね。ちゃんと仲直りできて」

「……うん。……舞にも、色々、心配かけちゃってごめんね」


「いーのいーの。親友でしょ? ……で? この後、打ち上げ、どうする? 桜井くん、誘うんでしょ?」

「えっ!? い、いや、それは……」


 私が、口ごもっていると。 すぐ近くで、彼の声が聞こえた。


「……陽菜」


 振り返ると、そこに、カケルが立っていた。

 夕日に照らされた、その横顔は、いつもより、少しだけ大人びて見えた。


「……お疲れ」

「……うん。カケルも、お疲れ様。……すごかったね、リレー」

「……お前の、声が、聞こえたからな」


 彼が、ぽつりとそう言った。

 その、あまりにも不意打ちの言葉に。

 私の心臓は、大きく跳ねた。


「え……?」

「……いや。……なんでもねぇよ」


 カケルは、顔を真っ赤にして、ぷいと、そっぽを向いてしまった。

 その、照れたような仕草が、可愛くて愛おしくて。

 私は、思わず吹き出してしまった。


「ふふっ」

「……なんだよ」

「ううん、なんでもない。……ねぇ、カケル。この後、打ち上げ、行こっか。みんなで」

「……おう」


 カケルは、短くそう答えた。

 でも、その声は、今まで聞いた中で、一番優しかった。





 俺は、陽菜と並んで校門へと向かっていた。

 健太や、蓮、舞たちも一緒だ。

 これから、駅前のファミレスで、桃組の、ささやかな打ち上げが、行われることになっていた。


 俺の心は、驚くほど軽かった。

 陽菜の、隣を歩く。

 ただ、それだけのことが、こんなにも幸せだなんて。


 ふと、俺は、グラウンドの隅に、一人で佇んでいる男の姿に気づいた。


 神崎だった。


 彼は、誰とも話せず、一人で、夕日に染まるトラックを、じっと見つめている。

 その背中は、ひどく、小さく、そして孤独に見えた。


 あいつは、あいつなりに、プライドを懸けて戦っていたのだろう。

 俺は、その背中に、何も声をかけることはできなかった。




 校門へと向かう道すがら。 俺たちは、体育館の横を通り過ぎようとしていた、その時だった。

 体育館の裏手にある、多目的トイレのドアが、ぎぃ、と音を立てて開いた。


「……ん?」


 蓮が、最初に、それに気づいた。

 俺たちも、つられて、そちらに視線を向ける。

 ドアから、まず、西園寺先輩が堂々と出てきた。

 体操服のシャツの裾が、だらしなくズボンからはみ出している。


 そして、先輩に続いて。

 中から、一年生の見慣れない女子生徒が、顔を俯かせながら出てきた。


 そして、目は、泣き腫らしたかのように真っ赤だった。


 その、あまりにも異様な光景に。

 俺たちは、全員、足を止めて固まっていた。


(……またかよ)


 二人が、何をしていたのか。

 嫌でも、わかってしまった。


 西園寺先輩は、 「じゃ、またな」 と言い、女子生徒の肩をポンと軽く叩いた。

 その声には、何の感情もこもっていなかった。

 女子生徒は何も言わずに、俯いたまま足早に、俺たちとは逆の方向へと去っていった。

 西園寺先輩は、その小さな後ろ姿を、つまらなそうに見送ると、ふっと鼻で笑った。


 そして、俺たちの存在に、ようやく気づいた。

 彼は、俺たちを一瞥すると、何も言わずに、ただ、嘲るように口の端を歪めてみせた。

 そして、まるで何事もなかったかのように、俺たちの横を、悠然と通り過ぎていった。


 誰も、何も、言えなかった。

 ただ、彼の背中が、夕日の影の中に消えていくのを見送るだけだった。



 陽菜が、俺の服の裾を、小さく震える手で、ぎゅっと握りしめているのがわかった。

 蓮の顔からは、いつもの軽薄な笑みが消え、冷たい軽蔑の色が浮かんでいる。

 健太も、舞も言葉を失い、ただ唇を噛み締めていた。

 俺たちの、楽しかった一日の終わりに、冷たくて、重い沈黙が落ちてきた。


(……許さねぇ)


 俺は、心の中でそう呟いた。

 いつか、必ず、あいつの化けの皮を剥がしてやる。


 そして、陽菜を、あいつみたいな獣からは、絶対に俺が守り抜く。


 俺は、隣を歩く陽菜の小さな手を見た。


 その手を、握りたい。

 そう、思った。

 でも、まだその勇気は、俺にはなかった。


「……カケル?」


 俺が黙り込んでいると、陽菜が不思議そうに、俺の顔を覗き込んできた。


「……なんでもねぇよ」


 俺は、照れ隠しに、そう言って笑った。

 陽菜もつられて、ふわりと笑う。


 その笑顔を見て。

 俺は、それで十分だと思った。 今は、まだ。





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