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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第4章 秋風と、体育祭の熱(9月)

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第35話 策士の視線

 俺、たちばなれんは、人間観察が趣味だ。


 特に、恋愛が絡んだ時の人間の、あの滑稽で、愛おしいほどの必死さを見るのが、三度の飯より好きだった。


 普段はクールを気取ってる奴が、好きな女の前ではしどろもどろになったり。

 優等生タイプの女子が、嫉妬に狂ってとんでもない行動に出たり。


 高校なんていう狭い箱庭は、まさに人間観察の宝庫だ。

 見栄と本音、嫉妬と憧れ。

 いろんな感情が渦巻いていて、飽きることがない。



 そして、俺の親友、桜井さくらいかけるは、最高の観察対象だった。

 夏休み前のあいつは、恋愛というゲームのルールすら知らない、ただの赤ん坊だった。

 隣にいる、国宝級の美少女の価値にも気づかず、ただ、ぼんやりと日々を過ごしているだけ。

 それはそれで、絶滅危惧種を見るようで面白かったが、正直、退屈だった。



 だが、夏合宿が、すべてを変えた。


 あの、眠れない夜の「《《作戦会議》》」。


 俺が、少しだけリアルな初体験の話をしてやった時の、あいつの顔。

 驚きと戸惑いと、そして、隠しきれない強烈な好奇心。


 あの瞬間、あいつの中で、何かが生まれたのだ。

 「男」としての本能の炎が。


 それからの駆は、見ていて飽きなかった。

 今まで、視界にすら入っていなかったであろう、陽菜ちゃんや、他の女子の身体のラインを、無意識に目で追うようになった。


 陽菜ちゃんの、体操服姿の揺れる胸。

 小野寺の、ストレッチで露わになる白い腹。


 そのたびに、あいつは、自分で自分の感情に戸惑い、顔を赤くして自己嫌悪に陥る。


 面白い。

 実に、面白い。


 今まで、女子が苦手だったはずの駆が、こんなにも、わかりやすく「女」に振り回されている。

 人間らしくて、すごくいい。


 あいつは、まだ、気づいていない。

 陽菜ちゃんへの、あの、過保護なまでの独占欲が、ただの幼馴染への情なんかじゃないってことに。

 あいつが、小野寺の身体に感じた、あの動揺が、ただのスケベ心だけじゃないってことに。

 その二つの感情が、同じ「恋」という名前で呼ばれる、熱病の一種だってことに。


 だから、俺が、少しだけ、手助けをしてやる必要がある。

 この、停滞したドラマを、一気に加速させるための起爆剤を、投下してやる必要があるのだ。


 体育祭の、二人三脚のペア決め。

 それは、絶好の機会だった。


 俺の親友、桜井駆が、震える手をゆっくりと上げた。

 その視線の先には、同じように、顔を真っ赤にして、おずおずと手を上げる、日高陽菜。


 教室中が、甘酸っぱい空気に包まれる。

 健太が、隣で「よっしゃあ!」と、無言でガッツポーズをしている。

 まあ、普通なら、ここで「おめでとう、二人とも!」となるべきなんだろう。


 だが、俺は、知っていた。

 桜井駆という男が、致命的なまでに詰めが甘いということを。


 案の定、藤井先生からの、無慈悲な宣告。

 百メートル走と、二人三脚の、時間重複。


 天国から地獄へと、叩き落とされた駆の、あの絶望した顔。

 そして、陽菜ちゃんの、悲しそうな顔。


 うん。 最高の展開だ。



 だが、このままでは、物語が停滞してしまう。


 陽菜ちゃんのペア相手として、サッカー部の田中が、手を上げた。

 悪くない。あいつも、そこそこイケメンで性格も悪くない。


 でも、それではダメなのだ。

 駆の、あの、心の奥底に眠る、醜くて熱い独占欲に火をつけるには。

 もっと、強力な燃料が必要だ。 田中では役不足だ。


 だから、俺はすっと手を上げた。

 最高の笑顔で、最高の提案をしてやる。

 この、停滞したドラマを、一気に加速させるための起爆剤を。


「先生。それなら、俺が出ましょうか?」


 教室中の視線が、俺に集まる。

 快感だった。


 俺は、この物語のただの観客じゃない。

 時として、物語を動かす脚本家であり、演出家にもなるのだ。


 駆の俺を見る目。

 そこには、驚きと戸惑いと、そして、かすかな裏切られたような色が浮かんでいた。


 それでいい。 もっと俺を憎め。

 もっと、俺に嫉妬しろ。


 お前が、本当に手に入れたいものが何なのか、その心に刻みつけてやる。


 陽菜ちゃんの、助けを求めるような潤んだ瞳。



 ごめんな、陽菜ちゃん。

 これも、全部、あんたたち二人のためなんだ。


 俺は、心の中で、そう呟きながら、最高の笑顔で彼女の肩をポンと叩いた。




 さあ第二幕の、始まりだ。


 二人三脚の練習は、予想以上に楽しかった。

 いや正確には、駆の、あの嫉妬に狂った視線を背中に浴びながら、陽菜ちゃんと密着するのは、最高にスリリングだった。


「陽菜、力、入りすぎ。もっと、リラックスして」

「ご、ごめん!」


 俺が、わざと親密な声で言うと、陽菜ちゃんの身体はびくりと震える。


 可愛い。

 素直で、純粋で、一生懸命。

 駆が、こいつに惹かれる理由もよくわかる。


 俺は、陽菜ちゃんに恋愛感情はない。

 俺には、ちゃんと、愛する彼女がいる。


 だが、もし、俺がフリーだったら。

 本気で駆のライバルになっていたかもしれないな。

 なんて。柄にもないことを考えてしまうくらいには、彼女は、魅力的だった。


 俺は、練習中、何度も駆を挑発した。

 陽菜ちゃんの耳元で、わざと囁いてみせたり。

 転びそうになった彼女の腰を、必要以上に長く支えてみせたり。


 そのたびに、駆の顔がどんどん死んでいくのが面白くてたまらなかった。


 健太が、俺に、怪訝な視線を向けているのもわかっていた。


『お前、本気で、日高のこと、狙ってんのか?』


 そんな、声が、聞こえてくるようだった。


 違うんだよ、健太。

 俺は、火をつけているだけだ。

 あいつの、心の中の導火線に。


 そして、体育祭当日。

 二人三脚の決勝。

 スタートラインで、俺は、陽菜ちゃんの耳元で囁いた。


「……あいつに、俺たちの、一番速い走り見せてやろうぜ」


 それは、半分は本心だった。


 俺は、駆の親友として。

 こいつの隣に立つ女は、中途半端な覚悟じゃ務まらないぞ、と。そう、伝えたかったのかもしれない。


 結果は、圧勝だった。

 ゴールした後、俺は、わざと陽菜ちゃんを、力いっぱい抱きしめた。


 その瞬間、遠くで、駆が、背中を向けて去っていくのが見えた。


 その傷ついた、孤独な背中。


 ごめんな、駆。

 でも、これでいい。

 男は、一度、どん底まで落ちないと、本当に大切なものには気づけない生き物なんだから。



 午後の騎馬戦。

 案の定、駆は、神崎の挑発に乗り落馬した。


 馬鹿な奴だ。

 でも俺は、そんな不器用で、真っ直ぐな駆が嫌いじゃなかった。

 そして、保健室へ二人きりで向かう、駆と、陽菜ちゃん。

 藤井先生も、なかなかの策士だ。  


 俺の出番は、もう、終わり。


 あとは、主役の二人が、どんな物語を紡いでくれるのか。

 俺は観客席で、一人、ニヤリと笑った。







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