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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第4章 秋風と、体育祭の熱(9月)

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第33話 黒いモヤモヤ、白い体操服

 体育祭までの二週間は、あっという間に過ぎていった。


 授業は午前中で終わり、午後はすべて体育祭の練習に充てられる。


 だが、俺、桜井さくらいかけるにとって、その時間は地獄以外の何物でもなかった。


「陽菜、いくぞ! いち、に、いち、に!」

「う、うん!」


 俺の目の前で、蓮と陽菜が二人三脚の練習をしている。


 蓮の右腕が、陽菜の肩にしっかりと回されている。

 陽菜の左腕も、蓮の腰におそるおそる添えられている。

 二人の身体はぴったりと密着し、息を合わせて、一歩、また一歩と前に進んでいく。


 その光景が、俺の心をどす黒い醜い感情で塗り潰していく。


(……なんで、俺じゃねぇんだよ)


 心の中で、何度そう叫んだだろう。



 あの時、俺が百メートル走にさえ立候補しなければ、今頃、陽菜の隣にいたのは、俺だったはずなのに。


 後悔しても、もう遅い。

 俺は、リレーの練習に身が入らないまま、ただぼんやりと、二人の姿を、目で追うことしかできなかった。



 蓮は、スマートだった。


「陽菜、足、痛くない? 紐、きつくないか?」

「ううん、大丈夫だよ」


「そっか。でも、無理すんなよ。俺に合わせて転んだりしたら、もったいねぇからな。陽菜は、桃組の女神なんだから」

「も、もう! 蓮くんは、からかうんだから!」


 蓮の、そのいとも簡単に繰り出されるキザなセリフに、陽菜は、顔を赤くしながらも、まんざらでもない様子で笑っている。


 その笑顔が、俺の胸をナイフのように抉る。

 俺には、あんなふうに、陽菜を笑わせることなんてできない。

 俺ができるのは、ただ黙って隣にいることだけ。

 その、唯一の特等席すら、俺は自分の愚かさで手放してしまったのだ。


「……駆、顔、死んでんぞ」


 隣でバトンパスの練習をしていた健太が、呆れたように俺の肩を叩いた。


「……うるせぇ」

「まあ、気持ちはわかるけどな。蓮の奴、ああ見えて、意外とやるからな。日高さんも楽しそうだし」

「……別に、楽しそうじゃねぇだろ」

「いや、楽しそうだって。お前には、そう見えねぇかもしんねぇけど。……それに、どういうつもりか、蓮の奴、完全に、お前のこと意識してるぜ。いつの間にか、蓮の奴、日高さんのこと名前で呼ぶようになってるし」

「は?」


 健太の、その言葉の意味がわからなかった。


 蓮が、俺を意識してる?

 陽菜を巡っての、ライバルとして、か?


 俺が、首を傾げていると、健太はやれやれとでも言いたげに、ため息をついた。


「……まあ、いいや。とにかく、お前は、リレーで神崎に勝つことだけ考えろ。いいな?」

「……おう」


  そうだ。俺には、まだリレーがある。

 陽菜に、俺のリレーの走りを見てもらうんだ。

 そして、神埼。あいつだけには、絶対に負けられない。

 俺は、陽菜たちから、無理やり視線を引き剥がし、バトンを強く握りしめた。





(……カケル、ずっと、こっち見てる)


 蓮くんと、二人三脚の練習をしながら、私は、カケルの突き刺さるような視線を、背中に感じていた。

 その視線は、痛いくらいに熱くて。 私の心をかき乱す。


「陽菜、力、入りすぎ。もっとリラックスして」


 隣で、蓮くんが、優しい声で言った。


「ご、ごめん!」

「いいって。……あいつのこと、気になる?」


 蓮くんは、顎で、カケルの方を指し示した。

 私は、ドキリとして、顔が熱くなるのを感じた。


「……別に」

「ふーん? まあ、いいけど」


 蓮くんは、それ以上は何も言わず、ただ楽しそうに笑った。

 彼には、何もかも、お見通しなのかもしれない。

 私は恥ずかしくて、何も言い返せなかった。


 本当は、カケルとペアを組みたかった。

 彼が、手を上げたとき、嬉しくて舞い上がってしまった。


 でも、ダメだった。

 がっかりした。

 悲しかった。


 そして、あの時のカケルの、絶望したような顔が頭から離れない。

 彼を、あんなに落ち込ませてしまったことが辛かった。  


 全部、タイミングが悪かっただけ。

 誰のせいでもない。

 そう、頭ではわかっているのに。


 蓮くんは、すごく、優しい。

 私の歩幅に合わせてくれるし、面白い話で和ませてくれる。


 彼が、時々、耳元で囁く甘い言葉に、私の心臓は、カケルとは違うリズムでドキッと音を立ててしまう。


 ダメだ。

 わかってる。


 でも、彼のスマートな優しさに、少しだけ、心が揺らいでしまう自分がいるのも事実だった。


「……よし、もう一回行くか。今度は、もうちょっとスピード上げてみようぜ」

「……うん!」


 私は、気持ちを切り替えるように、力強く、頷いた。


 今は、目の前の練習に集中しなくちゃ。

 カケルに、心配、かけさせたくないから。





 俺は、トラックの隅で、一人、黙々とスタートの練習を繰り返していた。

 陽菜と蓮の楽しそうな声が、風に乗って聞こえてくる。

 そのたびに、俺の心はささくれだっていく。


(……くそっ)


 集中できない。

 イライラする。


 そんな、俺の荒んだ心に、追い打ちをかけるように、目の前に、見たくもない顔が現れた。


 神崎だった。

 あいつは、俺たちとは違う、「白組」のハチマキを頭に巻いている。


「よぉ、桜井。随分と熱心だな。……まあ、才能がない奴は、努力で補うしかないもんな」


 その、いつもの、見下したような嫌味な口調。

 俺は、無言で、神崎を睨みつけた。


「……なんだよ、その目は。気に食わねぇな。……まあ、いいや。リレー、楽しみにしてるぜ。お前の絶望する顔を、ゴールラインの先で見てやるよ。……日高の、目の前でな」


 神崎は、そう言って俺の横を通り過ぎていった。

 その背中に、俺は、何も、言い返せない。


 悔しい。

 腹が立つ。

 でも、あいつが、俺より速いのは、事実だった。


 俺は、地面を、強く蹴った。



 その時だった。

 俺の視界の端に、白いものがちらついた。 陽菜だった。


 彼女は、二人三脚の練習を終え、今は、女子だけの玉入れの練習に参加しているようだった。

 白い体操服に、紺色のハーフパンツ、そして短めの靴下。

 その無防備な姿に、俺の心臓は、またドクンと嫌な音を立てた。


 走るたびに、ジャンプするたびに。

 彼女の豊かな胸が、大きく揺れる。

 汗で、白い体操服が、肌に張り付いている。

 その薄い生地の下の、スポーツブラのラインが、くっきりと浮かび上がっている。

 ハーフパンツから伸びる、しなやかな白い脚。

 その、一つひとつが、俺の汚い好奇心を、容赦なく刺激した。


 合宿の夜に聞かされた、生々しい初体験の話。

 プールで見た、あの陽菜の体操服の下に隠された肌。

 そして、一度だけ、この手で触れてしまった、女子の胸の感触。

 そのすべてが、ごちゃ混ぜになって、俺の頭の中を、駆け巡る。


(……俺は、最低だ)


 嫉妬して、イライラして。

 そのくせ、あいつの身体のことは、こんないやらしい目で見てしまう。


 自己嫌悪で、吐き気がした。

 俺は、その場に、うずくまりたくなった。


 でも、できなかった。

 陽菜が、こっちを見ているような気がしたからだ。


 俺は、ただ、立ち尽くしたまま動けなかった。

 秋の、涼しいはずの風が、なぜか、ひどく生暖かく感じられた。





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