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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第3章 意識してしまった夏(7月/8月)

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第31話 二人だけのテニスレッスン

 レジャープールでの、あの怒涛の一日から一週間が経った。

 八月の終わりが近づき、夏休みも残りわずかとなった土曜日の午後。


 俺、桜井さくらいかけるは、じりじりと照りつける太陽の下、市営のテニスコートの前に立っていた。

 隣には、俺の心臓を、いとも簡単に暴走させる元凶――日高ひだか陽菜ひながいる。


「うわー、良い天気!絶好のテニス日和だね!」


 陽菜は、空を見上げて、気持ちよさそうに伸びをした。


 白いサンバイザーに、ピンク色のラインが入った、いかにもテニス部員らしいウェア。

 その動きに合わせて、ひらりと揺れるスコートの裾。

 そこからすらりと伸びる引き締まった脚は、日に当たって白く輝いており健康的で眩しすぎた。


 プールで見た、透き通るような白い肌とはまた違う躍動感に満ちた魅力。

 俺は、直視できずに「……そうだな」と、ぶっきらぼうに答えることしかできなかった。


 なぜ、俺たちが、こんな少女漫画のワンシーンみたいな状況に陥っているのか。原因は、数日前の陽菜の一言だった。


『ねぇ、カケル。今度の土曜日、もし暇だったら、テニスしない?』


 部活の帰り道、彼女は、少しだけ頬を赤らめながら、そう言ってきたのだ。


 断れるはずが、なかった。


 プールでの一件以来、俺たちの関係は、明らかに変わった。

 気まずさは消え、その代わりに、甘くてむず痒いような、そんな空気が常に漂っている。


 俺は、陽菜のことを、もう、ただの幼馴染として見ることはできない。そして、陽菜も、きっと、俺のことを……。


 いや、そこまで考えるのは、まだ、早い。



「よし、コート取れたよ! 一時間だけだけど、楽しもうね!」


 陽菜は、受付から戻ってくると、ラケットバッグを肩にかけ、意気揚々とコートへと向かう。

 俺は、その小さな後ろ姿を、ドキドキしながら追いかけた。





「じゃあ、まずは、ラケットの持ち方からね。カケルは、ほとんど初心者なんだから」

「……おう。よろしく、お願いします」


 コートに立つと、陽菜の纏う空気が、がらりと変わった。

 いつもの、ふんわりとした、可愛らしい女の子の雰囲気は消え、引き締まったアスリートの顔になる。

 そのギャップに、俺は、また心臓を鷲掴みにされた。


「いい? ラケットは、こう、包丁を持つみたいに、軽く握るの。力みすぎると、手首を痛めちゃうからね」


 陽菜は、俺の後ろに回り込み、俺の右手に、自分の手をそっと重ねてきた。


「……っ!」


 柔らかい。

 小さい。

 温かい。


 陽菜の、手のひらの感触が、俺の、すべての思考を停止させる。


 すぐ背後から、彼女の甘い匂いがした。

 シャンプーと、汗と、日焼け止めの匂いが混じった、陽菜だけの特別な匂い。


 ――頭が、クラクラする。


「……カケル? 聞いてる?」

「あ、あぁ! 聞いてる!」


 俺は、自分でも驚くほど裏返った声で、そう答えた。

 陽菜は、不思議そうな顔をしていたが、すぐに説明を続ける。


「それで、ボールを打つ時は、腰をしっかり落として、身体全体を使って、ラケットを振るの。腕の力だけじゃ、ダメだからね」


 彼女は、俺の腰にそっと手を当てて、ぐっと、低い姿勢になるように促した。


 腰に触れられた瞬間、俺の身体に、電気が走ったような衝撃が突き抜けた。


(……やばい、やばい、やばい!)


 これは、拷問だ。

 プールでの、ウォータースライダーよりも、もっと、過酷な拷問。 俺の、なけなしの理性は、もう、限界だった。





(……カケルの身体、すごい……)


 ラケットの握り方を教えるために、彼の手に自分の手を重ねた時、私は、心臓が止まるかと思った。


 私なんかより、ずっと大きくて、ゴツゴツしていて、硬いマメがたくさんある、男の子の手。

 陸上部の練習で、毎日、毎日、努力している証拠だ。 その手に触れただけで、顔が、熱くて、どうにかなりそうだった。


 腰に手を当てた時も、そうだ。

 薄いTシャツや短パンの上からでもわかる、引き締まった、筋肉の感触。 びくともしない、岩みたいな、体幹。


 これが、アスリートの、身体……。

 私の、知らない、カケルの姿。

 その一つひとつが、私の心を、締め付ける。


(……ダメだ、私。ちゃんと、教えなきゃ)


 顔が、熱い。

 きっと、真っ赤になっているに違いない。


 カケルに、変に思われていないだろうか。 「こいつ、何一人で赤くなってんだ」って、呆れられていないだろうか。 不安で、いっぱいだった。


 でも、それ以上に。この、心臓が張り裂けそうなほどの、ドキドキが。幸せで、たまらなかった。


 彼が、私のために、テニスをしようとしてくれている。

 ただ、それだけの事実が、私を、舞い上がらせるには十分すぎた。





 一通り、フォームの練習が終わると、いよいよボールを打つことになった。

 陽菜が、手投げで、打ちやすいボールを投げてくれる。


 だが。


 スカッ! ボコンッ!

 俺の打球は、ことごとく、空を切るか、変な方向に飛んでいくだけだった。


「……くそっ! なんで、当たらねぇんだよ!」


 俺は、悔しくて地面を蹴った。


 陸上なら、誰にも負けない自信がある。でも、テニスは、全くの別物だった。自分の身体が、自分の思った通りに、動いてくれない。そのもどかしさに、イライラが募る。


「カケル、力みすぎだよ。もっと、リラックスして」


 陽菜が、優しい声で、アドバイスをくれる。


 わかってる。

 わかってるけど、できない。


 お前が、すぐ隣にいるからだ。

 お前の、その眩しい姿が、俺の平常心を、根こそぎ奪っていくからだ。

 なんて、口が裂けても言えるはずがない。


「……もう一回!」


 俺は、何度も何度も、ボールを追いかけた。


 汗が滝のように流れる。

 息が上がる。


 でも諦めたくなかった。

 陽菜の前で、無様な姿を晒したくなかったからだ。


 どれくらい、時間が経っただろうか。

 俺の身体が、ようやく、ラケットの感覚を掴み始めた。


 ――パァン!


 乾いた、心地よい打球音。

 俺が打ったボールは、綺麗な放物線を描いて、陽菜の足元へと飛んでいった。


「……やった!」


 俺は、思わず、ガッツポーズをした。

 陽菜は、驚いたように目を見開いている。


 そして、次の瞬間、パッと、花が咲いたように、笑った。


「すごいよ、カケル! 今の、すごく良かった!」

「……おう」


 その笑顔を見て、今までの、すべての疲労が、吹き飛んでいくようだった。





(……うそでしょ)


 カケルが、初めてまともにボールを打ち返した時、私は、自分の目を疑った。


 たった数十分。

 私が教えたのは、本当に、基本的なことだけ。


 それなのに、彼は、もう、自分のものにしてしまっている。

 私が、何ヶ月もかかって、ようやくできるようになったことを。

 彼は、いとも簡単に。


 そこから、彼は、嘘のように、上達していった。


 一球、また一球と、ボールを打つたびに、そのフォームは洗練され、打球は鋭くなっていく。

 持ち前の、爆発的な瞬発力で、多少コースがずれたボールにも、軽々と追いついてしまう。

 彼の身体能力が、テニスというフィルターを通して、まざまざと、私に見せつけられていた。


(……すごい)


 やっぱり、カケルはすごい。

 私が、好きになった人は、こんなにもすごい人なんだ。


 ぶっきらぼうで、シャイで、ちょっとヘタレなところもあるけど。

 一度、本気になった時の、彼の、この集中力と爆発力。

 これに、私は惹かれたんだ。


 コートの上で、躍動する彼の姿から、目が離せない。

 汗で光る、逞しい腕。

 ボールを追う、真剣な眼差し。


 そのすべてが、カッコよくて、私の胸を熱くさせる。


 やがて、私たちは、ラリーが続けられるようになっていた。





 カン、カン、と。

 心地よい打球音が、青空の下に響き渡る。


 俺と、陽菜。

 二人だけのラリー。

 それは、まるで、言葉のない会話のようだった。


 楽しい。

 ただ、ひたすらに楽しい。


 陽菜と、同じ時間を共有している。

 陽菜と、心が通じ合っている。


 そんな、気がした。



「はぁ、はぁ……。……すごいねカケル。本当に初心者なの?」


 一時間のコート利用時間が終わり、俺たちは、ベンチに座って汗を拭いていた。


「……陽菜の、教え方が、うまかったからだろ」

「……そっか。……ふふっ」


 陽菜が、嬉しそうに、はにかんだ。

 その笑顔を、俺は、ずっと見ていたいと思った。



 夏の強い日差しが、俺たちを照りつけている。


 でも、それは、少しも不快じゃなかった。

 むしろ心地よいくらいだ。


 隣にいる、陽菜の体温と同じくらいに。








夏休みは終わり、第一部・第3章はここまでです。

次から第二部・第4章に入ります。


ここで、改めて。

ブックマーク、リアクション、評価(★)、感想など、お寄せいただけたら嬉しいです。

これからも、のんびりと更新続けますので、よろしくお願いします。

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