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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第3章 意識してしまった夏(7月/8月)

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第30話 キューピッドたちの作戦会議

「ねぇ、航くん。ちょっと、航くんってば!」


 俺、桜井さくらいわたるは、莉子りこの甲高い声に、ようやくアメリカンドッグから顔を上げた。

 ケチャップとマスタードをたっぷりかけた、このジャンキーな食べ物の誘惑は、何物にも代えがたい。


「……なんだよ。今、いいとこだったのに」

「いいとこって、ただ食べてるだけでしょ! それより、見てよこれ! どう?」


 莉子は、その場でくるりと一回転してみせた。


 彼女が着ているのは、淡いブルーの、フリルがついたワンピースタイプの水着だ。

 姉の陽菜姉ちゃんが着ていた、大人っぽいビキニとは対照的に、いかにも中学生らしい、可愛らしいデザイン。


「……どうって言われてもな。……青いな」

「それだけ!?」


 莉子は、信じられない、という顔で、俺に詰め寄ってきた。


「このフリル! このリボン! この絶妙なスカートの丈! 全部、私が一週間かけて選び抜いた、勝負水着なのよ!?」


「勝負ねぇ……。まだ中二だろ。勝負するには、ちと早いんじゃねぇか?」


「むっ! 年齢は関係ないの! 女の子は、いつだって戦場にいるんだから! ……それに、お姉ちゃんは、あんなにスタイル抜群の美少女なんだから、妹の私も、努力しないと、釣り合いが取れないでしょ!」


 そう言って、莉子は、まだ成長途中な自分の胸を、ぐっと張ってみせた。

 その姿は、なんというか、一生懸命背伸びしている雛鳥みたいで、少しだけ、面白かった。


「……まあ、陽菜姉ちゃんは、確かに美人だけどな。お前は、どっちかっていうと、まだアオミドロみたいなもんだろ」

「アオミドロ!? ちょっと、どういう意味よ!」


「いや、青い水着着てるし」

「そういうことじゃない! 絶対に、馬鹿にしてる!」


 莉子が、ぷんすかと頬を膨らませる。

 こいつをからかうのは、昔から、面白い。


「まあ、いいじゃねぇか。似合ってるよ、その……アオミドロ」

「だから、アオミドロじゃない!」


 俺たちの、そんな不毛なやり取りを遮るように、莉子が、はっとしたように、ある一点を指さした。


「……あ、航くん、見て。あのヘタレお兄ちゃん、まだお姉ちゃんの水着姿を直視できてないわ」


 俺は、莉子に言われて視線を上げた。


 莉子の言う通りだった。

 兄貴は、流れるプールでぷかぷかと浮きながら、必死に明後日の方向を見ている。

 その耳は、茹でダコみたいに真っ赤だ。

 わかりやすい。わかりやすすぎる。


「まあ、想定内だろ。兄貴のヘタレ具合をなめるなよ」

「それに比べて、お姉ちゃんの、あの健気なこと……! 似合ってるかどうか、不安で仕方ないのよ! 早く『可愛い』の一言でも言ってあげなさいよ、この朴念仁!」


 莉子は、まるで自分のことのように、キーキーと悔しがっている。

 まったく、世話が焼ける兄と姉を持ったもんだ。


 俺と莉子が、こうして二人をレジャープールなんぞに連れ出すまでに、どれだけの労力と、戦略的思考が費やされたことか。





 あれは、一週間前の、日曜日のこと。


 兄貴がゾンビ化し、陽菜姉ちゃんがしおれた花と化した、あの日。

 俺は、莉子を公園に呼び出し、緊急作戦会議を開いた。


「いいか、莉子。今のあの二人に、小手先のドラマチックな演出は逆効果だ。必要なのは、強制的に二人きりの空間と時間を作り出し、会話せざるを得ない状況に追い込むこと。これに尽きる」


「……それで、プールなの?」


「そうだ。プールという空間は、ある種の非日常だ。水着という普段とは違う格好。開放的な雰囲気。それが、凝り固まった二人の心を、少しだけ解きほぐす可能性がある」


 俺がそう説明すると、莉子は、最初は少しだけ不満そうな顔をしていた。


「……もっと、こう、ドラマチックな展開はないの? 例えば、記憶喪失になったお姉ちゃんを、カケルお兄ちゃんが、献身的に看病して、愛を取り戻す、とか……」


「お前は、昼ドラの見過ぎだ。いいから、俺の言う通りにしろ。これは、『オペレーション・アクア・リフレッシュ』と名付ける」


「だ、ださい……」


「文句は聞かん。お前は、陽菜姉ちゃんを説得する。俺は、兄貴を追い込む。いいな?」


「……了解、隊長」


 そんなやり取りを経て、俺たちは、なんとかあのヘタレな二人を、このプールへと連れ出すことに成功したのだ。





「あ、見て航くん! あの二人、ウォータースライダーに並んでる!」

「よし。第一段階は計画通りだな」


 俺たちの筋書き通り、兄貴と陽菜姉ちゃんは、二人きりでウォータースライダーの列に並んでいた。

 遠目からでも、その間の、気まずい空気が伝わってくるようだ。


「……でも、大丈夫かしら。あの距離感。会話してるのかな?」


「してるわけねぇだろ。今頃、兄貴の頭の中は、『陽菜の水着やべぇ』っていう煩悩と、『でも見ちゃいけない』っていう理性と、『大会の後、謝れてねぇ』っていう罪悪感で、思考回路はショート寸前だ」


「うわぁ……目に浮かぶよう……」


 莉子が、げんなりとした顔をする。

 俺たちは、アメリカンドッグをかじりながら、固唾を呑んで、二人の様子を見守った。


 やがて、二人が浮き輪に乗り込み、暗いトンネルの中へと消えていく。


「……行ったわね」

「ああ。あとは、水の神様に祈るだけだ」


 数十秒後。

 ザッバーン!という大きな水音と共に、トンネルの出口から、二人が飛び出してきた。

 そして、見事に、浮き輪ごとひっくり返っている。


「「あはははは!」」


 俺と莉子は、思わず吹き出してしまった。


「見て、航くん! 二人とも、笑ってる!」

「おう。いい顔してんじゃん」


 水面から顔を出した二人は、びしょ濡れのまま、顔を見合わせて心底楽しそうに笑い合っていた。


 大会の後、ずっと、あんな顔を見ていなかった。


 よかった。 俺たちの作戦は、どうやら成功したらしい。





「やったわね、航くん!」

「まあな。俺たちの手にかかれば、こんなもんだ」


 俺たちは、ハイタッチを交わし、勝利のアメリカンドッグを、もう一口頬張った。


 と、その時、二人の声が、風に乗ってここまで聞こえてきた。


『もう一回、乗ろ!』

『……おう!』


「……え、マジかよ」

「も、もう一回ですって!? うそでしょ!?」


 俺と莉子は、顔を見合わせた。


「兄貴の奴、よっぽど楽しかったのか……。いや、それとも、陽菜姉ちゃんの胸が、背中に当たるのが、よっぽど……」

「きゃー! 航くんの、エッチ!」

「事実だろ」


 莉子は、顔を真っ赤にして、俺の腕をぽかぽかと叩いてくる。

 まあ、何はともあれ、これで一安心。

 そう思っていた。




「……ん?」


 俺は、目を細めた。

 陽菜姉ちゃんが、一人で売店の方へと向かっていく。


 そして、その行く手に見慣れない、だが、いかにも厄介そうなオーラを放つ男二人が立ちはだかったのだ。


「……おい、莉子。あれ、やばくねぇか?」

「え? ……うわっ! なにあれ! ナンパよ、ナンパ! しかも、お姉ちゃんの肩に、手ぇ置いてる! 最低!」


 莉子が、戦闘モードに入る。

 俺も、腰を浮かせた。


 さすがに、あれは見過ごせない。

 俺たちが、助けに行くべきか。

 いや、中学生の俺たちだけでは危険だから応援を呼ぼう。


 そう判断した、その時だった。


「……兄貴だ」


 俺たちの視線の先で、兄貴が、今まで見たこともないような速さで、男たちに駆け寄っていくのが見えた。

 そして男の手を、力強く振り払った。


「……やるじゃん、兄貴」

「きゃー! カケルお兄ちゃん、カッコいい!」


 莉子が、乙女のように目を輝かせている。


 兄貴は、陽菜姉ちゃんを、自分の腕の中に庇うように抱きしめた。

 そして、何かを男たちに言っている。


 距離が離れていて、声までは聞こえない。

 だが、その鬼気迫る表情だけで十分だった。

 男たちは、すごすごと、退散していく。


「……やったわね」

「ああ。一件落着、だな」


 俺たちは、再び、安堵のため息をついた。


 だが、問題は、ここからだった。

 男たちがいなくなった後も、兄貴は、陽菜姉ちゃんを、抱きしめたまま、動かないのだ。

 そして、陽菜姉ちゃんも、彼の腕の中で、固まっている。


「……おいおい、兄貴。いくらなんでも、抱きしめすぎだろ」

「い、いいじゃない! 少女漫画みたいで、素敵よ!」

「いや、あれは、完全に、我を忘れてるだけだろ……」


 やがて、二人は、火傷でもしたかのように、慌てて身体を離した。

 そして、顔を真っ赤にしたまま、ぎこちない動きでこちらへ戻ってくる。


「……さて、と。軍師殿」

「な、なによ、隊長」

「第二段階、開始だ。ここからは俺たちの出番だぜ」


 俺たちは、食べかけのアメリカンドッグをトレイに置くと、何も知らないフリをして、二人を出迎えるために立ち上がった。


「おーい、兄貴ー! 陽菜姉ちゃーん! 遅かったなー!」


 俺が、わざとらしく大声で言う。


 二人は、びくりと肩を震わせ俺たちを見た。

 その顔は、二人とも、茹でダコみたいに真っ赤だった。


「な、なんだよ、航。アメリカンドッグ、もう食い終わったのかよ」

「とっくに食い終わったぜ。それより、兄貴たちこそ何してたんだよ。顔、真っ赤だぜ?」

「べ、別に、なんでもねぇよ!」


 兄貴が、慌てて目を逸らす。

 その隣で、陽菜姉ちゃんも、俯いたままもじもじしている。


「ふーん? まあ、いいや。ねぇ、お姉ちゃん、カケルお兄ちゃん。次は流れるプールに行こうよ! ね!」


 莉子が、完璧なタイミングで助け舟を出す。

 俺たちは、四人で流れるプールへと向かった。


 兄貴と陽菜姉ちゃんの間には、まだ、気まずい空気が流れている。

 でもそれは、大会の後の、あの冷たい空気とは全く違う。 甘くて、むず痒くて、そしてどこか温かい空気。


(……まあ、上出来、か)


 俺は、二人の後ろ姿を見ながら、小さく、笑った。



 もうすぐこの夏休みも終わる。でも、このヘタレで、不器用な主役二人のために、俺たち、キューピッドの仕事は、まだまだ山積みだ。


 俺は莉子と顔を見合わせ、ニヤリと笑い合った。


「帰ったら作戦会議だ」





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