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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第3章 意識してしまった夏(7月/8月)

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第29話 白いビキニと、正直な言葉

 流れるプールに戻ってきた俺たちは、まるで申し合わせたかのように、それぞれの浮き輪に乗り込んだ。


 航と莉子は、まだアメリカンドッグの旅から戻ってきていない。

 好都合なのか、不都合なのか。もう、わからない。


 俺、桜井さくらいかけるは、ぷかぷかと水の流れに身を任せながら、自分の心臓が、まだ、とんでもない速さで脈打っているのを感じていた。


「俺の彼女」。


 言ってしまった。

 とんでもない、爆弾発言を。


 隣に浮かぶ陽菜の顔を、盗み見ることすらできない。

 彼女も、顔を真っ赤にしたまま、進行方向とは逆の方を向いて、必死に何かをごまかしているようだった。


 気まずい。

 人生で、これほど気まずい瞬間があっただろうか。


 いや、ない。

 でも、不思議と、後悔はしていなかった。


 あの瞬間、俺は、本気でそう思ったのだ。

 陽菜は、俺が守るべき、俺だけの、特別な女の子なのだと。

 その気持ちに、嘘はつけない。

 




(……どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)


 私の頭の中は、カケルの、あの低い声で、ぐるぐるとリフレインしていた。


『こいつは、俺の彼女なんで』


 きゃー! だめ、思い出しちゃだめだ。思い出すだけで、顔から火が出そうになる。


 でも、忘れられない。あの時の、彼の、真剣な眼差し。私を庇うように抱きしめてくれた、逞しい腕。そして、あの、言葉。


 あれは、きっと、とっさに出た言葉だ。

 私を助けるための、ただの方便。


 わかってる。

 わかってるけど、期待してしまう。

 もしかしたら、ほんの少しだけでも、本気で、そう思ってくれたんじゃないかって。


(……でも、私の水着姿、やっぱり、変だったのかな)


 ふと、朝の、彼の反応を思い出す。

 私が更衣室から出てきた時、彼は、一瞬だけ私を見て、すぐに、ぷいと顔を逸らしてしまった。


 やっぱり、似合ってないんだ。

 子供っぽい私が少しだけ背伸びした、この白いビキニ。彼には、引かれてしまったのかもしれない。


 そう思うと、さっきまでの幸福感が、急に、しゅるしゅると萎んでいく。胸が、チクリと痛んだ。


 聞きたい。

 でも、聞けない。


 もし、「変だよ」なんて言われたら、私、今度こそ、本当に泣いてしまう。





 陽菜が、もじもじと何か言いたげに、こちらを見ている。


 その、不安そうな瞳に、俺はハッとした。

 そうだ。俺は、まだ、あいつに何も伝えていない。

 今朝、初めて、彼女の水着姿を見た時の、あの衝撃を。


(……言わなきゃ)


 航の言葉が、頭をよぎる。


『言葉にしねぇと、伝わんねぇんだよ、女には』


 今なら、言えるかもしれない。


 さっき、「俺の彼女」なんて、とんでもないことを言ってしまった後だ。

 今更、何を言ったって、これ以上、恥ずかしいことはないだろう。


 俺は、意を決して口を開いた。


「……あのさ、陽菜」

「……な、なに?」


 陽菜の肩が、びくりと震える。


「その……。水着」

「……っ!」


 その単語を出しただけで、陽菜の顔が、さらに真っ赤に染まった。


「……や、やっぱり、変、だよね……? 私には、まだ、早かった、かな……?」


 か細い声で、そう言う陽菜。

 その自信なさげな姿を見て、俺は、胸が、きゅっと締め付けられるのを感じた。


 違う。

 違うんだよ、陽菜。

 変なわけ、ないだろ。


「……逆だよ」

「え?」


「変なわけ、ねぇだろ。……その、……すごく、似合ってる」


 俺は、照れくささをごまかすように、そっぽを向きながら、そう言った。

 陽菜が、息を呑むのが、わかった。


「……ほんと?」

「……おう。……その、……可愛い、と、思う」


 言った。

 言ってしまった。


 もう、後戻りはできない。


 俺は、観念して、陽菜の方を真っ直ぐに見た。

 陽菜は、大きな瞳を、信じられないというように、ぱちくりとさせている。

 そして、その瞳が、みるみるうちに潤んでいった。


「……よかった……」


 陽菜は、そう言って、心の底から嬉しそうにふわりと笑った。

 その笑顔は、夏の太陽よりも、ずっとずっと眩しかった。


 俺は、その笑顔に見惚れてしまっていた。

 そして、俺の口は、また勝手に、余計なことを喋り始めた。


「……いや、可愛い、っていうか……。その……」


 なんだ、この感じは。

 もっと的確な言葉があるはずだ。


 可愛い、だけじゃない。

 もっと、こう、俺の本能を、直接揺さぶってくるような。

 合宿の夜、蓮たちが、何度も口にしていた、あの言葉。


「……どっちかっていうと、……えっちい、っていうか……。……あっ!」


 しまった。

 俺は、自分の口から滑り出た言葉に、血の気が引くのを感じた。


 終わった。

 俺の、短い、青春が、今、終わった。


 軽蔑される。

 変態だと思われる。

 もう、口を利いてもらえないかもしれない。


 俺は、絶望的な気持ちで、陽菜の顔を、恐る恐る盗み見た。





(……えっちい?)


 カケルの口から、信じられない言葉が聞こえてきた。


 え? 今、なんて?

 私の頭の中は、完全にフリーズした。


 えっちい? この、水着が? 私が?

 カケルが、私のことを、そんな目で、見てた?


「……あ、いや、違う! 今のは、違うんだ! その、言葉の綾っていうか、なんというか!」


 カケルが、顔を真っ赤にして、必死に何かを言い訳している。

 でも、その言葉は、もう私の耳には入ってこなかった。

 私の全身の血液が、顔に、集中していくのがわかる。


 熱い。 熱くて、どうにかなりそう。

 心臓が、今までにないくらい、激しく、大きく、脈打っている。


(……嬉しい)


 恥ずかしい。

 死ぬほど、恥ずかしい。


 でも、それ以上に。

 嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。


 彼は、私を、ただの子供っぽい幼馴染としてじゃなく。ちゃんと、「女の子」として、見てくれていたんだ。

 その事実が、私の心を、甘くて、とろけそうな幸福感で、いっぱいにしてくれた。


「……」


 声が、出ない。

 何か、言わなきゃ。


 でも口を開いたら、きっと、変な声が出てしまう。

 私は、ただ俯いて、自分の膝を、見つめることしかできなかった。





 陽菜が、固まってしまった。

 完全に、引かれている。


 俺は、もう、どうしていいかわからなかった。

 こうなったら、もう、謝るしかない。


「……わ、悪かった! 本当に、ごめん! 今のは、忘れてくれ!」


 俺が、そう言って頭を下げた、その時だった。


 陽菜が、顔を上げた。

 その顔は、茹でダコみたいに真っ赤だった。

 そして、潤んだ瞳で、俺のことを、じっと見つめてくる。


「……ばか」


 か細い声で、そう呟くと、彼女は両手で、自分の顔を覆ってしまった。

 その、指の隙間から、真っ赤な耳が覗いている。


 その姿が。 どうしようもなく、可愛くて。

 俺は、もう、自分の心臓が、どうにかなってしまうんじゃないかと。

 本気で、そう思った。


「……あ、アメリカンドッグ、買ってくる!」


 陽菜は、そう叫ぶと、ばしゃばしゃと水しぶきを上げて、逃げるように、売店の方へと泳いでいってしまった。


 俺は、その場に一人取り残される。

 火照った身体を、プールの水が、優しく冷やしてくれる。

 でも、俺の心臓は、まだ、激しく鳴り続けていた。



 陽菜の、あの潤んだ瞳。 「ばか」と言った、か細い声。 そのすべてが、俺の脳裏に焼き付いて離れない。





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