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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第2章 夏服が揺れる距離(6月/7月)
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第16話 超重要戦略会議

 七月も半ばを過ぎた、ある日曜日の昼下がり。 駅前のファストフード店は、部活帰りの学生や家族連れで賑わっていた。


 俺、桜井さくらいわたるは、ストローでメロンソーダをかき混ぜながら、テーブルの向かいに座る少女――日高ひだか莉子りこに、呆れた視線を送っていた。


「……で? どうよ、進捗は?」


 俺がそう切り出すと、莉子はポテトを一本つまみ、まるで世界の真理を語るかのように、重々しく首を横に振った。


「ゼロよ、航くん。進捗、ゼロ」


「だよな。俺もそう思う」


 俺たちは、揃って深いため息をついた。


 俺の兄、桜井さくらいかけると、莉子の姉、日高ひだか陽菜ひな


 あの二人が、五月に壮大な痴話喧嘩(と、俺たちは認識している)を繰り広げ、俺たちの手引きによって感動的な仲直りを果たしてから、早二ヶ月。


 あれ以来、二人の間の空気は、確かに変わった。以前よりも、お互いを意識しているのが、傍から見ていても手に取るようにわかる。


 兄貴が、陽菜姉ちゃんを目で追う回数は明らかに増えたし、陽菜姉ちゃんが、兄貴の前でやたらと女の子らしい仕草をするようになった。


 だが、しかし。 それだけなのだ。


 二人の関係は、あの気まずかった日から、ほんの一ミリ前進しただけで、そこからピタリと止まってしまっている。


「もう! なんなのかしら、あの二人は! 両想いなのは、火を見るより明らかなのに!」


 莉子が、ポテトを叩きつけるようにトレイに置いた。


「うちのお姉ちゃんなんて、最近、毎晩のように恋愛ドラマ見て、一人でクッション抱きしめて悶えてるんだから! 完全に、カケルお兄ちゃんに恋する乙女モードよ!」


「うちの兄貴も大概だぞ。この前なんか、スマホで『幼馴染 恋愛 進展』とか検索してたからな。思春期こじらせすぎだろ」


「うわぁ……」


 莉子が、心底引いた、という顔をする。


 やめてくれ、俺の兄貴だが、俺もそう思う。


「このままじゃダメよ、航くん。夏休みは、もうすぐそこまで来てるのよ! 夏休みといえば、恋のビッグイベントが目白押しじゃない! このチャンスを逃したら、次はないわ!」


「まあ、確かにな。夏を制する者は、恋愛を制するって言うしな」


「そうよ! だから、私たちは、あの鈍感カップルのために、一肌脱がなければならないの! これぞ、弟妹の愛!」


 莉子は、拳を握りしめて力説する。その瞳は、少女漫画のヒロインのように、キラキラと輝いていた。


 俺は、そんな彼女の熱量に若干引きながらも、同意せざるを得なかった。


 正直、兄貴が陽菜姉ちゃん以外の女子と付き合う未来が、まったく想像できない。そして、陽菜姉ちゃんが、兄貴以外の男と幸せになれるとも思えない。


 あの二人は、もう、そういう運命なのだ。

 だとしたら、俺たち弟妹が、その運命の歯車を少しだけ回してやるのも、悪くないだろう。


「わかった。で、何か策はあるのかよ、軍師殿」


「ふふん。もちろんよ! この日のために、いくつかプランを練ってきたわ!」


 莉子は、得意げに小さな胸を張り、小さな指を一本立てた。


「名付けて、『ドキドキ☆密室大作戦! リターンズ』!」

「……却下だな」


 俺は、彼女の作戦名を一蹴した。


「なんでよ! まだ何も説明してないじゃない!」


「説明されなくてもわかる。どうせ、また二人をどっかに閉じ込めるんだろ。体育倉庫とか、部室とか」


「そ、そうよ! 吊り橋効果って言ってね、危険な状況に置かれた二人は、お互いに恋愛感情を抱きやすくなるのよ! 少女漫画の王道じゃない!」


「その手は、この前俺たちが使っただろ。二度も同じ手に引っかかるほど、あの二人もバカじゃない。それに、俺たちがやったのは、ただリビングに誘導しただけだ。本物の密室に閉じ込めるのは、普通に犯罪だぞ」


「むぅ……」


 莉子は、不満そうに唇を尖らせた。




「じゃあ、プランB! 『涙のジェラシー大作戦!』」


「……聞くだけ聞いてやる」


「私が、カケルお兄ちゃんに、偽のラブレターを書くの! 差出人は、学校でも有名な美少女、みたいな設定で!」


「ほう」


「それをお姉ちゃんに見せつけて、『カケルお兄ちゃん、取られちゃうかも!』って、嫉妬心を煽るのよ! 焦ったお姉ちゃんは、自分の気持ちを抑えきれなくなって、カケルお兄ちゃんに告白しちゃう、っていう完璧なシナリオよ!」

「……却下だな」


「なんでよ!」


「うちの兄貴は、致命的に鈍感なんだぞ。もし、そんな手紙をもらったら、どうなると思う?」


「え? さすがのカケルお兄ちゃんでも、美少女からラブレターもらったら、ちょっとは意識するでしょ? その、ちょっとデレっとした顔をお姉ちゃんが見れば、ヤキモチを焼くに決まってるわ!」


「甘いな。あいつはデレっとする前に、『え、俺に? 人違いじゃね?』って本気で困り果てる。で、最終的には『なあ陽菜、なんか手紙もらったんだけど、どうすればいいかな? 俺、女子苦手なんだけど』って、陽菜姉ちゃん本人に相談し始めるのがオチだ」


「うわぁ……ありえる……」


「そもそも、兄貴にラブレターを渡したら、それをどうやって莉子が陽菜姉ちゃんに見せるんだよ」


「あっ......」


 莉子が、自分の立てた作戦の欠陥に気づき、がっくりと肩を落とした。




「じゃあ、じゃあ! プランC! 『ガラスの仮病大作戦!』」


「もう、ネーミングセンスが壊滅的だな……」


「うるさい! これはね、私が、原因不明の病で倒れたフリをするの!」

「……おう」


「心配したお姉ちゃんは、パニックになるわ! そこに、カケルお兄ちゃんが颯爽と現れて、私を病院まで運んでくれるの! 白馬の王子様みたいに!」

「……で?」


「で、よ! 病院の待合室で、不安に震えるお姉ちゃんを、カケルお兄ちゃんが優しく抱きしめて、『大丈夫だ。俺がついてる』って言うのよ! きゃー! 完璧!」



 莉子は、一人で盛り上がって、両手で自分の頬を押さえている。

 俺は、そんな彼女を、冷たい目で見つめた。


「うちの兄貴が、そんなことできるわけないだろ......」

「……あ」


 莉子は、完全に固まった。 どうやら、自分の作戦が、ことごとく現実離れしていることに、ようやく気づいたらしい。


「だいたいな、お前の作戦は、ドラマチックすぎるんだよ。あの二人は、そんな少女漫画の登場人物じゃねぇ。もっと、地味で、不器用で、ヘタレなんだ。だから、もっと現実的な方法で、外堀を埋めていくしかねぇんだよ」


「じゃあ、航くんには、何かいい考えがあるって言うの?」


 莉子が、悔しそうに俺を睨みつけてくる。


 俺は、メロンソーダの最後の一口を飲み干すと、ニヤリと笑った。


「当たり前だろ。……俺たちの次のターゲットは、これだ」


 俺は、スマホを取り出し、ある画面を莉子に見せた。そこに表示されていたのは、「夏祭り・花火大会 開催日程」の文字だった。


「……花火大会!」

「そうだ。これ以上の、おあつらえ向きの舞台はねぇだろ」


 莉子の目が、再びキラキラと輝き始めた。


「でも、どうやって、あの二人を二人きりで行かせるのよ! きっと、『みんなで行こう』とか言い出すに決まってるわ!」

「そこが、俺たちの腕の見せ所だ」


 俺は、莉子にスマホを向けたまま、俺が考えた、完璧なシナリオを語り始めた。


「まず、莉子、お前は陽菜姉ちゃんにこう言うんだ。『お姉ちゃん、夏祭り、一緒に行こうよ! 』ってな」


「うんうん」


「で、陽菜姉ちゃんがOKしたら、今度はこう言うんだ。『でも、女子だけだと夜は危ないから、カケルお兄ちゃんも誘って、ボディガードしてもらわない?』って」


「なるほど! お姉ちゃん、カケルお兄ちゃんが一緒なら、絶対断らないわ!」


「そうだろ? で、俺は俺で、兄貴にこう言う。『なぁ、兄貴。莉子が、陽菜姉ちゃんと夏祭り行くらしいんだけど、夜だから心配なんだよ。兄貴も一緒に行って、あいつらのこと、見張っててくれよ』ってな」


「カケルお兄ちゃん、お姉ちゃんのためなら、絶対に行くわね!」


「だろ? ここまでは、ただの準備運動だ。問題は、ここからだ」


 俺は、声を少しだけ潜めた。


「夏祭りの当日。俺と莉子は、ドタキャンする」

「えっ!?」


「俺は、『急に部活の練習が入った』。莉子は、『友達と先に行くことになった』。理由は、なんでもいい。とにかく、待ち合わせ場所には、兄貴と陽菜姉ちゃん、二人きりしかいない、という状況を作り出すんだ」

「……な、なるほど!」


「二人きりになっちまえば、もう帰るわけにもいかねぇだろ。渋々、二人で祭りを回ることになる。浴衣姿の可愛い陽菜姉ちゃんと、二人きりで、花火を見る。……どうだ? これで何も起きなかったら、うちの兄貴は、もう人間じゃねぇ」


 俺の完璧な作戦を聞き終えた莉子は、感動したように、目を潤ませていた。


「……航くん、あなた、天才よ!」

「だろ?」

「うん! それなら、絶対うまくいくわ! よーし、俄然、燃えてきた!」


 莉子は、すっかり元気を取り戻し、再びポテトに手を伸ばす。そうだ。これでいい。

 

 俺たちが、少しだけ、ほんの少しだけ、背中を押してやる。あとは、あの不用な二人が、自分たちの力で、一歩を踏み出すだけだ。


「……それにしても、なんで航くんは、そんなに二人のことを応援するの?」


 ポテトを頬張りながら、莉子が、ふとそんなことを聞いてきた。


「……別に。兄貴が、陽菜姉ちゃん以外といるとこなんて、想像できねぇだけだ。あいつの面倒見れるのなんて、世界中探したって、陽菜姉ちゃんくらいのもんだろ」


 俺は、照れ隠しに、そっぽを向いて答える。


「ふーん? 私は、早くカケルお兄ちゃんに、本当のお兄ちゃんになってほしいだけだけどなー」

「……お前は、ブレねぇな」


「当たり前じゃない! 桜井家と日高家は、家族になる運命なのよ!」


 莉子は、ケラケラと楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺も、つられて笑ってしまった。


 夏休みは、もうすぐそこだ。


 この夏が、あの鈍感な二人にとって忘れられない、素敵な夏になりますように。






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