表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第12章 これからも君の隣に(7月/8月/9月)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/124

第120話 その先の未来へ

 ヒュルルル、と甲高い音を立てて光の玉が夜空を駆け上がっていく。

 次の瞬間、ドン!という腹の底に響く音と共に、色とりどりの花が咲き乱れた。


 河川敷から少し離れた小高い丘の上。ここは、ガキの頃から俺たちだけが知っている秘密の場所。祭りの喧騒から逃れて、陽菜と二人きりで花火を見ることができる最高の特等席だった。


 でも俺の目は、夜空の豪華なショーよりも、隣にいる浴衣姿の陽菜に釘付けだった。

 陽菜は、夜空を見上げたまま、その瞳をキラキラと輝かせている。花火が打ち上がるたびに、その横顔が、赤や青や緑の光に照らされて幻想的に揺れる。


 綺麗だと、思った。


 去年までは、こんな風に、隣で横顔を見ることさえできなかったのに。


 体育倉庫での一件から、陽菜の心に暗い傷が生まれた。その傷を、どうすれば癒せるのか分からずに、ただ、もどかしい時間だけが過ぎていった。



 でも、今は。


 でも、今は、俺の隣で陽菜が笑ってくれている。

 その当たり前のようで、奇跡みたいな光景に、胸が熱くなった。


 俺の視線に気づいたのだろうか。

 陽菜が、ふとこちらを振り返った。

 ぱちり、と視線がぶつかる。


 花火の音が、急に遠くなった。





 ずっと、感じていた。

 カケルが花火じゃなくて、私のことを見ているのを。


 その熱っぽい視線に、心臓がドキドキと音を立てる。

 私も花火を見ているふりをしながら、何度もカケルの横顔を見ていた。


 甚平姿のカケル。


 少しだけ伸びた前髪が夜風に揺れている。

 花火の光に照らされた真剣な横顔は、私がずっと知っている幼馴染の顔とは少しだけ違って見えた。


 男の人の顔。

 私の、大好きな人の顔。


 勇気を出して、彼の方を振り返る。


 視線が絡み合う。


 彼の真っ直ぐな瞳に、吸い込まれそうだった。


 ドン、と、また一つ、大きな花火が夜空を照らす。

 でも、もう私の目には何も映っていなかった。


 見えるのは、ただ目の前のカケルだけ。





 陽菜の潤んだ瞳。

 少しだけ開かれた唇。


 吸い寄せられるように、俺はゆっくりと顔を近づけた。

 陽菜も、そっと目を閉じる。

 唇が触れ合った。


 最初は、ほんの軽く触れるだけのキス。

 でも、すぐに、お互いの気持ちを確かめ合うよう、深く長くなっていく。

 甘くて、切なくて、どうしようもないくらい愛おしい。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。



 ひときわ大きな轟音と共に、夜空全体が真昼のように明るくなった。

 最後の、巨大な花火。


 俺たちは、ゆっくりと唇を離し、夜空を見上げる。

 大輪の花が、キラキラと輝く光の粒子となって、俺たちの頭上に降り注いでくる。


 祭りの終わりを告げる、その、あまりにも美しい光景を、俺たちは黙って見つめていた。


 歓声と拍手。


 熱気に包まれた河川敷で、俺は、もう一度、隣に立つ陽菜の横顔をそっと見た。

 彼女の白い頬を、一筋の涙が伝っていた。





 最後の花火が消えると、世界は、ふっと元の静かな暗闇に包まれた。

 体育倉庫での、あの出来事以来、私にとって急に訪れる暗闇は、恐怖そのものだった。あのときの冷たい床の感触と息苦しさが、フラッシュバックして心臓が凍りつくような感覚を覚える。


 でも、今は。


 隣にカケルがいる。


 彼の温かい気配を感じるだけで。

 彼の力強い呼吸が聞こえるだけで。

 あの忌まわしい記憶が、嘘みたいに遠ざかっていく。

 不思議と、少しも怖くなかった。


 むしろ、この二人だけの静かな暗闇が、どうしようもなく愛おしい。


 私の頬を伝った涙は、悲しい涙じゃない。

 嬉しくて幸せで、温かい涙。





 祭りの喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。

 人々が、幸せな余韻を胸に、家路へと向かい始めていた。



「……行こっか」


 俺がそう言うと、陽菜は、涙の跡を隠すように俯きながら、こくりと頷いた。

 そして、俺の甚平の袖を、きゅっと掴んだ。


 その小さな仕草が、どうしようもなく愛おしくて、俺はその小さな手をそっと取り、指と指を絡ませる。陽菜は何も言わない。でも、繋いだ手に、少しだけ力がこもったのがわかった。





 カケルの手のひらは、大きくてゴツゴツしていて、でも、世界で一番優しい。

 この温もりが、私の凍てついた心を、少しずつ溶かしてくれた。


 花火、綺麗だったな。

 さっきのキス、夢みたいだったな。


 『怖い』と思う気持ちが全くない、と言ったら、嘘になる。


 体育倉庫でのあの忌まわしき出来事は、今でも私の心の奥におりのように沈んでいる。


 でも。


 不思議と、今は、その澱が静かに凪いでいるのがわかった。


 カケルが、隣にいてくれるから。

 この温かい手のひらで、私の手を握りしめていてくれるから。



 もう大丈夫。

 私、もう、前に進める。


 ううん、進みたい。


 カケルと一緒に。

 その先の未来へ。





 二人だけの秘密の場所だった小高い丘。その坂道を、俺たちは、ゆっくりと下りていく。

 祭りの喧騒が、嘘のように遠ざかっていく。聞こえるのは、草むらで鳴く虫の声と、隣を歩く陽菜の小さな息遣いだけ。


 やがて見慣れた景色が、目の前に広がった。


 二軒ならんだ俺たちの家の前。

 魔法が解けてしまう場所。


 俺は立ち止まり、繋いでいた手を、名残惜しくも離そうとした。

 この幸せな時間が終わってしまうのが、寂しくてたまらなかった。


 でも。


 陽菜は、俺の手を離さなかった。

 むしろ、今まで以上に、強く強く握りしめてきた。


「……陽菜?」


 俺が、戸惑いながら彼女の名前を呼ぶと。

 陽菜は、ゆっくりと顔を上げた。


 その瞳は、月明かりを反射してキラキラと輝いている。

 そして、その瞳は、何かを決意したように、俺を真っ直ぐに見つめていた。


「……カケル」

「……おう」

「……私の部屋に……来てほしい……」


 その震える、でも真っ直ぐな一言。


 今、なんて言った?

 俺の聞き間違いか?


 でも、目の前の陽菜は、顔を真っ赤にしながら、必死な顔で俺を見つめている。

 その瞳が、本気だということを物語っていた。


 俺の心臓が、今までで一番大きな音を立てて、鳴り響いている。


 俺は声にならない声で、ただ、こくりと頷くことしかできなかった。

 陽菜は、ホッとしたように、ふわりと微笑んだ。


 そして俺の手を引いて、自分の家の玄関へと向かう。


 リビングの明かりは、なぜか消えていた。

 叔父さんたちも、莉子も、もう寝ているのだろうか。


 陽菜は、音を立てないように、そっと鍵を開け、俺に、中に入るように促した。

 ゆっくりと手をつないで階段を上る。


 ぎしりと軋む床の音が、やけに大きく聞こえた。

 そして陽菜の部屋の前で、立ち止まる。


 陽菜はドアノブに手をかけると、一度だけ、俺の方を振り返った。


 俺は、そんな彼女の不安を取り除くように、力強く頷き返した。

 陽菜は、安心したように小さく微笑むと、ゆっくりとドアを開けた。

 甘い、陽菜の匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。


 俺は、ごくりと唾を呑み込んだ。

 そして、覚悟を決めて、その聖域へと足を踏み入れた。


 カチャリ、と。

 背後で、ドアの閉まる音が、静かに響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ