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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第11章 暗闇に輝く光(4月/5月/6月)

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第114話 インターハイ地方大会

 インターハイ地方大会最終日。


 二百メートルの予選を、俺は、自己ベストに近いタイムで一位通過した。だが心は少しも晴れなかった。決勝には、もちろん神崎がいる。あいつとの直接対決、そして全国大会への出場権がかかった最後の戦いだ。


 決勝までの短い休憩時間。俺はトラックの隅で、一人呼吸を整えていた。焦りも不安も、ない、と言えば嘘になる。だが、数週間前までの闇雲な焦燥感はもうなかった。俺は一人じゃない。陽菜や最高の仲間たちが、俺の心を照らしてくれている。 その確かな事実だけが俺の支えだった。


「カケル!」


 観客席から、陽菜の声が聞こえる。俺は顔を上げた。 陽菜は、俺たちの陸上部の応援席の一つ前で。 小さなクーラーボックスを抱えて、こちらへ手を振っている。


 予選が終わったのを確認して、ここまで降りてきてくれたのだろう。その笑顔だけで、俺の心は、温かいものでいっぱいになった。俺は、陽菜の元へと駆け寄った。


 周りには、健太や蓮、そして、小野寺や中村たちの顔も見える。みんな俺を見守ってくれている。


「……これ」


 陽菜が、少しだけ恥ずかしそうにクーラーボックスの中から、一本の水筒を取り出した。見慣れない新しい水筒。 その蓋を開けると、ふわりと柑橘系の爽やかな香りがした。


「……陽菜、これ……」

「うん。……いつものスペシャルドリンク。去年の夏の記録会の時は、渡せなかったから。……去年からの想いも、今年の想いも、全部全部込めたから」


 陽菜はそう言って、真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。去年の夏の大会。俺が、小野寺からタオルを受け取って、陽菜を傷つけてしまった、あの苦い記憶。

 あの時、陽菜は、俺のために、これを用意してくれていたのか。


「……サンキュ、陽菜。……これが一番、力が出る」


 俺はそう言って、そのドリンクを一口飲んだ。 甘くて少しだけ酸っぱい。陽菜の味がした。


「……それとね、カケル」


 俺が水筒の蓋を閉めた、その時だった。

 陽菜が、一歩前に出た。

 そして、悪戯っぽく微笑む。


「……お守り、もう一つあげる」

「え?」


 俺が、間抜けな声を上げるのと。陽菜がつま先立ちになって、俺の頬に、その柔らかな唇をそっと押し当てたのは、ほぼ同時だった。

 ちゅ、という小さな可愛らしい音。シャンプーの甘い香り。頬に感じた信じられないくらい柔らかな感触。

 周りで、健太と蓮が「うおおおおおっ!」「やるじゃねぇか、陽菜ちゃん!」と、野太い雄叫びを上げているのが聞こえる。


「……これでカケルは、絶対に負けない」


 陽菜は、顔を耳まで真っ赤にしながら、でも、最高に誇らしげな笑顔でそう言った。

 その勝利の女神のような笑顔に。 俺は、もう苦情なんて言えるわけがなかった。ただ熱くなった頬を押さえたまま、頷くことしかできない。もう、これで、負けるわけにはいかない。絶対にだ。




(……やっちゃった)


 カケルの頬にキスをしてしまった。

 周りのみんなの前で。


 恥ずかしい。

 恥ずかしすぎて死んでしまいそう。


 でも、後悔はしていなかった。

 

 伝えたかったのだ。

 私のすべての想いを。


 言葉だけじゃ足りない。

 行動で示したかった。


 あなたは一人じゃない。

 私がついてるよ、と。



 カケルは、顔を真っ赤にして固まっている。

 その初々しい反応が、可愛くて愛おしくてたまらない。


 頑張って。私のヒーロー。

 

 私は祈るように、決勝のスタートラインに向かう、彼の大きな背中を見つめていた。





 ――パンッ!


 乾いた号砲と共に。

 俺は、地面を蹴った。


 風になる。

 ただひたすらに、前へ。



 隣のレーンを、神崎が走っている。

 速い。相変わらず腹が立つくらい美しいフォームだ。


 だが、俺は負けない。

 コーナーを曲がる。


 最後の直線。


 決勝に出ている選手は、ほぼ全員が並んでいた。

 全員が全国の舞台を目指して全力で走っている。


 頬に残る、陽菜の唇の感触。

 彼女の声援。


 『大好き』という言葉。


 その記憶が、俺の中で最後の何かに火をつけた。


 腕を、脚を、とにかく前に。

 陽菜の笑顔を目指して。


 俺は、最後の最後の、力を振り絞り、ゴールラインに飛び込んだ。


 ゴールした後も、しばらく俺は、トラックの上に倒れ込んだまま動けなかった。


 俺は、すべてを出し切った。


 電光掲示板に表示されたタイム。

 自己ベストを大幅に更新。


 そして順位は四位。

 神崎が、すぐ後ろの五位。


 二人とも全国大会への切符を手に入れた。


「「「うおおおおおっ!」」」


 陸上部の仲間たちの歓声が響き渡る。

 俺は、観客席に視線を向けた。


 陽菜が、舞と抱き合って泣いている。


 その姿を見た瞬間、俺の目からも、熱いものがこぼれ落ちた。

 健太と蓮が、俺の上に飛び乗ってくる。


「やったな、駆!」

「てめぇ、最高だぜ!」


 俺は、二人にもみくちゃにされながら、ただ笑っていた。


 ふと、視線を感じて横を見ると、百メートルと二百メートルの両方で全国を決めた神崎が、トラックに座り込んだまま、悔しそうにこちらを見ていた。

 俺は、神崎に向かって、震える拳を、そっと突き出した。


 神崎は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに、ふっと鼻で笑うと自分の拳を、こつんと俺の拳にぶつけてきた。言葉はない。でも、それで十分だった。


 

 俺は一人じゃない。

 この最高の仲間たちが。

 そして。世界で一番愛おしい彼女がいる。


 そのことを改めて理解できた、そんな一日だった。

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