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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第11章 暗闇に輝く光(4月/5月/6月)

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第113話 カケルの焦りと仲間の忠告

 六月。 梅雨の晴れ間の、じりじりと照りつける太陽が、俺たちの最後の夏が近いことを告げていた。


 俺、桜井さくらいかけるは、インターハイの地方予選に向けて、人生で一番過酷なトレーニングを自分に課していた。

 朝練、昼練、そして、放課後の部活。それだけでは足りない。部活が終わった後も一人グラウンドに残り、日が暮れるまで走り続けた。


 正直、焦っていた。陽菜に告白して恋人同士になった。誕生日には、改めて陽菜の心の傷に触れ、その傷の深さを知った。


 俺は陽菜の彼氏だ。そのことが、俺を奮い立たせると同時に、見えないプレッシャーとなってのしかかっていた。彼女にふさわしい男にならなければ。陽菜を守れるくらい強くならなければ。 その強迫観念にも似た想いが、俺を追い詰めていた。


 フォームが少しずつ乱れていることには気づいていた。身体のあちこちが悲鳴を上げていることもわかっていた。でも休めなかった。立ち止まるのが怖かったのだ。


「……駆、お前、最近ちょっと無理しすぎじゃねぇか?」


 部活の休憩中、部長の健太が心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。


「……平気だ」

「平気な顔じゃねぇよ。……ちゃんと休むのもトレーニングのうちだぜ?」


 わかってる。 わかっているけど休めない。

 俺が休んでいる間に、陽菜がまた傷つけられるんじゃないか。そんな根拠のない不安が、俺を駆り立てていた。




 グラウンドの隅にある木陰。 私、小野寺おのでらかえでは、親友の中村なかむら沙織さおりと二人で、給水ボトルを片手に練習を見守っていた。


 私の視線の先には、いつも彼の姿があった。桜井くん。


 修学旅行のあの夜、私は、彼に告白して、そして振られた。痛くて苦しくて、たくさん泣いた。

 でも後悔はしていない。今の私は、彼の「彼女」ではないけれど、「仲間」であり「ライバル」なのだから。その新しい関係が誇らしくて心地よかった。

 でも、だからこそ。今の彼の姿を見てはいられない。


「……楓、……桜井くん、やっぱり、おかしいよ」


 隣で、沙織が心配そうな声で呟いた。


「うん。フォームが完全に崩れてる。……あんなの、桜井くんの走りじゃない」


 彼の走りは、もっとしなやかで美しいはずだ。

 風のように、トラックを駆け抜けていくはずだ。


 でも、今の彼の走りは、ただ力任せでぎこちない。

 何かに追われるように、必死で自分を追い込んでいる。

 その背中は、痛々しいほど、悲壮な覚悟に満ちていた。


「……沙織、私……」


 声をかけたい。でも、どんな顔をして、なんて言えばいいのかわからない。

 でも、日高さんが近くにいない今、私たちが、何か言ってあげなくちゃいけないのかもしれない。


「……行こう、楓」


 沙織は、私の心を読んだように力強く頷いてくれた。





 部活の自主練習の時間。俺は、一人でスタートダッシュの練習を繰り返していた。

 頭の中にパンッ、という、乾いた号砲が鳴り響く。地面を蹴る。加速する。でもダメだ。身体が重い。脚が思ったように前に出ない。焦れば焦るほど、空回りしていく。


「……くそっ!」


 俺は、地面の土を蹴り上げた。

 その時だった。俺の目の前に、すっと影が差した。

 

 顔を上げると、そこに立っていたのは、俺が、今、一番会いたくない男だった。


 神崎かんざきあきら。神崎は、俺を一瞥すると、ふんと鼻で笑った。


「……様にならねぇな、桜井」

「……てめぇには、関係ねぇだろ」

「関係なくは、ねぇよ。……お前の、その無様な走りを見てると、こっちまでイライラしてくるんだ」


 神崎はそう言って、俺の隣にしゃがみ込んだ。そして、意外な言葉を口にした。


「……お前、……何に、焦ってんだよ」

「……は?」

「焦ってるだろ、お前。何かに追われるみたいに、ただ、がむしゃらに走ってるだけだ。そんなんじゃ勝てねぇぞ。俺にも……全国の奴らにも……」


 俺は、言葉を失った。こいつはわかっているのだ。 俺の心の迷いを。


「いいか、桜井……。速く走るために必要なのは、ただの筋力じゃねぇ……。自分をコントロールする力だ。今のお前はそれを見失っている……」


 神崎はそう言って立ち上がった。


「お前には力がある。俺は、インターハイで、お前と本気で勝負するのを楽しみにしてるから。それまでに、ちゃんと仕上げてこいよ。今のお前と戦っても、面白くもなんともねぇからな……」


 その背中は、いつもの自信過剰な嫌味な男のものじゃなかった。

 ただ純粋に陸上を愛し好敵手を求める、一人のアスリートの背中だった。

 

 俺はその背中に、何も言い返せなかった。

 ただ呆然と、立ち尽くすことしかできなかった。



「……はぁ、はぁっ、はぁっ……!」


 地面に手をつき、荒い息を繰り返す。神崎の言葉が、頭の中で反響していた。


『自分を、コントロールする力』


 今の俺に、一番欠けているもの。

 俺がそう思って、顔を上げたその時だった。


 目の前に、小野寺楓と中村沙織が立っていた。その手には冷たく冷えたスポーツドリンクが握られている。


「……桜井くん」


 小野寺が、心配そうな目で俺を見ている。


「……無理しすぎだよ。……見てるこっちが怖くなる」


 そのチームメイトとしての飾らないストレートな言葉。


「……ごめん」

「謝ってほしいわけじゃないよ!」


 今度は中村が明るい声で、でも、真剣な顔で言った。


「私たちは仲間でしょ? 桜井くんが一人で突っ走って怪我でもしたら、チームの士気も下がってみんなが困るの! ……それに……私たちが悲しい」

「みんな心配してるよ。佐藤くんも、橘くんも。私たちも……」


 小野寺が、ドリンクを差し出してくる。

 バカだな俺は。一人で戦ってるつもりになって。

 俺の隣には、いつだってみんながいてくれたのに。


 俺は、小野寺からドリンクを受け取った。

 そして、そのドリンクのボトルを、ぎゅっと握りしめる。


「……サンキュ二人とも。……俺……目が覚めた」



 俺の周りにには、最高の仲間たちが、俺の心を照らしてくれているのだ。

 その夜。俺は、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。


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