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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第11章 暗闇に輝く光(4月/5月/6月)

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第111話 腕の中の温もり

 楽しいはずの俺の誕生日。

 それが、こんな形で陽菜を苦しめてしまった。


 何も考えずに入ってしまった廃病院のアトラクション。

 それが、こんな形で彼女を苦しめてしまった。

 後悔と罪悪感が、津波のように俺の心を飲み込んでいく。


 でも、それ以上に。この腕の中にいる、かけがえのない存在を、絶対に失いたくないという、強い強い想いが、俺の心を支配していた。



 日は、ゆっくりと落ち、夕暮れのオレンジ色の光が遊園地に差した。

 陽菜の激しかった嗚咽が、少しずつ小さなしゃくりあげに変わっていく。


 俺は、彼女の背中をさする手を止めずに、ただ、静かにその時を待った。

 やがて、陽菜がゆっくりと顔を上げた。


 その目は、泣き腫らして真っ赤だったけど、もう、さっきまでの恐怖の色はどこにもなかった。


「……カケル」

「……ん?」

「……ありがとう。……守ってくれて」


 俺は何も言えずに、ただ、こくりと頷くだけだった。


「……疲れただろ。……少し、眠るか?」


 俺がそう言うと、陽菜は、素直にこくりと頷いた。

 俺はベンチの上に、自分のパーカーを敷くと、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「……え?」

「いいから。……ほら」


 陽菜は、一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、やがて、おそるおそる、俺の膝に、その小さな頭を乗せてきた。


 膝枕。漫画の中でしか見たことのない、あの究極のシチュエーション。それを、今、俺は現実に行っている。陽菜の柔らかな髪の毛が、俺のジーンズ越しに伝わってくる。


 陽菜は俺の膝の上で、安心したように、すぐに、すうすうと、穏やかな寝息を立て始めた。


 俺は、その無防備な寝顔を見つめながら。壊れ物を扱うように、優しく優しく、その髪を撫でた。長いまつ毛が、泣き疲れた頬に小さな影を落としている。

 少しだけ開かれた唇からは、規則正しい穏やかな寝息が聞こえる。


 陽菜の顔に、さっきまでの恐怖に歪んだ表情はどこにもない。

 ただ、俺の隣が、安心できる場所だと信じ切ってくれているような無垢な寝顔。


 陽菜の愛おしい表情に、俺の胸は、温かいもので満たされていく。



「楽しかったねー!」


 遠くで、小さな子が嬉しそうに父親の腕にしがみつきながら、帰っていく様子が見えた。

 夕暮れのオレンジ色の光が、園内のアトラクションを照らしている。その光はとても暖かく、俺たちを応援してくれているように思えた。


(……俺が、守らないと)


 この小さくて可愛い女の子を。この温もりを。

 こんな俺を信じてくれる、かけがいのない存在を。


 俺は、こっそり涙を流しながら、その寝顔を見つめていた。





 夢を見ていた。


 温かくて、優しい夢。

 カケルの膝の上で眠る夢。


 彼の指が、私の髪を優しく梳いてくれる。

 その心地よい感触に、私の凍りついていた心が、ゆっくりと溶けていく。


 何も怖くなんてない。

 彼がそばにいてくれるなら。

 私は大丈夫。何も怖くなんてない。


 そんな、幸せな夢だった。



 ゆっくりと目を開けると。

 目の前に、彼の少しだけ心配そうな、でも、どうしようもなく優しい顔があった。


 夢じゃなかった。


 私は、本当に、彼の膝の上で眠っていたのだ。


「……あ」


 その事実に気づいた瞬間。

 私の顔は、一瞬で沸騰した。


「ご、ご、ご、ごめん! 私、いつの間に……!」

「……い、いや。……よく、寝てたぞ」


 私は、慌てて、彼から身体を離した。

 恥ずかしい。 恥ずかしすぎて死んでしまいそう。


 でもそれ以上に。 私の心の中は、温かいものでいっぱいだった。


 彼が、ずっとこうして、私を守ってくれていたんだ。

 そのことが、嬉しくてたまらない。


 空は、もうすっかり、オレンジ色と紫色が混じった綺麗な夕焼け空に染まっていた。


「……そろそろ、帰るか」


 カケルが、少しだけ寂しそうに、そう言った。


 その言葉に。 私はハッとした。


 嫌だ。 このまま終わりたくない。

 今日の、この大切なカケルの誕生日を。

 あんな悲しい思い出で終わらせたくない。


 私は、ゆっくりと立ち上がった。


「……ねぇ、カケル」

「ん?」

「……このままじゃ、嫌だ。……楽しい思い出で、今日を、終わらせたい」


 私はそう言って、真っ直ぐに彼の目を見つめた。

 私は、園内で、一番高い場所にある巨大な観覧車を指さした。


「……観覧車乗ろう? また二人で」





 修学旅行で乗って以来の観覧車。

 陽菜の手をとって、一緒に乗り込む。

 ゆっくりゆっくりと昇っていくゴンドラ。


 眼下には、イルミネーションが点灯された遊園地の、夜景。

 メリーゴーランドの柔らかな光、ジェットコースターの軌跡を描く光、そして、行き交う人々の小さな光。その美しい光景に、俺たちはしばらく、無言で見惚れていた。


 世界が、俺たちの足元に広がっている。

 その圧倒的な光景を前に、俺は隣にいる陽菜の横顔を見た。


 イルミネーションの光に照らされた、その横顔が、あまりにも綺麗で。 愛おしくてたまらなかった。


 キスしたい。そう思った。

 でも、できなかった。


 あのときの陽菜の心臓の鼓動。

 あのときの陽菜の全身の震え。


 心臓が壊れてしまうのではないか、意識が戻らないのではないか。

 そんな恐怖の記憶が、俺の頭の中に蘇る。


 不用意なことをすると、また、陽菜を怖がらせてしまうのではないか。

 そんな恐怖が、俺の身体を縛り付けていた。





 私は、隣にいるカケルの横顔をこっそりと見ていた。

 イルミネーションの光に照らされた、その真剣な横顔。


 彼の戸惑いが、痛いほど伝わってくる。


 私を傷つけたくない。大切にしたい。

 その優しさが、彼の一歩を踏みとどまらせている。



 いつも守られてばかりの、私。


 でも今日だけは。

 今、この瞬間だけは。


 私から、あなたに伝えたい。

 私の、本当の気持ちを。


「……カケル」

「ん?」


 私は、彼の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。


 そして、ゆっくりと、顔を近づけていく。


 カケルが息を呑むのがわかった。

 でも、彼は逃げなかった。


 ただ真っ直ぐに、私を見つめ返してくれている。



 そして。


 私たちの、唇が、そっと重なった。

 柔らかくて。温かくて。そして、少しだけカケルの味がした。


 修学旅行のときとはできなかった観覧車でのキス。


 唇が触れ合うだけの優しいキス。


 でも、そこには、私のすべての想いが詰まっていた。



『大丈夫だよ』

『怖くないよ』

『あなたが、好きだよ』



 ゆっくりと唇を離すと、私は、彼の瞳を見つめて囁いた。


「お誕生日おめでとう」


 その言葉と共に。 私のすべての想いを、彼に捧げた。


「……いつも守ってくれてありがとう。……だいすきだよ、カケル」





 陽菜の真っ直ぐな言葉と優しいキスに。


 俺の心の中の、最後のためらいが溶けていくのがわかった。

 俺は何も言わずに、ただ、彼女の小さな身体を、優しく抱きしめ返した。


 観覧車が、ゆっくりと地上へと降りていく。

 その腕の中の温もりが、俺のすべてだった。

 

 ゴンドラの扉が開いても、陽菜は俺の腕の中にいた。

 



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