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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第1章 いつも隣にいた君(4月/5月)
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第11話 心のお守り

 月曜日の放課後。


 昨日までの、あの重苦しい週末が嘘みたいに、空はどこまでも青く澄み渡っていた。カン、と乾いた打球音が、テニスコートに響き渡る。


 強豪校との練習試合。


 ゲームカウントは3対3。

 勝敗の行方は、すべてこのファイナルゲームに委ねられていた。


(……大丈夫。私なら、できる)


 じりじりと照りつける西日が眩しい。

 額から流れ落ちる汗を、私は左手首に巻いたリストバンドでぐいっと拭った。


 パートナーの舞が、後衛から「陽菜ひな、一本集中!」と声をかけてくれる。

 私は「うん!」と頷きながら、ぎゅっとラケットを握りしめた。


 心臓が、バクバクと音を立てている。緊張で、足が震えそうだ。 でも、不思議と、怖くはなかった。


 私はもう一度、左手首のリストバンドに目を落とした。

 少し色褪せて、何度も洗濯したせいで生地も少しだけくたびれている、水色のリストバンド。


 一昨日までは、これは私の、一方的な想いを込めた「《《お守り》》」だった。


 でも、今は違う。 これは、カケルと私を繋ぐ、確かな「《《絆》》」の証だ。


『お前が、俺の隣から、いなくなっちまうのが、怖かったんだ』


 昨日の、リビングでの出来事が、鮮やかに蘇る。 私のために、あんなに情けない顔で、必死に言葉を紡いでくれたカケル。


 彼も、私と同じだったんだ。


 この「当たり前」の関係が、壊れてしまうことを、怖がっていた。

 私がいなくなることを、恐れてくれていた。


 その事実が、私の心を、今まで感じたことのないような、温かくて、力強いもので満たしていた。



 このリストバンドを、カケルがくれた日のことを、今でもはっきりと覚えている。





 あれは、中学一年生の、私の誕生日だった。


 ソフトテニス部に入部して、まだ数ヶ月。慣れない練習と、先輩たちとの関係に、少しだけ疲れを感じていた日のこと。


 部活の帰り道、家の前でカケルが待っていた。

 当時から、彼は陸上部で、私なんかよりずっと厳しい練習をしていたはずなのに。いつもみたいに、ぶっきらぼうな顔で、家の壁に寄りかかっていた。


『よぉ』

『あ、カケル。どうしたの? 部活は?』

『……もう終わった。……それより、ん。これ、やる』


 そう言って、彼が突き出してきたのは、スポーツ用品店の小さな紙袋だった。

 私が不思議そうな顔でそれを受け取ると、彼は照れくさそうに、ぷいと顔を背けた。


『誕生日、だろ』

『え……覚えてて、くれたの?』

『……まあな』


 袋の中を覗くと、そこには、新品の水色のリストバンドが入っていた。


『テニス、頑張れよ』


 彼は、たったそれだけ言うと、「じゃあな」と手を上げて、自分の家に帰ってしまった。


 私は、その場に立ち尽くしたまま、彼の背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

 心臓が、痛いくらいにドキドキしていた。 嬉しくて、嬉しくて、泣きそうだった。


 カケルが、私の誕生日を覚えていてくれた。

 私のために、プレゼントを選んでくれた。

 私のことを、応援してくれている。


 ただそれだけの事実が、当時、少しだけ部活に悩んでいた私の心を、温かいものでいっぱいにしてくれたのだ。


 カケルは、私の隣に住む同級生で、本当に小さいときから一緒にいた。

 一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に両親に怒られたりした。

 兄妹のように、隣りにいるのが当たり前だった。


 でも、カケルが私のためにプレゼントをくれるなんて初めてだった。

 常に寝癖をつけたままな無頓着な性格でいて、内気で恥ずかしがり屋。特に女子が苦手で、私と莉子以外の女の子と話しているところなんて見たことがない。


 そんなカケルが選んでくれたプレゼント。きっと、私が部活に悩んでいることに気を使って、これをくれたんだと思う。





 あの日から、このリストバンドは、私の一番のお守りになった。

 初めての公式戦の日。緊張でガチガチだった私は、ベンチでそっとこれに触れた。


「カケルも頑張ってるんだから、私も頑張らなくちゃ」。


 そう思うと、不思議と力が湧いてきて、私たちは一回戦を突破することができた。


 負けそうな試合の時も、いつもそうだった。


 このリストバンドをぎゅっと握りしめて、「カケル、力を貸して」と心の中で祈る。すると、なぜか身体が軽くなって、逆転できたことが何度もあった。


 それは、ただの偶然かもしれない。私の、思い込みかもしれない。

 でも、私にとっては、このリストバンドが、カケルそのものだった。


 彼への信頼が、私に勇気をくれる。

 彼が応援してくれていると思えるだけで、私は何倍も強くなれるのだ。





「陽菜」


 舞の声で、私はハッと我に返った。

 どうやら、また無意識にリストバンドを握りしめていたらしい。


「陽菜、またお守りにパワーもらってたでしょ。……っていうか、今日、なんかすごいね、陽菜」

「え?」


 舞が、ニヤニヤしながらではなく、どこか感心したような目で私を見ていた。


「なんか、吹っ切れた顔してる。昨日、桜井くんと何かあった?」

「な、なんでもないよ! 別に、いつも通りだって!」


 私は慌てて顔を逸らす。舞には、何でもお見通しだ。


 でも、昨日のことは、まだ誰にも言えない。私とカケルだけの、秘密だから。


「ふーん? まあ、いいけど。でも、陽菜はさ、桜井くんに助けてもらわなくても、十分強いじゃん」


「そ、そんなことないよ! 私は、舞がいてくれるから……」


「私だけじゃないって。陽菜自身の力だよ。……まあ、恋する乙女は無敵って言うし? そのお守りパワーも、今は最大限に活用しちゃおっか」


「も、もう! 舞までからかうんだから!」


 私がぷうっと頬を膨らませると、舞は「ごめんごめん」と楽しそうに笑った。


「からかってないって。本気で応援してるの。だから、この試合も勝って、桜井くんに良いとこ見せなきゃね!」

「……うん!」


 舞の言葉に、私は力強く頷いた。


 そうだ。良いところを見せなくちゃ。 もう、うじうじ悩んで、彼に心配をかけるのは終わりだ。 私は、彼の隣で、胸を張って笑っていたい。


 私たちは力強く頷き合い、再びコートへと向かった。


 相手のサーブ。 速いボールが、舞の足元を襲う。

 だが、舞は完璧なレシーブで、ふわりとしたチャンスボールを相手コートに返した。


 相手の後衛が、それをスマッシュしようと大きく振りかぶる。

 今だ。 私は、ネット際へと一気にダッシュした。


 相手のスマッシュが、私のラケットめがけて飛んでくる。

 コースは読めていた。


 私は身体を捻り、ラケットをコンパクトに振る。


 ――パシンッ!


 ボールは、相手の前衛が誰もいない、がら空きのサイドラインぎりぎりに突き刺さった。


「「やったっ!」」


 私と舞の声が、コートに響き渡る。

 ゲームセット。私たちの、勝利だ。

 私たちは駆け寄り、力いっぱいハイタッチを交わした。


「陽菜、今のポーチ、最高だったよ!」

「舞のレシーブがあったからだよ!」


 喜びを分かち合う。これも、ダブルスの醍醐味だ。

 私は、息を切らしながら、もう一度、左手首のリストバンドをそっと撫でた。


(……カケル、見ててくれたかな)


 見てるはず、ないんだけどね。

 彼は今頃、グラウンドで、汗だくになって走っているはずだから。


 でも、それでいい。

 私も、頑張ってるよって。胸を張って言えるように。

 いつか、このお守りをくれた彼に、ちゃんと、好きだって伝えられる、その日まで。


 もう、何も怖くない。

  



ここまで、読んでいただき、ありがとうございます。

次から、物語は6月に入ります。

6月といったら衣替え。そう、夏服に切り替わるのです。


遅めの思春期を迎えて、毎日のドキドキが続くカケルくん。

カケルくんを意識している陽菜ちゃん、そしてその友人たち。

たぶん、少しづつ進んでいくであろう二人の関係を、

お楽しみいただければと思います。


モチベーションアップのため、できれば、ブックマーク、★など

いただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

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