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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第11章 暗闇に輝く光(4月/5月/6月)

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第108話 天使のため息

 四月。桜の花びらが舞い散り、街全体が柔らかな陽光に包まれる、一年で一番好きな季節。


 カケルと恋人になってから、三ヶ月が経っていた。


 隣を歩く彼の大きな手のひらを当たり前のように握れるようになった。

 帰り道、二人で寄り道をする時間も、かけがえのない宝物になった。


 毎日が、キラキラと輝いていて夢みたいに幸せだった。

 でも、その幸せと同じくらいの大きさで。 私の心の中には、一つの、とてつもなく重いプレッシャーが、ずしりと、のしかかっていた。


 もうすぐ、カケルの誕生日がやってくるのだ。

 彼と、恋人として迎える、初めての彼の誕生日。


(……どうしよう)


 私は、自分の部屋のベッドの上で、カレンダーの日付を指でなぞりながら、何度目かわからない深いため息をついた。


 幼馴染だった頃は、簡単だった。

 彼の好きそうなスポーツタオルとか、新しいTシャツとか。

 何も深く考えずに「はい、これ!」って、渡せていたのに。


 でも、今は違う。

 私は、カケルの「彼女」なのだ。


 彼女として、彼を、世界で一番幸せな男の子にしてあげたい。

 でも、何をプレゼントすれば、彼が本当に喜んでくれるのか、全くわからなかった。


 ネットで『彼氏が喜ぶ 誕生日 サプライズ』なんて、検索してみたりもした。

 お洒落なレストランのディナー。 ペアのアクセサリー。どれも、素敵だとは思う。でも、カケルが、それを、心から喜んでくれる姿がどうしても想像できなかった。


 考えれば考えるほど、わからなくなる。

 私の空回りした自己満足で、彼を困らせてしまったら、どうしよう。

 その不安が、私の心を支配していた。


「……陽菜、今日、ため息何百回目よ?」


 昼休み。 教室の隅で、私と舞は、お弁当を広げていた。

 舞の呆れたような声に、私は、ハッとして顔を上げる。


「そ、そんなにしてたかな」

「してる。……で? どうせまた、桜井くんのことで悩んでるんでしょ」


 舞の言葉に、私は、観念して箸を置いた。


「……舞……。……彼女って、……彼氏の誕生日、どうすればいいのかな」


 私の、その情けない質問に、舞は、一瞬だけ、きょとんとした顔をした。

 そして、腹を抱えて笑い出した。


「なによ、それ! 陽菜、あんた、そんなことで悩んでたの!?」

「わ、笑わないでよ! 私にとっては、一大事なんだから!」


 私は、顔を真っ赤にして抗議する。

 舞は「ごめんごめん」と、涙を拭いながら言った。


「いや、あんまりにも、陽菜が、可愛すぎるから。……で? 何に、悩んでるのよ」

「……だから、……何をすれば、カケルが、喜んでくれるか、わからなくて……。……手作りのケーキとか、……嬉しいのかな。……でも、私、お菓子作り、あんまり得意じゃないし……。……プレゼントも、何がいいのか、全然……」


 私が、しどろもどろになると、舞は、やれやれ、とでも言うように、肩をすくめてみせた。


「……あのねぇ陽菜。……陽菜は、根本的に間違ってるわ」

「え?」

「『普通の彼女なら、どうするか』なんて、考えなくていいのよ。……あんたは、陽菜で、彼は、桜井くんでしょ? ……あんたが、考えるべきなのは、たった一つ。……桜井くんが、心の底から、楽しめることよ」


 舞の、その真っ直ぐな言葉が、私の胸に突き刺さる。


「……カケルが、楽しめること……」

「そう。……彼が、子供みたいに、目を輝かせて笑うのは、どんな時? ……陽菜と一緒にいる時以外で、ね」


 舞はそう言って、悪戯っぽくウインクをした。

 カケルが、一番、笑う時。 私の頭の中に、今までの彼とのたくさんの思い出が蘇ってくる。


 陸上の大会で、自己ベストを出した時の、あの誇らしげな笑顔。

 くだらないことで、健太くんたちと、馬鹿みたいに、はしゃいでいる時のあの無邪気な笑顔。

 そして…… 修学旅行で行った大型遊園地で、絶叫マシンに二人で乗って大声で叫んだ時の、あの最高の笑顔。


(……あ)


 その事実にたどり着いた瞬間、私の頭の中に電撃が走った。


 そうだ。 カケルは、遊園地が好きだ。 絶叫マシンが大好きだ。 私も同じ。 お洒落なレストランなんかより、ずっとずっといい。


 二人で、子供みたいに、はしゃいで笑い合える場所。それこそが、彼が一番喜んでくれるプレゼントなんじゃないだろうか。


「……舞! ありがとう! ……私、……決めた!」


 私の顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなるのを見て、舞は、満足そうに「どーいたしまして」と、微笑んでくれた。

 この最高の親友がいてくれて、本当によかった。



 その日の放課後。

 私は一人で、駅前のチケットセンターに来ていた。

 少しだけドキドキしながら、窓口のお姉さんに声をかける。


「あ、あの! 遊園地のフリーパス、二枚、ください!」

「はい、かしこまりました」


 差し出された、二枚のカラフルなチケット。

 それを受け取った瞬間。 計画が現実になったという実感が、胸に込み上げてきた。


  喜んでくれるかな。

 楽しんでくれるかな。

 不安と期待がごちゃ混ぜになって、胸がいっぱいになる。


 私は、そのチケットを、大切に大切にバッグの中にしまい込んだ。

 そして、彼の驚く顔と最高の笑顔を、思い浮かべながら帰り道を歩き始めた。


 と、そこで、はたと気づく。

 肝心なことを、彼に、伝えていなかった。


(……そうだ。……カケルの、予定、聞かなきゃ……!)


 もし、彼に、別の予定が入っていたら、このチケットは、ただの紙切れになってしまう。


 私は、慌ててスマホを取り出した。 震える指で、彼の名前を探してコールボタンを押す。


 数回の、コールの後。


『……もしもし?』


 電話の向こうから、彼の、少しだけぶっきらぼうな、でも優しい声が聞こえてくる。


「あ、カケル? ごめん、急に。今、大丈夫?」

『おう。別に。どうしたんだよ』

「あのね、……カケルの誕生日、来週の土曜日だよね?」

『ん? ああ、そうだな。……それが、どうかしたのか?』


 彼は、自分の誕生日のことなんて、すっかり忘れているようだった。

 その彼らしい反応に、私は少しだけ笑ってしまった。


 私は、深呼吸を一つして、勇気を振り絞った。


「その日、……もし、よかったらなんだけど……。……私に、時間、くれないかな?」


 私の、その精一杯の言葉に。

 電話の向こう側が、一瞬だけ静まり返った。

 そして、すぐに弾むような嬉しそうな声が聞こえてきた。


『……マジか!』


「う、うん……! ダメ、だったかな……?」

『ダメなわけねぇだろ! ……すげぇ、嬉しい。……わかった。……空けとく。……陽菜のために、一日、全部』


 その、温かくて、真っ直ぐな言葉に、私は、心が温かくなるのを感じた。


「 うん! ありがとう! ……じゃ、じゃあね!」


 私は、それだけ言うのが精一杯で、一方的に、電話を切ってしまった。


 心臓が、痛いくらいにドキドキと鳴り響いている。

 顔が、熱い。嬉しくて愛おしくてたまらない、幸せな熱。



 私は、空を見上げた。

 私の、初めての、彼女としての、一大プロジェクトがはじまった。




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