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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第10章 消えない記憶と二人の葛藤(2月/3月)

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第106話 小さな恋のお返し

 三月十四日、ホワイトデー。


 その、甘くて、キラキラとした響きを持つ一日。 私、日高ひだか莉子りこは、朝からずっとそわそわしていた。

 原因は、もちろん、隣の家に住む、生意気でゲームばっかりやってる私の幼馴染。 桜井さくらいわたるくんのことだ。


(……くれる、かしら)


 机の引き出しを、そっと開けては閉める。

 スマホの、メッセージアプリを、何度も立ち上げては閉じる。


 期待なんてしてない。

 してないんだから。


 だって、私がバレンタインにあげたのは、あくまで「義理」チョコなんだから。


 そう。 義理。

 断じて、本命なんかじゃ、ない。





 バレンタインデーの前日。私は、お姉ちゃんと一緒にキッチンに立っていた。

 甘いチョコレートの香りが、部屋中に満ちている。


 お姉ちゃんは、それはもう真剣な顔で、湯煎したチョコレートを、ハートの型に流し込んでいた。その、まさに乙女という姿に、私は少しだけ呆れてしまう。


「……お姉ちゃん。それ。誰にあげるか、聞くまでもないわね」

「……っ! り、莉子! いつの間に!」

「最初からいたわよ。……ふーん? カケルお兄ちゃんのために、随分と、気合が入ってるじゃない」

「……う、うるさいな!」



 顔を真っ赤にして慌てるお姉ちゃん。

 本当に可愛い人だ。 カケルお兄ちゃんが、羨ましい。


「……で? 莉子は、作らないの?」

「え? ……まあ、一応、義理チョコくらいは、作っておこうかなって」


 私はそう言って、さりげなくボールと板チョコを取り出した。


 そう。 義理チョコ。 日頃の、感謝を込めて。

 いつも私のくだらない作戦に付き合ってくれる、あの、隊長さんのために。

 別に、特別な意味なんて……ないんだから。



「……義理チョコなのに、ずいぶん丁寧なのね」

「……っ! そ、そんなことないし! これは、その、お菓子作りの基本よ!」


 お姉ちゃんの的確すぎるツッコミに、私の声が裏返る。

 いけない。 バレてしまう。 私が、この、ただの義理チョコに、こっそりと金箔を乗せようとしていること。 アラザンでキラキラにデコレーションしようとしていること。 そしてラッピングの袋に、小さなカエルのシールを貼ろうとしていること。


 全部、全部、バレてしまう。

 私は、慌ててお姉ちゃんに背中を向けた。


 神様、お願い。

 この気持ちが、ただの「義理」じゃないってこと。

 あの鈍感な隊長さんに、絶対にバレませんように。





 そして今日は ホワイトデー当日。

 私たちの通う中学校では、男子たちが、そわそわとお返しのプレゼントを女子に渡していた。


 でも、航くんは、私に何もくれなかった。

 朝、一緒に家を出た時も。 学校の休み時間も。 帰り道も。

 彼は、いつも通り生意気で、私をからかってくるだけ。


 別にいいんだけど。

 期待なんてしてなかったし。


 でも。やっぱり少しだけ。胸がチクっと痛んだ。


「……ただいま」


 私は、元気のない声で家のドアを開けた。


 リビングのソファに大きなクマのぬいぐるみを、ぽすんと置く。

 これは、初詣のときに、航くんが射的で取ってくれたものだ。

 あの日から、私の、宝物。


(……バカ)


 心の中で悪態をつく。

 期待してたじゃない、私。


 ほんの少しだけでも。

 彼が、私のことを思い出してくれるんじゃないかって。

 涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。



 その時だった。



 ――ピンポーン。


 玄関のインターホンが鳴った。

 出てみると、そこに立っていたのは航くんだった。

 その手には、小さな可愛らしい紙袋が握られている。





(……くそっ、なんで俺が、こんな……)


 俺は、莉子の家のインターホンを押した後、心の中で悪態をついていた。


 朝から、ずっとタイミングを計っていたのだ。

 こいつに、これを渡すタイミングを。


 でも、いざ、本人を目の前にすると言葉が出てこない。

 結局、こんな、家まで押しかけるという一番ダサい方法を選んでしまった。



 バレンタインのあの日、莉子からもらった、やけにデコレーションされた「義理」チョコ。正直、めちゃくちゃ嬉しかった。だから、お返しはちゃんとしないと、と思っていた。


 でも、何をあげればいいのか、さっぱりわからない。


 あいつは、いつも俺にカエルのグッズをくれる。だから、カエルが好きなのか?  

 しかし、莉子が、カエルグッズを自分で持っているのを見たことがない。


 ……もしかして、あいつ、俺がカエル好きだと、勘違いしてやがるのか?


 その可能性に思い至ったとき、俺はなんだか、無性に可笑しくなった。

 そして決めた。 俺は、俺が莉子に似合うと思うものを、あげようと。





「……よぉ」

「……航くん? 何の用よ。私、今、忙しいんだけど」


 莉子は、腕を組んで、わざとらしくふんと鼻を鳴らした。

 内心のドキドキを、悟られたくなくて。


「うるせぇな。これ、バレンタインのお返し。義理には義理で返すのが、俺の主義なんでな。勘違いすんなよ」


 俺はそう言って、気まずそうに目を逸らしながら、小さな紙袋を莉子に無言で突き出した。

 その、あまりにも不器用な言い訳。 私は、一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐにいつもの小生意気な笑みを浮かべた。


「ふーん? 義理チョコのお返しに、わざわざ家まで来るなんて。……航くんも、律儀なのね」

「……うるせぇな。……いらねぇなら、いい」

「いるに決まってるじゃない! もらえるものは、もらっておくのが、私の主義なのよ!」


 私はそう言って、ひったくるように紙袋を受け取った。

 中に入っていたのは、小さな箱。 開けてみると、そこには 淡いピンク色の桜の花びらをかたどった小さな髪留めが、ちょこんと座っていた。


「……さくら……?」

「……別に。……もうすぐ、春だし。……お前、こういうの、好きそうだなって、思っただけだ」


(……なんで、知ってるのよ)


 私の頭の中は、少しだけ混乱していた。

 私が、桜の花が好きなことなんて、誰にも言ったことないはずなのに。

 なんで、こいつは知ってるの?


 心臓がドキドキしてきた。顔が熱くなる。

 でも、ここで、照れているのがバレたら負けだ。


「……ふーん? まあ、悪くないんじゃない? 私の、この美貌に花を添えるアクセサリーとしては、及第点、ってとこかしらね」

「……そりゃ、どうも」





(……くそっ、可愛い……)


 俺の心臓は、もう、限界だった。

 こいつの、こういうところがずるいのだ。


 素直じゃないくせに、たまに、どストレートに突き刺してくる。

 真っ赤な顔をして、口角が上がっている。

 喜んでくれているのがわかる。





「……じゃあな」


 彼は、それだけ言うと、くるりと背中を向けて、自分の家へと帰っていってしまった。

 

 私は、その逃げるような後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 そして、手のひらの中の、小さな桜を、ぎゅっと握りしめる。


 心臓のドキドキが、まだ収まらない。

 顔がずっと熱い。真っ赤になっていたりしないかな、と不安になる。


 これが、恋、というものなのかな。


 まだ、わからない。

 でも、一つだけ確かなこと。


 私は、この不器用で、口が悪くて、でも、世界で一番優しい隊長さんのことが。

 どうしようもなく気になってしまっているのだ。


 その、どうしようもない事実を胸に抱いて。

 私は、甘くて温かい、幸せな気持ちでいっぱいだった。





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