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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第10章 消えない記憶と二人の葛藤(2月/3月)

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第103話 未来へのお守り

 保健室での藤井先生との、あの秘密の会話から、数日が経った。

 私のカバンのポケットの中には、先生がくれたあのお守りが静かに収まっている。 時々、そっと、その感触を確かめるたびに、先生の温かい言葉が胸に蘇ってきた。


『これは、恥ずかしいことじゃない。……自分の身体を、未来を、守るための、大切なことなんだから』


 そうだ。 恥ずかしいことなんかじゃない。

 怖いという気持ちも、繋がりたいという気持ちも、全部本当の私の気持ち。


 そのすべてをカケルは受け止めてくれる。そう、信じている。


 でも、その前に。私が、私自身のためにしなくちゃいけないことがある。

 私は大きく息を吐きだした後、スマホを手に取った。そして、たった一人の親友にメッセージを送る。


『舞、今度の土曜日、ちょっとだけ付き合ってほしいところがあるんだけど』





 土曜日の午後。私と舞は、いつも使う駅とは二つ隣の、見慣れない駅に降り立った。


「……で? 陽菜。あんた本気なの?」


 舞は呆れたような、でもどこか面白そうな顔で私の顔を覗き込む。


「……うん。……本気だよ」


 私は、こくりと力強く頷いた。

 その私の真剣な眼差しに、舞はやれやれとでも言うように肩をすくめてみせた。


「はぁ……。しょーがないわねぇ。……まあ、陽菜が、そこまで覚悟を決めたって言うなら付き合ってあげるわよ。……親友、だもんね」


 舞は、そう言ってニヤリと笑うと、私の背中を、パンと力強く叩いた。

 

 私たちが向かった先は、駅前の大きなドラッグストアだった。

 店の中は、明るくて清潔で、そして、どこにでもある普通のドラッグストアだった。 風邪薬、目薬、シャンプー、化粧品……。 その、あまりにも日常的な光景が、逆に私の緊張感を高めていく。心臓がバクバクと大きな音を立てる。


 周りのお客さんの視線が、全部、私に注がれているような気がして。

 私は、俯いたまま、意味もなくシャンプーの棚を、行ったり来たりしていた。


「……陽菜、あんた、いつまでシャンプー選んでるつもりよ」


 舞が呆れたように呟く。


「だ、だって、どこにあるかわかんないんだもん……!」

「はぁ……。こっち」


 舞は、私の腕を掴むと、ずんずんと店の一番奥のコーナーへと向かっていく。

 その迷いのない足取り。 この子、絶対に知ってる。


「……最初から、教えてよぉ……」

「陽菜の覚悟を試してたのよ」


 舞はそう言って悪戯っぽく笑った。

 そこは、生理用品や避妊具が並べられたお店の中でも一番デリケートな空間だった。


「うわ……」


 私は、思わず小さな声を漏らした。

 棚には、色とりどりの小さな箱がずらりと並んでいる。

 ピンク色の可愛らしいパッケージ。 黒を基調としたクールなデザイン。 『うすうす』とか、『あったかゼリー』とか。 そのあまりにも直接的な言葉に、私の頭はもうどうにかなりそうだった。


「……ど、どうしよう、舞……。……何が、いいのか、全然わかんない……」


 私が涙声でそう言うと。舞は、冷静な顔で商品を一つひとつ吟味し始めた。


「んー、まあ最初は普通のやつでいいんじゃない? ……ほら、これとか。一番売れてるみたいだし」


 舞が、指さした先。そこには『人気No.1!』というポップが付けられた商品があった。

 私が、それを手に取ろうかどうしようか迷っていると、レジの方から店員さんの「いらっしゃいませー」という元気な声が聞こえてきた。

 びくりとしてそちらを見る。 レジには、若い男の店員さんと、ベテランっぽい女の店員さんが二人。


 嫌だ。 絶対に男の人にレジを打ってもらうのだけは嫌だ。

 神様、お願い。あの女の店員さんのところに行けますように。


 私が心の中で必死に祈っていると。舞が、私のあまりの不甲斐なさに痺れを切らしたのだろう。


「……もう! 貸しなさい!」


 舞が、私の腕をがしりと掴んだ。

 そして、棚からさっきの商品をひょいと一つ手に取ると、私の手のひらにそれを握らせた。


「……いい、陽菜?」


 舞は、真剣な目で、私を見つめてきた。


「……これは陽菜の覚悟の証なんでしょ? ……だったら、ちゃんと自分の手で買いなさい。……大丈夫。……私がついてるから」


 その力強い言葉に。 私の心の中の、最後の臆病な気持ちが消えていくのがわかった。 そうだ、私は一人じゃない。 舞がいてくれる。 そして、カケルがいてくれる。

 私は、深呼吸を一つして、その小さな箱を、強く強く握りしめた。





 ドラッグストアを出て、私たちは、近くの公園のベンチに腰を下ろした。

 私の手の中には、小さな紙袋。


「……やったじゃない、陽菜」


 舞が、そう言って、私の肩をポンと叩いた。


「……うん」

「……これで、あんたも、一歩、大人の階段登ったってわけね」

「……そう、かな」

「そうよ。……自分の身体を、ちゃんと自分で守ろうとしてるんだから。……すごく立派なことよ」


 舞の、その温かい言葉に。 私の目から、涙がこぼれそうになる。

 私は、紙袋の中から小さな箱を取り出した。それはもうただの商品じゃなかった。

 藤井先生が言ってくれたように。 これは、私の未来のための「お守り」なのだ。


 カケルと私が、本当に、心も身体も結ばれたいって思った、その時のための。


「……ありがとう、舞。……付き合ってくれて」

「どーいたしまして。……でもまあ、それ、あんまり表に出して眺めるものじゃないけどね。何のために紙袋に入れてもらえたか、わかってる?」

「あっ……。も、もう! からかわないでよ!」


 私たちは、顔を見合わせて笑い合った。


 そうだ。 焦らなくていい。 ゆっくり行こう。 カケルが言ってくれたように。

 私たちのペースで。 でも、いつか必ず来る、その日のために。

 私は、この小さくて、でも、とても重いお守りを大切に大切にしまい込んだ。


 

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