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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第10章 消えない記憶と二人の葛藤(2月/3月)

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第101話 保健室のカウンセリング

 あの日から一週間が経った。


 私とカケルの間には、見えない、でも、確かな壁ができてしまっていた。


 カケルは優しい。優しすぎるくらいに。

 朝は、いつも通り一緒に家を出る。

 帰り道も、当たり前のように隣を歩いてくれる。


 でも彼は、もう私の手に触れてはくれなかった。

 そのほんの数十センチの距離が、今は果てしなく遠い。


 彼が、私に気を遣っているのが痛いほど伝わってくる。


 私の心の傷を、これ以上抉らないように。

 私を怖がらせないように。その優しさが嬉しくて、そして苦しかった。

 私が、彼を苦しめている。その事実が私の胸を締め付けた。


 放課後。 私は教室の窓からグラウンドを眺めていた。

 陸上部が練習をしている。その中にカケルの姿があった。一人で黙々とスタートの練習を繰り返している。その背中はいつもよりどこか小さく、そして寂しそうに見えた。


 私のせいだ。私が、彼をあんな顔にさせている。どうしたらいいんだろう。

 舞に相談した。 彼女は、力強く私を励ましてくれた。


 でも、これはもう友達同士の話だけじゃ解決できない問題なのかもしれない。

 もっと、ちゃんと向き合わないと。 私自身の心と身体と。 そしてカケルとの未来と。

 私は、意を決して席を立った。私が信頼して相談できる人。向かう先は一つだけだった。





 職員室のドアの前で、私は、何度も深呼吸を繰り返した。

 心臓が、バクバクと大きな音を立てている。

 大丈夫。 大丈夫だよ、私。私は、震える手でそっとドアをノックした。


「……失礼します」


 中から「はい」という、穏やかな声が聞こえる。

 私が、おそるおそるドアを開けると、そこにいたのは担任の藤井先生だった。


「あら、日高さん。どうしたの?」

「……あの、先生。……今、少しだけお時間よろしいでしょうか」


 私のただならぬ様子を、先生はすぐに察してくれたようだった。

 藤井先生は、周りの先生方に軽く会釈をすると、静かに席を立った。


「ええ、もちろんよ。……少し場所を変えましょうか。……保健室なら誰もいないから、ゆっくり話せるわ」


 藤井先生の優しい配慮に、私の目から涙がこぼれそうになる。私は、ただ黙って頷くことしかできなかった。





 保健室はしんと静まり返っていた。消毒液のツンとした匂い。 白いカーテン。

 その清潔で静かな空間が、私のささくれ立った心を、少しだけ落ち着かせてくれるようだった。


「……さあ、座って」


 先生はそう言って、丸い椅子を私のために引いてくれた。

 そして、温かい紅茶を二つ淹れてくれる。 その優しい香りに、私の固まっていた心が少しずつ解きほぐされていくのがわかった。


「……それで? ……どうしたのかしら」


 先生の穏やかな問いかけに、私は意を決して話し始めた。


 カケルと恋人になったこと。バレンタインの日のこと。

 彼が、私をベッドに押し倒した瞬間、体育倉庫の事件がフラッシュバックしてしまったこと。 涙が止まらなくなってしまったこと。

 そして、それ以来、彼が私に触れるのをためらっていること。その優しさが辛くて苦しいこと。


 私の拙い話を、藤井先生は一度も遮ることなく、静かに聞いてくれた。

 その温かい眼差しが、まるで「大丈夫よ」と、言ってくれているようで、私は、気づけばぽろぽろと涙をこぼしていた。


「……私、……どうしたらいいかわからないんです。……カケルのこと、大好きなのに。……もっと触れ合いたいって、思うのに。……でも、怖くて……。……そんな自分が嫌で……。……カケルにも申し訳なくて……」


 嗚咽交じりに、そう言う私に。

 先生は、そっとティッシュを差し出してくれた。


 そして私は、ずっと誰にも言えなかった、一番深い悩みを打ち明けた。


「……それに、私、時々、考えちゃうんです。カケルと、その……、キス以上のことをするのを……。そうすると身体が熱くなって……。自分で、自分の身体を触っちゃったりして……。私、おかしいのかなって……、はしたないのかなって……」


 先生は、ゆっくりと口を開いた。


「……そう。……辛かったわね、陽菜さん」


 先生は、初めて私のことを名前で呼んだ。


「……あなたは何も悪くないわ。……あなたの身体が怖がってしまうのは、当たり前のこと。……それは、あなたの心があなた自身を守ろうとしている、大切な証拠なのよ」

「……でも……」

「それに桜井くん。……彼は、本当に素敵な人ね」


 先生はそう言って、心の底から優しく微笑んだ。


「……あなたの心の傷をちゃんと理解して、あなたのペースを尊重しようとしてくれている。……それは、彼があなたのことを、ただの恋愛対象としてじゃなく、一人の人間として心から大切に想っている証拠よ。……そんな誠実な人、なかなかいないわ」


 先生の、その温かい言葉に。 私の心の中の氷が、ゆっくりと溶けていくのがわかった。


 そっか。 カケルは、私のことを大切に想ってくれてるんだ。

 私は、嫌われたんじゃなかったんだ。


「それからね、陽菜さん。……あなたが、桜井くんとの、その先を考えてドキドキしたり、自分の身体に興味を持ったりするのは、少しもおかしなことじゃないわ。……それは、あなたが一人の素敵な女性として、ちゃんと成長している証拠なのよ。……好きな人と繋がりたいって思うのは、すごく自然で美しい感情なんだから」

「……え?」

「……実は、先生もね、昔、……あなたと同じようなことで、すごく悩んだことがあるの。……心と身体がちぐはぐになっちゃう、あの苦しい気持ち。……先生も少しだけわかる気がするわ。……だから、焦らなくていいのよ」


 藤井先生の、その静かな告白に。 私は、息を呑んだ。

 先生も同じだったんだ。 その事実は何よりも私の心を軽くしてくれた。

 私だけじゃ、ないんだ。 私が、変なんじゃないんだ。


「……一番、大切なのはね、……二人でちゃんと話をすること。……怖いっていう気持ちも、……でも繋がりたい、っていう気持ちも。……全部、正直に彼に伝えてごらんなさい。……あの誠実な彼なら、きっと、あなたのすべての気持ちを受け止めてくれるはずだから」

「……はい……」

「……そしてね、陽菜さん。……好きな人と身体で結ばれることは決して悪いことじゃない。……むしろ、心が本当に繋がっていれば、それは一番幸せなことなのよ。……ただ、一つだけ忘れてはいけないことがある」

「……?」

「……それは責任よ。……快楽だけじゃない。……そこには、必ず責任が伴う。……特に、私たち女の子はね」


 先生はそう言って、引き出しから、小さな四角い袋を取り出した。 コンドームだった。


「……これは、男の子だけに任せるものじゃない。……私たち、女の子が、自分の身体を未来を守るための、大切なお守りなの。……いつか、あなたと桜井くんが、本当に、心も身体も結ばれたいって思った、その時のために。……今は、ただのお守りとして持っておきなさい」


 先生はそう言って、それを私の手のひらに、そっと握らせてくれた。


「……先生。……こういうのって……どこで……?」


 私が、おそるおそるそう尋ねると、先生は、ふふっと優しく笑った。


「薬局やコンビニでも、普通に売っているわよ。……少し、勇気がいるかもしれないけれど、これは恥ずかしいことじゃない。……自分の身体を、未来を、守るための大切なことなんだから」


 その小さな袋が、ずしりと重く感じられた。 それはただの物じゃない。 先生の優しさと、そして私自身の未来への覚悟の重さだった。


「……大丈夫。……あなたたち二人なら絶対に、乗り越えられるわ。……先生が保証する」


 先生はそう言って、私の手をぎゅっと力強く握りしめてくれた。

 そして、最後にこう付け加えた。


「……悩んだとき、不安に思ったときは、いつでも話を聞くからね」


 その手のひらの温もりが。 私の心の一番奥まで、届いた気がした。涙がまた溢れてきた。 でもそれは、温かくて優しい希望の涙だった。


「……藤井先生、……ありがとう、ございます」


 私は、涙で、ぐしゃぐしゃの顔のまま、何度も何度も頭を下げた。

 先生は、そんな私をただ優しく見守ってくれていた。


 もう大丈夫。 私は一人じゃない。 そう思えた瞬間だった。


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