★第4話★
中学に入ってからも、麻野慶太とは仲がよかった。
その頃少し優等生だったあたしは、やんちゃな部分を増した慶太とは不釣合いな関係に映っていたらしい。
あたしはと言えば、彼の気持ちと自分の気持ちもよく判らないまま素直になれなくて、常に近くにいるのにすれ違っているような歯痒い思いをしていた。
そんな彼の想いを知ったのは、彼と別れる直前だった。
別れと言っても、もう絶対に会うことの出来ない永遠の別れ。
ぴーかんに晴れた暑い夏の日だった。
局地的豪雨ってやつらしいけれど、あんな数分で河が氾濫してしまうなんて、その場にいた誰も思わなかったと思う。
あたしの通っていた中学では、夏休み初日から2日間に及ぶ林間学校が恒例で、周囲には他の生徒や引率の先生もいた。
真夏の炎天にあぶりだされた緑の中で、野外炊飯やオリエンテーリング、キャンプファイヤーなど、スケジュールは埋め尽くされている。
「慶太、これあげる」
1日目の午後、女子は家庭科授業の延長のようなプログラムでカップケーキを焼いた。それは男子や引率の先生たちみんなに配る為のモノなのだけど、あたしは自分が焼いた分の数個を慶太の分として特別にキープし、袋に詰め込んでいた。
「あ、ああ」
慶太は少し素っ気無く受け取った。
西日が木立をすり抜けて、眩しい陽だまりの中に緑の日陰を作っていた。
「べ、【別にアンタのために作ったわけじゃないよ】。みんなにあげる為だかんね」
「そんなの知ってるよ」
慶太は少し焦げの在るカップケーキを無造作に口へ入れると、紙パックのコーヒーミルクをゴクゴクと飲んだ。
「おいしい?」
「あ? ああ。まぁまぁかな」どうでもよさそうに言った。
あたしは少し機嫌を損ねて
「あっそ」と素っ気無く彼の傍を離れた。
この日の夕方、あたしにお客さんが来た。どうしてこんな時に限って予定が重なってしまうのか……。非常に厄介なダブルブッキングってやつだ。
この頃はすでに初日がいちばん重かったから、あたしは予定を読んで必ず痛み止めを持ち歩いていた。
それなのに、カバンを漁ると何処にも無い。この日に限って机の上に忘れてきた。
引率の教師に言ってみたけれど、渡されたのはバファリンの錠剤。半分は優しさで出来ているというバファリンが、あたしは効かない。どうして効かないのかは謎だけれど、近所の薬局で処方してもらうセデスじゃないと効かないのだ。
でもこの頃は確かに、初日の痛みも薬で抑える事は出来ていた。
宿舎の廊下をトボトボと歩く。痛みはどんどん増してくる。効かない事を知りながらバファリンを飲むのも気が引ける。
あたしはバファリンの2錠くっついたアルミシートを握り締めて、憂鬱になった。
廊下の角から人影が見えて、ハッと立ち止まる。慶太だった。
「薬、忘れたって?」
「……うん」きっと、美智に聞いたのだ。
慶太は黙ってグーの手を前に突き出してから、あたしの目の前でそれを開く。
小さな袋入りの白い顆粒……セデスだ。
「な、なんで?」
「別に。たまたま持ってた。これしか効かねぇって前に言ったろ」
そう、慶太には前に話した事があった。
実はセデスを飲むようになったのは、やっぱり生理が重い彼のお姉さんの薦めだったから。
アイツはもしかしたら、いつも予備の薬を持っていてくれたのかもしれない。
「別に、お前のために持ってたわけじゃねぇからな」
慶太は棒立ちのまま、無関心な素振りで言う。
あたしは無言で頷いて薬を受け取った。黒髪が頬をくすぐる様に揺れると、なんだか胸の奥まで少しくすぐったい。
ありがとう。て、言い忘れた。
おかげでその夜は無事に過ごす事が出来た。