短編 25 首狩りにゃんにゃん
推理物も書いてみたいなぁ。よし、書いてみっか!
そして生まれたのがこれです。
どうしてこうなった!?
悪い事をする人間には満月の夜、枕元に『デスキャット』が現れる。
そんな噂が若い世代を中心に広まっていた。
悪い人間ばかりが跳梁跋扈するようになった現代日本への不満。ないしは無意識の願望だったのかもしれない。
この噂はあっという間に日本全国へと広まっていった。
そしてある時を境にして『枕元に立つ巨大な猫』を見た、という噂が世間を賑わす事になる。
目撃者は全員がその後警察署に出頭。
デスキャット様ご光臨としてネット世界は大騒ぎとなった。
「ということなの」
「……で? この部活となんの関係が?」
今日も『怪奇現象解明倶楽部』は二人の部員しかいなかった。
怪奇現象解明倶楽部……略して『怪部』
部長である長月カンナと副部長である自分しかいないマイナーすぎる部活である。
部活というよりサークル。むしろ同好会のような、ただの放課後潰しとも言える。
何故こんなものを学校が許しているのか、それもこの学校の『怪奇現象』として扱われていたりする。実際は部長の長月カンナの仕業なのだが、それはまぁいい。
「デスキャットよ? 見たくないの?」
部長が机から身を乗り出してこちらに顔をぐぐーっと近付けてくる。
……これはチューしていいのかな。いや、多分殺される。
「枕元に立つ巨大な猫。それは猫のぬいぐるみというオチでしょう。もしくは友達のイタズラか」
眼鏡をくいっとして目線を誤魔化しておく。部長の第一ボタンは外れている。まだ部長は身を乗り出したまま。
ブラウスの隙間が……見えそうで……見えぬ! くそ! せめて第三までいけば!
「夢がない! 夢がないわよ! なんでそんなに冷静なのよ! デスキャットなのよ!?」
「何故そんなに興奮してるんですか」
エロにまみれた頭が少し冷静になった。机をバンバンと叩いている部長はすごく子供っぽい。
「巨大な猫……虎よ」
「……は?」
自信満々にしている部長は見た目だけは賢げに見える。これで成績も良ければアレなんだけど部長の成績はわりと普通なので特に面白味もオチもない。
いわゆるヴァカの類いだ。
「動物園から逃げ出した虎。それがデスキャットの正体よ!」
ビシッ! そんな効果音が聞こえた気がした。
「……悪人は食われたと?」
「まるかじーりだ!」
……デスキャットを見た人は出頭してるからみんな生きているんだが……まぁ部長なのでこんなもんだろう。
何せヴァカだからな。
「……で、どうするんですか? 虎が犯人なら調査はこれで終わりになりますけど」
「……ちゃんと調査して欲しいの」
部長が真面目な顔でこちらを見ていた。その瞳は微かに震えている。
「やだ」
とりあえず『いいえ』の選択肢を選んでみた。
「なんでよ!」
部長が怒った。まぁ当然ではあるのだが。
「いや、めんどいし。それに……分かってるんですよね?」
「……分かってるわよ」
部長は苦い顔をした。それは諦めか、それとも悔恨か。
ここ『怪奇現象解明倶楽部』は本来存在しない倶楽部である。部室の表札には文学部と書いてあるし。
この部活は『特別』なのだ。
とある条件をクリアしないとこの部活は動かない。動いてはならないのだ。
自分は依頼を受理しないと調査しないと決めている。たとえ興味が沸いても依頼が無ければ絶対に動かない。それが自分に課した枷である。
それを遵守すること。学校からこの部活の存在を許された理由のひとつでもある。
さて、部長はどうするのか。
「……正式な依頼をします。わたくし長月カンナの今履いている靴下を捧げるのでデスキャットの調査をしてください」
「承った」
今回は靴下か。まぁ妥当と言えるだろう。部長は美少女と言えなくもない微妙なラインに立っている。
まぁ見た目ではなくてその人の人格や匂いで判断を決めているので美少女だからといって無差別に依頼を受けるわけではない。
「うぅ……この変態」
蔑むようなジト目。しかしそれも良い。
「好みの女性にしかこの手の願いは言いません。誇りに思ってほしいですね」
「……ばかぁ」
良い。真っ赤になって恥じらう女性の何と満たされる事か。部長の瞳が揺れていたのは涙である。たまらんな。
でも調査すんのもめんどいな。
「調査はいつまでに?」
「すぐにでもよ!」
ちっ。終わりを決めずにダラダラとなぁなぁにしてやろうと思っていたのが阻止された。しかし部長はやたらと切羽詰まっている感じがした。
「もしかして遭遇したんですか?」
「……クラスの子が見たって言って怯えてるのよ」
「……そいつ巨大な猫を飼ってるとかでは?」
「動物を飼ってないし、ぬいぐるみも置いてないって話だったわ」
……ふむ。興味深い。興味深いがまずはこっちだ。
「とりあえず先払いで部長の靴下を脱がさせてもらいましょうか」
毎度恒例のお楽しみタイムを堪能させてもらうことにする。
「ううっ……この変態ぃぃ」
良い。この瞬間のために自分は生きている。
そして至福の時が流れることしばし……。
部長の恥じらう姿は大変よろしゅうござった。拙者、大興奮でござる。
こうしてこの度の事件。
『デスキャットの報酬はカンナの靴下事件』は幕を開いたのであった。
この時、この事件があんな結果になるとはこの場にいる誰にも予想出来なかった。
そんなことより靴下だからな。たまらんね。
唐突なカミングアウトになるのだが自分は変態である。
自他ともに認める変態。
それを恥じるつもりはない。
それが自分であり、己を支える柱であるからだ。
だが本来、変態というものは生き物として当然備わった欲望のひとつである。エッチしないと子は出来ないからな。
だがしかし。だがしかしだ。
ゲテモノ。悪食。そういうものが変態とされる。それが今の世の中だ。
それは理解している。
ただの変態は世間から駆逐される。それが今の変態だ。いや、今の世の中だ。
だが人は現金な生き物だ。
それにすがるしかない状況ならば……たとえ変態でも受け入れざるを得ないのだ。
だから自分は変態でもこうして無事に表を歩けている。
「出たぞー! 変態眼鏡だー!」
「女子は隠れろー! 鍵のついた部屋に逃げるんだー!」
「いやー! 下着を脱がされて品評されるぅぅぅ!」
「匂いの点数とか付けられちゃうからみんな早く逃げてぇぇぇぇ!」
朝の学校は大変に賑やかだった。これが青春。青い春だ。
今日は特に何も飛んでこない。空き缶でも人は死ぬ。それがペンキ缶ならな。人間というものは実に醜い生き物だ。
だがその身に纏うものには美が宿っている。
芳ばしい香りもな。
「この変態野郎! 俺の彼女はてめぇのせいで……てめぇのせいで!」
「やめろ! そいつに手を出すな! お前も喰われるぞ!」
今更だが説明しておくべきなのだろう。自分は『バイ』である。つまり女も男もいける口、だ。まぁ基本的に女の子が好物なのだがな。
春はあけぼの。
男は男の子が良い。
特に六才前後の男の子は幼児から男の子へと変わりきった辺り。まだ男でないが、さりとて男の匂いがしないとも言い切れない。この不安定さが持つ儚さ。まさに国の宝と言えるだろう。
……たまらんな。
「きゃー! 変態が! 変態のロッキー山脈が隆起してるわ!」
地殻変動だな。今も世界最高峰と呼ばれるエベレストはその高さを少しずつ上げているという。地球は生きているのだ。
「お、俺を見てロッキーしたのか!? お、お、俺の尻を……ロッキーされちまうのかぁ!?」
おやぁ? 目の前に腰を抜かして青ざめている十六才がいるな。♂か。まぁこれはこれで。
「早く逃げろー! そいつは変態だー!」
今日も朝の学校は賑やかだ。まぁ転んでる女子もいてパンツが丸見えなので良しとしよう。ブルマもそれはそれで良いものだ。
たまらんね。
「きゃー! 変態眼鏡のロッキーがチョモランマしてるわぁぁぁぁ!」
……浪速のロッキーに怒られないかな。大丈夫か?
学校というものは退屈な場所だ。この自分にとっては『常識的に考えてみんな行っているから』という理由で行くだけのくだらん場所に過ぎない。
「せ、先生の胸を見ないで下さいっ!」
「断るっ!」
「なんで!?」
だが新人美人女教師による補習は良いものだ。狭い部屋に二人きり……ではないのが玉にキズか。
「……で、なんか分かったの?」
ジト目の部長もいるのでな。
ここは補習室。悪いことをした学生の懲罰房みたいなものだ。ここには部長と自分と新人美人女教師がいる。
何故か今朝の騒ぎで怒られた自分。教師に囲まれてここに連れ込まれたのだ。さすまたでツンツンされながらな。ちょっと酷いとは思う。今も縄で拘束されていたりもする。ちょっと酷すぎるよな。
「ううっ……なんで私がこんな生徒の担当に……」
美人女教師は泣いていた。大学を出たばかりの新人女教師。見た目は高校生と大差ない。むしろちびっこに見える。自分もこの人の言うことは素直に聞くことにしている。幼女もまた、国の宝であるからな。新人らしくリクルートスーツに身を包んだこの人はとても……良いものだ。
「教師とは大変な仕事のようですね。部長」
大人になるって大変だー。ガチで泣いてるように見える。先輩教師からのいじめだな。
「あんたのせいよ! で、少しは情報集めたんでしょ?」
部長の靴下を脱がしたのは昨日の今日である。そんな早く情報が集まるはずがない。でもこれが部長であるし、報酬も既にもらっているのでこちらとしても黙っているわけにもいかない。
「デスキャットはデマでした。ただの愉快犯のイタズラですね」
昨日、部長の靴下を真空パックして保管箱に入れたあと色々と調べた。
その結果、その答えを得た。あの話に出てくるような『警察に出頭した人物』など一人もいなかったのだ。最近の出頭率はゼロに近い。良心も絶えた現代、ということなのかも知れん。
「……え、虎さんは?」
「だからいねぇよ」
元々虎でもねぇよ。キャットなんだろうが。そう言いかけた自分を抑えたのは怒れる美人女教師だった。
「まさか! また長月さんを食い物にしたんですね!? どうしてあなたはそんなに変態なんですか!」
実は『怪部』の顧問はこの美人女教師だ。だから部活のことも『依頼』の事もよく知っている。自分の性癖の事もよーくとその身で知っているのだ。この美人女教師は。
そして何故にこの部屋に部長がいるのかと言うと……何故だ?
部長も何かを仕出かしたのだろうか。悪い子め。何となく自分の目付け役のような気もしなくも無いのだが……ヴァカだからな。
とりあえず美人女教師に反論しておこう。今回は変態ではない。自分は潔白なのだ。珍しく。
「依頼を受けただけです。その対価に彼女の……」
「わー! 守秘義務とかあるんじゃないのー!?」
部長が遮るように大声を上げた。
自分にそんなものはない。無いが確かにデリカシーに欠けるのも事実である。
「……とりあえず承諾を取っています。そして仕事は完了した。よって……」
「待てーい! 終わってないわよ! 友達が見たって言ってるのはなんなのよ!」
「……さあ?」
自分が受けた依頼は『デスキャットの調査』である。部長の友達が出会ったデスキャット(仮)を調べるのは依頼には入っていない。そこまでの依頼なら部長の靴下では足りない。そう……目の前にいる美人女教師の生パンストぐらいは必要になるだろう。
「せ、先生の脚を見ないで下さいっ!」
「ふっ……断るっ!」
「あんたはどこ見てんのよー!」
部長に殴られることになった。縄で拘束されているから自分は動けない。そこは靴を脱いで踏んで欲しかった。上履きには萌えない。ゴム臭いからな。
とりあえず依頼は終わった。
部長が騒いでいるがこのルールは絶対だ。これが枷であり軛でもあるのだ。
だが何事にも抜け道は存在する。
じー。
殴ってくる部長が自分の視線に気付いたようだ。よし。続けよう。じー。
「……長月さん? なんで先生の脚を見てるのかな?」
美人女教師の顔が青ざめる。
「……追加で先生のパンスト」
「承った」
「何してるんですかぁぁぁぁぁ!」
こうして新たな依頼を受けた自分は本格的な調査に乗り出した。新人美人女教師の涙は良いものだ。うん。すごく良い。
だがやはりまずはこれだろう。
「パンストは放課後に徴収します。替えのパンストは既に部室に置いてあるのでご安心を。デニール違いを各種取り揃えております」
「なんでそんなに備えてるのぉぉぉぉ!?」
プロは備えるものだ。何時如何なる事態に備えてな。
部長が悪いのだ。うん。悪いのは部長。全ての黒幕である部長は美人女教師の涙を無視してなにか考え込んでいるように見えるが……。
「部長……うんこですか?」
「死ねぇ!」
良いフックが顎に入った。横から顎骨をかっさらうような見事なフックだった。こうして自分は夢の世界へと飛ばされることになった。勿論眼鏡も一緒に飛んでった。
気付いたら昼になっていた。部屋には自分一人。縄は解かれていた。
とりあえず学食に……と床から起きたところで部屋のテーブルに置かれていた物に気付く。
『おにぎりです。食べてください』
何と美人女教師によるおにぎりのプレゼントである。メモの文字は丸っこくて可愛らしい。コンビニのおにぎりだが、まぁ良い。よほど自分をこの部屋から出したくないのだろう。おまるも部屋の隅に置いてあった。アヒルちゃんがつぶらな瞳でこっちを見ている。
とりあえず会釈はしておいた。その時はよろしく頼む。
この部屋には窓がない。そして入り口のドアは何と鉄製。この部屋は牢獄のような作りになっている。
自分用に作られた監獄らしい。だがこの程度、問題にもならん。
牢屋のような部屋をあっさりと抜け出した自分は職員室へと真っ直ぐに向かっていた。
『お礼はちゃんと言いましょう』
婆様の教えだ。感謝の心を忘れたら人は修羅になる。婆様は常々そう言っていた。
と、言うわけで。
「たのもー。お礼参りに参上した」
その日の昼。職員室は大変な事になった。
「はい、この子がデスキャットに会った子よ」
時は放課後。場所は『怪部』の部室である。文学部の部室でもあるのだが文学部は諸事情で来なくなった。まぁどうでもいい。
ここで自分は部長によって一人の女子と引き会わされていた。
ガタガタと震えて青い顔をしている大人しそうな文学女子。
……のような女子である。一見して地味に見えるが……ふむ。
「とりあえず……匂いを嗅がせてもらいましょうか」
「ひぃ!?」
女子は怯えて後ずさった。椅子に座っているのに器用なものだ。
「大丈夫。本当に嗅ぐだけだから。噂みたいに淫乱になったり妊娠したりしないから。毛深くなったり妖怪になったりもしないから」
ここで部長による優しいフォローが入った。優しいフォローにしては自分にダメージが入るのは何故だろう。酷い噂だ。なんだ毛深くなるって。
「デスキャットの正体を知りたくないの?」
渋る文学女子に部長が迫る。
文学女子は無言で首を振った。眼がマジだ。当然だろう。デスキャットにご執心なのは部長なのだ。被害者本人からすれば『デスキャットではない』という事が分かれば十分だろう。
しかしうちの部長はヴァカなのだ。
「うん! 知りたいよね」
文学女子の首振りは激しさを増した。どうやら部長は否定を肯定として受け取ったらしい。なんたるヴァカなのか。
まぁまだ報酬は頂いてないからここで止めるのも手ではある。依頼人は部長であるが被害者の意思も尊重せねばならん。
自分は鬼ではないのだから。
「ここで調査を止めることも可能ですが……どうしますか?」
文学女子に聞いてみる。その顔は見るからに沈んでいた。既に答えを得たのだろう。なんともやりきれんがこの事件はここで仕舞いである。
だがここにはヴァカがいた。
「駄目よ! ここで止めたら私の靴下が無駄になるわ!」
そこまでしてデスキャットに逢いたいのか。部長はまるで退かなかった。あと貰った靴下は絶対に返さん。
「自分はここで止めるべきだと思います。あとは……本人次第でしょう」
泣き出した文学女子が自分で決めること。何故に部長はこの子の変化に気付いてないのだろうか。
「ぐぬぬぬ……ならばこの子の靴下も追加で!」
泣いてたはずの文学女子がピタリと泣き止んだ。そして信じられないものを見るような眼で部長を見ている。
鬼がいた。ヴァカな鬼がここにいた。
「……もう一声」
この子も悪くはない。紺の靴下……それなりに使用感が漂う逸品だ。だが足りない。足りないというか価値が低い。何せ、ただの文学女子だ。属性が普通すぎる。これで巨乳、貧乳、三つ編み、のどれかでもあれば良かったのだが……普通なのだ、この文学女子は。
「こらー! 長月さんは何を言ってるんですかー!」
ここで美人女教師が部屋に乱入。騒がしくドアを開けて入ってきた。多分職員会議が終わったのだろう。大人って大変だー。
「先生! 盗み聞きは良くないです!」
「部屋の外まで聞こえてたんです!」
部長と美人女教師が互いに喚いている。
……ふむ。どうしたものか。ここで真実を露にするのは自分の趣味ではない。しかしうちのヴァカを黙らせるには……いや、やはり止めておこう。
「この依頼はここで仕舞いです。先生のパンストも次回に持ち越しとなります」
これでこの事件は終わり。そうなるはずだった。
「はぁ!?」
部室に驚きの声が満ちた。
……何故だ。
「ど、どうしたの!? 誰かに木刀で頭を殴られたの!?」
部長が自分の頭をぐわしと掴んで覗き込む。最近は殴られてないので傷は無いはずだ。
「あなたが変態行為を自分から止めるなんて……はっ! もしかして別人!?」
美人女教師はほっぺをつまんできた。指が小さいな、この人。
「私の弱味を利用して強請る気ですか!?」
……文学女子も言うではないか。というか喋れたのか。まぁ喋れるだろうな。しかも賢い。随分とこちらを下衆として認識しているようだ。
……何故に? まぁ良いが。
「真実を明らかにすることが最善ではない。自分は変態だが、なんでもかんでも露出させる趣味はない。それもありだとは思うがな」
三人の眼があまりにも本気なので、らしくはないが説明をすることにした。眼鏡をくいっとするのも忘れない。
部室にはしばし沈黙があった。
「……えっと。私の靴下は……返ってくるんだよね?」
「その依頼は達成済みです。キャンセルが効くのはパンスト以降です」
「なんでよー!」
ヴァカはやはりヴァカだった。
「相談はその美人女教師にするといい。この部長は自分が受け持とう」
恨みがましい視線をし続ける文学女子にそう言って自分は椅子から立ち上がり部長ににじり寄る。美人女教師の頭には『?』が浮かんでいる。まぁ頑張れ。
こちらはこちらでやることがあるのでな。
「……な、なにかな? 何をしようとしてるのかな?」
自分から逃げる部長は見るからに狼狽していた。追い詰められた背中が部室の壁に当たる。
「約束は守られてこその約束。それに文句を言う……これは立派な違反行為では?」
「ち、違うわよ? 文句なんて言ってないもん!」
彼女は気丈にも言いきった。しかし部長の顔にはすさまじい汗が流れている。
……良い。
「ここでお仕置きされるのと、この件を忘れるのと……部長はどちらを選びますか?」
これでこの事件は幕を閉じる。傷は最小限で済む。
そのはずだった。
「うううぅ……デスキャットに会いたいよー!」
「だからそんなものは居ないんですってば」
「デスキャットに会いたいのー!」
ヴァカはやっぱりヴァカだった。なんだこの可愛い駄々っ子は。
「つまりお仕置きを受けると?」
壁ドンすんぞ? もう止まらんよ?
「デスキャットの正体は分かってないもん! まだ仕事は終わってないもん!」
「だからデスキャットなんて居ないと……」
「だったらその子が見た枕元に立つ黒いものはなんだったのよ!」
「……父です」
部屋が凍り付いた。
文学女子が自ら発言したのだ。
やはり分かっていたか。だろうなぁ。
「……お父さんはデスキャットなの? むしろ虎? お母さんは……え、マジで!?」
ヴァカに付ける薬はない。頭が痛くなった。
文学女子の父。正しくは『義父』である。母親と再婚したこの男は義理の娘の部屋に入り込んで娘にイタズラしようとした。
表現が生ぬるいがこのぐらいがヴァカには丁度いい。美人女教師も真っ赤になっていたから多分これが限界だ。
文学女子はそれに気付いた。まさか義父が自分にイタズラするとは思っていなかった文学女子は自分が見たものを世間で噂になっている『デスキャット』ではないかと……思うことにした。
文学女子は賢い女だ。始めから分かっていたのだろう。
「……義父が私の服に何かしているのを私は知っていました。でも……母には何も言えませんでした」
それがあっての今回の事件。
変態は駆逐される世の中だ。義父の行為が明るみに出れば家庭崩壊まっしぐら。それを理解している文学女子。誰にも打ち明けられないのも当然だろう。
「よし。その父親をねじり切るわよ!」
それが何故にこのヴァカに相談したのだろうか。
「そうですね! 先生も許せません!」
鼻息をフンスと鳴らし、拳を握る美人女教師はとても可愛らしい。でもこの人、実は拳法の達人だ。わりと本気でねじり切れる人だ。
この『怪部』の顧問は伊達じゃない。最終的に自分を力ずくで抑える者。それが彼女なのだ。
屈強な体育教師も一撃で伸していたので自分も大人しく従う事にした。まぁ可愛いからというのが一番の理由ではあるのだが。
「お二方。その義父を絞めたところで問題は解決しませんよ。経済的な問題。世間体の問題。何より彼女の名誉が汚されます。この先ずっと」
義理の父親にあれやこれやをされた女。そんなレッテルが彼女の人生を苛むだろう。たとえそれが真実であっても。
……文学女子の制服からは男から抽出されるアレの匂いがする。股間から採れるアレだ。四十代男性の迸る情熱の香りだ。まぁ文学女子本体からはその手の香りはしてこない。男を知る乙女も男を知らぬ乙女も実は大差ない。共に良い。そういうものだ。
「じゃあどうすればいいのよ!」
「……自分は依頼が無ければ動かない。それがルールですよ?」
自分としてはどうでもいいのだ。文学女子の腹がいつの間にか膨らんでいようと。それはそれで良いものだから。
だが胸くそ悪くはある。
そしてどんな理不尽を感じても自分からは動けない。それが枷であり軛。自分を戒めるための絶対のルール。
「……あなたに依頼したら何とかなるのですか?」
文学女子が絶望に満ちた顔で聞いてきた。いつかどこかで見た顔だ。
「文学女子よ。お前は勘違いしている。自分は確かに変態だ。神ではないし救世主でもない。ただの普通のごく一般的な平均的な何処にでもいる男子高校生だろう」
「……え?」
「お前の差し出すもの。それで全ては決まる。お前の望むものはなんだ」
……決まった。この瞬間はどうしても笑いを堪えるのに必死になる。格好良すぎてにやけてしまうのだ。くくく。
「あのー。君はどう見ても普通の高校生ではない気がするんですけど」
「私も同感なんだけど」
「……私もそう思います」
……ある意味で決め台詞だったのにスルーされた。これは酷い。あまりにも酷い仕打ちだ。泣きたくなる。でも続けるしかない。
「……自分は少し変わった高校生で……」
「少しじゃないわよ!」
「そうですよ!」
部長と先生。二人の語気が強い。何故だろう。涙で前が見えないよ。
「えっと……処女でもあげれば私を助けてくれるの?」
それは馬鹿にするような、捨て鉢になったような、そんな声音だった。滲んだ視界では文学女子がどんな顔をしているのか分からない……まぁ蔑んだ顔をしているのだろう。絶望に呑まれた者はどうしてこうも同じ反応をしてくれるのか。
「……処女か。それに価値があるならば、だな。自分はそれに価値を見出だせていない。部長と先生も同じ事を言ってきたが……」
「わー!」
「何を言ってるんですか!? 守秘義務はどうしたんですか!」
そんなものはない。変態に何を期待しているのか。今更焦った所でどうにもなるまいに。
「とりあえず全身の匂いを捧げるって言えば本当にこいつは何とかしてくれるけど……けど……止めた方がいいよ?」
「そうですよ! 本当に何とかしちゃいますけど絶対に止めた方がいいです!」
部長と美人女教師が説得に入った。止める方の説得だ。何がしたいのか分からん。こいつらは何がしたいのだ。
「……二人とも捧げたんですか?」
「ああ。貰ったぞ」
「違うの」
「そうです。違うんです」
今度の二人は真っ赤になっていた。即答されると少し困る。
「ちゃんと全身くまなく堪能させてもらった。それが約束だったのでな」
報酬はちゃんと受け取った。それを偽ることは出来ない。それもルールだ。
「ばかぁぁぁ!」
女教師の照れ隠し……にしては威力の大きすぎる突っ込みを食らった。壁にめり込む感触と言うのは中々にすさまじいものである。
死ぬかと思った。
その後。
文学女子は捧げる事にした。
自分はそれを受理することにした。
そして三日が経った。折れた肋骨はまだ痛む。だが依頼は終わっていた。
「変態だー! 変態が出たぞー!」
「また一般人を魔道に堕とした変態眼鏡が出たぞー!」
「女子はみんな隠れろー!」
「男子もみんな隠れろー! 奴はおっさんも容赦なく喰らうぞー!」
今日も朝の学校は賑やかだ。
青い春。まさに青春なのだろう。元気だ。こっちは肋骨が粉砕してるってのに。
「お前のせいで……お前のせいで妹は!」
「やめろ! 奴には禁忌が無いんだぞ! 同級生の父親すら喰らったんだぞ!」
四十代の男性は中々に苦みばしった感じがして悪くなかった。義理の娘にイタズラするような下衆であるが、それも性癖である。良くはないが批判は出来まい。彼には彼に適した世界がある。そこにお連れした。自分のしたことはそういうことだ。
大丈夫。今の彼は歌舞伎町で腕を磨いている真面目な『目覚めしもの(ウェークネス)』だ。もしまた道を踏み外しても、お店にいる屈強なお姉さん達が止めてくれるだろう。
「こいつのせいで妹は……」
「BLに目覚めたのは多分そいつとは無関係だぞー! 早く逃げろー!」
ほう。BLか。あれは耽美な世界が売りだ。現実とはまるで違う。だがそれがエロ本だ。それこそがエロ本の意義なのだ。現実的なエロなど現実で十分。
今も目の前で震えて立つ高校生男子(十六才)のようにな。
恐怖は生存本能を呼び起こす。それは生き物として当然の反応だ。見えるぞ。股間に微かな八甲田山がそびえていくのが。いや、六甲山か?
「お、おい! なんでお前のロッキー山脈がベスビオ火山になってんだよ!?」
「なにぃ!? そんな馬鹿な!? 俺のロッキィィィィィィィィ!」
「やっぱり奴には近付いちゃ駄目なんだ! 近付いただけで変態にされてしまうんだ!」
「いやぁぁぁぁぁ! 私はまだ妊娠したくないのぉぉぉ! シングルマザーは嫌ぁぁぁ!」
「毛深くなるのは死んでも嫌だぁぁぁぁぁ!」
……賑やかだな。大丈夫か、こいつら。朝から血管切れないか? あとロッキーに謝っとけ。
そんなこんなで放課後である。
「ねーねー。知ってる? 友達の友達が言ってたんだけどね」
今日も『怪奇現象解明倶楽部』は二人のみ。部長がまたヴァカな事を言っているがとりあえず聞き流す。肋骨が超痛いのだ。薬が切れたらしい。
痛み止めを鞄から出すだけで脂汗が止まらない。部長はそんな自分を無視して話を続けている。この人は懲りないというか学習しないのだろうか。
コンコン。
狐が鳴いてる声ではない。ドアが鳴ったのだ。奴等は普通に『ヒャン!』と鳴く。『ケーン』とも鳴くがコンコンは無い。まぁ犬だしな。
「あれ? 誰か来たみたい」
流石にドアが叩かれると部長も気付くらしい。
「……ふぅ。新たな依頼人では?」
薬を飲み終わったがこれが効いてくるのはしばらくしてからになる。自分は痛みを快楽に変えるスキルを持っていない。持ってる人はすごいと思う。
自分はまだまだ変態としては半人前にも届かないだろう。変態の世界はあまりにも深遠だ。
「……あの。お邪魔します」
……文学女子が目の前に居た。痛みで意識が少し飛んでる間に部屋に入っていたようだ。
「……報酬は肋骨が治ってからですが」
依頼をこなしたので早く報酬を受けるべきなのだろうが肋骨があまりにも痛いので正直匂いとか嗅いでる余裕がない。
自分に使ってる薬の臭いで鼻がバカになっているのもある。
「いえ、今日はその事ではないのです」
文学女子はあの日から変わった。別にいきなりギャルになったというわけではない。まぁなってもいいんだが、それはそれで良いものだからな。
変わったのは……彼女の眼だ。
「私もこの倶楽部に入れてもらえませんか?」
「え、なんで?」
文学女子の申し出に意外そうな声をあげたのはうちの部長である。部長なのでそこは嬉しそうにしないと駄目な気がするんだが。まぁ部長だし。そんなもんか。
「助けてもらった恩がありますから」
文学女子は『恩』という言葉を強く強調して言った。まるで『恨み』がこもっているような感じだが。
「それは報酬で頂きますので気にしなくても大丈夫……ですよ?」
何となく眠くなってきた。薬がようやく効いてきたようだ。実は今すぐにでも横になりたいが、ここにはベットなんて置いてない。置くのは学校側からも禁止されている。けち。
「……うちの家庭は結局崩壊してしまいました」
「依頼は『母と自分を救ってくれ』でしたからね」
文学女子は欲張りだった。自分だけでなく母親も助けて欲しいと願ったのだ。だから自分は文学女子の母親とも面会した。
「……母が今日も来て欲しいと言ってました」
「そろそろ入院したいのですが了解です。今日もお邪魔させて頂きます」
肋骨が痛いけど我慢だなぁ。
「……義父も会いたいと言ってました」
「おやおや、モテモテですね」
これは困りました。肋骨が痛いけど我慢ですねぇ。
「……家庭が崩壊したんですけど!」
文学女子がキレた。その眼には純粋なる怒りが宿っていた。
「雨降って地固まる。間に男を挟んで夫婦はまとまるのですよ。間男はかすがい、昔からそう言いますからね」
「言いませんよ! なんで私だけがまともなのに一人寂しい感じになってるんですか!」
うーん。そんなことを自分に言われてもなぁ。
文学女子の家は崩壊の危機にあった。義父が娘に手を出した。これはもう手遅れだ。どうにもならん。だからこの義父を遠ざける手を最初は考えていた。しかし文学女子の『母と自分を救ってくれ』という願いで着地点は大きく変わってしまった。
義父は母の夫でもあるのだ。そこに愛はあるのか? 調べたらあったのだ。義父が娘に手を出すようになった原因も判明した。
文学女子の母親は生粋のS。しかしその性癖を今まで隠して生きてきた。だがもう四十を越えて抑えられなくなったのだ。
生粋の性癖はどんなときでも滲み出てしまうものだ。それが夫婦の営みとなれば特に顕著である。
母親は恥じた。己のドSを。そして夫に嫌われると思い込み自らの性欲を封印した。文学女子の母親である。その精神力は人並外れたものだった。
これにより夫婦はセックスレスとなった。夫は普通にドMである。母親が我慢しなければ上手く行っていたのだ。
ドSとドM。相性は悪くない。
自分は二人と会ってその性癖を解放した。
母親にはドSの歓悦を。
義父にはドMの恍惚を。
その結果以前のような家庭と生活は崩れてしまったが……二人は現在歌舞伎町で生き生きと仕事をしている。
以前よりも稼ぎはほんの少しだけ多いらしい。やはり夜のお仕事はすごいと思う。夜の蝶やね。
今の肋骨バキバキ状態もドSな母親には格好のオモチャになっている。本当にバキバキでヤバイので手加減を学ぶ良い教材なのだ。
まだまだ変態としては赤ん坊の二人。教え導くのは先達の務めである。
これが自分の出した『母と自分を救ってくれ』という依頼の答えだった。
「私だけが救われてませんよ!?」
「それは……これから報酬で……救うのです」
女としての恥じらい。男に嗅がれる羞恥心。好きでもない男に全身を隅々まで愛されるという異常な経験をして文学女子は本当の自分を知る。
多分ドSだね。
きっとドSな気がする。
眼がね。ドSなんだよ?
「私は変態ではありません!」
文学女子がキレている。キレっぱなしだ。だがそれも良い。
「そう。変態かどうかも今は分からない。だから見なければならない……何が良いのか分からないと幸せも……分からない。まずは知ること。全てはそれから……なのらぁ」
ねむいー。でも部長のように机でうつ伏せになって寝ると肋骨が死ぬ。いっそ床で仰向けに寝てしまおうか。うん。そうしよう。床はいつも綺麗にしてあるから大丈夫。
「あ、ちょっと何してるんですか!」
「ちょっと寝る。胸は踏むなよ。折れてるから」
「踏みませんよ!」
胸以外なら大丈夫なんだけどなー。
そんな事を思いながら自分は部室の床の上で眠りに落ちていった。
これが『デスキャットの報酬はカンナの靴下事件』の概要である。
このあとも部員が三人になったり美人女教師に責任取らせて二人でデートしたりと色々と事件は起きるのだが、それはまた別の事件簿となる。
今回の感想。
絶妙な加減でR18を回避した、そんな作品ですね。回避した……よね? アウト?