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卵ポケット  作者: デュララギ
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俺と卵とポケットと

第一章 「卵とポケットと卵ポケット」


冷蔵庫には卵ポケットがある。

卵ポケットには当然卵を収納する。

家電にわざわざそれ用の穴があるのだから、日本人は余程卵が好きなのだろう。


そんな日本人である俺も卵が好きだ。

寝る前に卵を茹で、翌朝ゆで卵を食す。

そんな日々を送っていた。


ある日の夜、いつものようにポケットから卵を取り出し、鍋に入れる。

茹で時間は8分30秒。

これで理想の半熟に仕上がる。


タイマーを仕掛けたスマホをズボンのポケットに戻そうとした瞬間、それは起きた。

グシャ!

何かが潰れた。

間違いないこのヌメッとした感触は…卵だ。


なぜポケットに卵が入っているのか?

誰かのいたずらか?気づかぬ間に自分で入れたのか?


そんなことよりもこのベトベトをどうにかしなければ。

ズボンを脱ぎ、ポケットをひっくり返してベトベトをティッシュで拭き取る。

洗濯機に入れ、ボタンを押す。

この不可解な現象に戸惑いつつ、その晩は眠った。


翌朝、いつものように鍋からゆで卵を取り出し、殻をむき、塩をかけ、食す。

いやしかし、あれは何だったのだと立ち上がり、ポケットを叩いたり中をまさぐったりしてみた。

何もない。

ん?そういえば・・・洗濯機に入れたズボン、あっちはどうなっているのだろうか。


洗濯機からズボンを取り出し、ポケット周りを探る。

昨日のヌメヌメはサッパリなくなっており、洗剤の良い香りがする。

ズボンをベランダに干し、ついでに一服する。


白い煙を吐き出しながら、思いにふける。

卵のことは置いておいて、今日も仕事だ。

その日は金曜日だった。

今日一日を過ごせば土日休みだ。


卵のことは疲れていたせいなのだと思い、気持ちを切り替えて仕事へ向かった。

電車の中、ポケットからスマホを出したり入れたりする。

別に何かを意識してのことではない。

断じて卵のことを意識してではない。

電車というシチュエーションはスマホを最も出し入れする。

そんなどうでもいいことに気づいた。


そうこうしている間に職場に着き、いつものように仕事をこなす。

我ながら最近仕事でミスをすることが減ったように思う。

しかし退屈だ。

毎日毎日似たようなことを繰り返し、いたずらに年齢だけが増えていく。


俺は38歳独身、まともに女性と付き合ったことすらない妖精さんである。

妖精になると魔法が使えるという。

俺の魔法はポケットから卵を出すこと。

そんなしょうもないことを考えながら、一日はあっという間に過ぎ、家路につく。


帰り道にスーパーで買ってきた弁当を食い、

ネトフリでよくわからないアニメを見る。

そうやってコンテンツを消費するたびに、自分の人生の残された時間も消費されているような最悪な気分になる。


さて、この時間が来た。

昨日の悪夢が頭をよぎりつつ、冷蔵庫を開ける。

リアル卵ポケットから卵を取り出そうとする。なんだリアル卵ポケットって。


ん?ない。卵がない。

昨日の騒動ですっかり今日卵を買って帰るのを忘れていた。

うわぁ、マジ最悪だ。

そう呟きながらドアを閉める。


俺は出不精というか、究極のインドア派というか、一日に一度しか家から出ないのが通例となっている。

その通例が崩されるとひどく不快になる。

行動ポイントが1しかないのに2を消費する感覚。


とはいえこれもまたよくあること。

身体は勝手に卵を買いにいく動きをしている。

下だけ着替えて、上はパジャマのまま、コートを羽織り、近くのコンビニへ。


最近は便利になったもので、財布なしでお買い物ができる。

卵を1パック、ついでに牛乳も持ち、レジへ持っていく。


金額の確認も最近はしなくなったというか、お金を使っている感覚があまりない。

そのくせポイントだけはどれくらい貯まったか気になる。

やはり典型的な日本人だぜ俺は。


そんなことを考えなら会計を済ませる。

・・・はずだった。

ポケットからスマホを取り出そうとした時、例の感触が俺を襲う。


まさか・・。

店員にすみません、と謎の謝罪をしながら後ずさり、卵の置いているコーナーへ引き返す。

ぷっくりと膨らんだ俺のポケット。

これは確実にある。アレがある。


慎重に慎重に、ポケットを探る。

こんなところで割れたら最悪だ。

最悪の週末を迎えることになる。


ポケットからブツを取り出した。

取り出しながらその感触でわかった。

いや、よく考えたらそのまま歩けたこと自体おかしい。

そう、それは茹でられていた。


卵をつまみながら周りを見る。

誰もいない。

そっとつばを飲む。


なんなんだこれは一体。

色々と考えたいが、その前にまずお会計を済ませたい。

そして気づく。

卵を取り出したポケットの中に何も入っていないことを。


おかしい。

スマホがない。

間違いなく家から持ってきたはずのスマホがない。


とりあえずお会計ができないのは確定した。

俺は卵パックと牛乳を元の位置に戻し、卵もポケットに戻した。

キョロキョロと周りを見る。

なんか誰に見られたら万引きでもしているように見えないかと。


しかしそんなことを気にしている余裕はない。

コンビニを後にし、家に戻る。

ないとは思いながらあらゆるポケットをまさぐりながら。


家に戻り、卵を机の上に置き、座る。

ふぅー、とため息をつき、卵と相対する。


何なのだこれは。

いや、それよりもスマホだ。

この時代、スマホがないのは致命傷、緊急事態だ。


部屋の中を捜索する。

ない。

再度ポケットを確認する。

ない。


俺は家を飛び出した。

徒歩10分のところにいる兄貴のところへ向かう。

兄貴の部屋の中へ。


事情を説明しても意味がないことはわかっていた。

スマホがどこに行ったのかわからないから俺の番号に電話をかけてくれ、それだけをお願いした。


面倒くさそうに兄貴は電話をする。

プルルル。

兄貴のスマホから電話音が聞こえる。

いつまでも電話音が聞こえる。


少なくとも俺が所持している可能性は消えた。

残る箇所は俺の家かコンビニだ。

しかしコンビニにスマホを置き去りにするとは考えにくい。


兄貴を連れて俺の部屋へ入る。

再度コール。

鳴っている。

兄貴のスマホからはもちろん、別のところから。


俺のスマホは部屋にあった。

冷たく冷やされた冷蔵庫の、卵ポケットの中に。

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