特級妖嘛
「食い散らかして行きなさい。」
哀華が再度指を鳴らすと、ついに特級妖嘛たちが、イツキ・リカを喰いちぎろうと襲い掛かる。イツキたちは離れるように移動する。二匹ずつ分かれるように分断できた。
《天音剣術》【雷帝】
「ちぃ、硬い。」
イツキは神速の薙ぎ払いで一体を斬りつけるが、浅く斬られただけだった。妖嘛が燃える拳を振り上げて、イツキに振り下ろす。イツキは超反応でそれを避け、回転しながら次に移す。
《天音剣術仇式》【天輪泡我】
回転する推進力で硬い皮膚を斬り裂くが、途中で詰まる。抜こうとしたとき、横から別の妖嘛の拳が脇腹を直撃し吹き飛ばされた。
「俺…妖術は弱いんだけどなぁ。」
《草符》【草凪ノ剣】
《天草流》【草養天撃】
リカは妖術を使えるが、イツキたちよりは精度が落ちる。妖嘛には妖術でしか倒せない。苦手な妖術で倒さなければならいため、草魔法と併用して使用する。
が草の剣では妖嘛を傷をつけることさえできない。頭を掴まれ叩きつけられる。血が飛び散り、やがて動かなくなった。
「悲観です。もう終わりですか? あの方から聞いていた情報だと少しやるものだと…。」
哀華は2人の姿が霧となっているのを見ると、そこで口を閉じた。
「それはどうかな?」
《幻符》【実態の掴めぬ幻影】
霧となって消え、そこにいたのは息をしていない妖嘛であった。幻影を見せ、同士討ちにさせたのだ。
「驚きましたが、これだけではありませんよ?」
生き残った妖嘛が倒れた妖嘛を喰い始めた。喰い終えると小さな身体が巨体へと進化した。右腕は燃え上がり、左腕は黒く変色した。全ての妖嘛の力が集約した姿へと変貌とげた。妖嘛がこちらに振り向いた瞬間、リカは腹部を貫かれ叩きつけられた。
「リカ!」
反応が遅れたイツキは迫り来る拳を防御膜で防ぐが破られ頬に拳が直撃し、木々を巻き込みながら吹き飛ばされた。
「ご満足いただけたかな?」
「まだ…だ。」
《草回復魔法》【雑草の修復】
《癒符》【高速治癒】
リカは穴が空いた腹部に草が伸び、それを縫うように修復し始める。
イツキは高速治癒を発動し、傷を塞いだ。
2人は血を吐き捨て哀華と妖嘛に剣を向ける。
………
……
…
その頃、ヘルビーをはじめとした魔物が、街に押し寄せてきていた。
「くっ……、今日もまたこれだけの数の魔物が!」
アルベルトと警備隊がすでに街のバリケードの内側から、苦々しい顔をしながら魔物達を睨んでいた。
ヘルビーの毒針の怖さを知っている冒険者が、連日街の中で騒いでいるせいで、討伐退治をしようとする冒険者たちは、連日減り続けていた。
今や完全に魔物と冒険者の人数の形勢も変わり、ディランの街側の方が、圧倒的に不利である。
魔物達が蔓延っている後方で、ファースがまたデータを集めにやってきていた。
データを取る程もう冒険者もおらず、ノルマもそろそろ達成かと、シェルパの屋敷に戻ろうとすると、正面から少女がこちらを見ていた。
「………?」
少女は冷徹な目で見ていたが、やがてこちらに近づいてきた。
「貴方がこの騒動の原因?」
「お前は…誰だ?」
次の瞬間、ざしゅっという音が、ファースの耳に届いた。
「………え?」
ファースの首元に刃が刺さり、血が大量に噴き出した。慌てて傷口を手で押さえ膝をつく。
「ごめんねイラついていているから…少し私の質問に…答えてくれる?」
ファースは痛みより目の前の人間に意識が行き、過去に失った筈の恐怖心が芽生え始める。
その少女はイロハである。
「そ、そうだ………。」
イロハの細い目がさらに細くなり、ファースを見据える。
「そう…よかった。これでようやくこの騒動が終わる。」
イロハは心底喜びを露わにする。
「お、お前は何者だ?」
「これから死んでいく者に答えても…意味がない。」
冷徹な目をで一歩、また一歩とファースに近づく。
「ひぃっ! ま、待て!俺を殺せばここの魔物たちは、もう元に戻らんぞ!』
「………?それが?」
イロハは心底、男の言っている意味が、分からないという顔を浮かべながら問う。
「これだけの魔物が狂暴化しているのだ、こんな規模の街など、数日で壊滅させることになるぞ!」
「ふふ、それで?殲滅させればいいの話。」
ハッタリでも何でもなく、この男には殲滅すれば解決するという顔の態度が見て取れた。
「そんなものより…貴方のくだらない実験のせいで…せっかくの休暇が台無し…貴方を消す事でチャラになる。」
にこにこと笑みを浮かべながら、手を振り上げる。
「それでは、さようなら。」
バキィッという音と共に、振り下ろしたの右手は防がれた。
「だれ?」
和服を着た男が、イロハの攻撃からファースを守るのであった。