拉致
ギルドでイツキたちと別れた後、早速仕入れた薬草を捌くために、ナハトの元に依頼のあった顧客の元へと向かった。
ナハトの行商人では、需要のある場所を移動前に調べ上げて、ある程度売れると判断してから動く。
このテュレン公国での薬草売りは、既に何回か経験していた。その後その客たちがどうなっても、もう関係がないと割り切っている。
イツキたちに説明した通りに、怪我の麻酔代わりに使う冒険者も中に入るだろうが、客の全てがそういう使い方をしているとは、ナハトも思ってはいない。
その薬により人が人を襲う、という事件も耳にしている。
しかし、ナハトは行商人として生きる為、そんな話を聞いたところで、商売を替えるつもりはなかった。
今回の依頼人は大口の客で、羽振りもいいと、噂を耳にするくらいの大物だった。
「今回も生活のために働きますか。」
そして、ナハトは指定された場所へと、積荷を積んだ荷馬車で移動を開始した。その顔は商売人の笑顔が張り付いていた。
ナハトが指定された場所へ行くと、すでに来るのを待っていたのか、三人の若者を引き連れた依頼人がいた。
若者を含めた全員が身なりのいい恰好をしており、
ナハトはこの商売も上手くいくと安心した。
そして若者を引き連れていた白髪混じりの男が口を開く。
「……貴方が薬草を売るという商人の方ですかな?」
確認の仕方も上手く、傍から聞かれていたとしても、単に薬草を売って欲しいと、言っているだけに聞こえる。
「近日手に入れたばかりで新鮮な薬草なんですよ。一束で十分に役立つでしょうし、使われるのでしたら、周囲の方々にも勧めていただけると嬉しいですな。」
ナハトの言葉を聞いてニヤリと白髪混じりの男は笑った。今の表面的な会話で、危険な薬草を、一束1,000,000ミルドで、大量に売買が出来ると、ナハトは提示したのである。
「分かりました、では三束程頂きましょうか。」
商売成立であった。この間僅か二分程の出来事である。
そして渡された鞄の中を、確認し終えたナハトは笑みを浮かべた。
僅か二分間で、3,000,000ミルドを手に入れたのである。
仕入れの苦労もあるにはあるが、それを補って余りある利益であった。
(……そろそろ潮時かな? あと一回か二回で身を引こう。)
大金を手にして笑みが消えないナハトが、荷馬車に乗り込もうと足をかけた時、頭部に鈍い痛みを感じた後、頭から血を流し、そのまま意識が途切れた。
「ビッジさん、やりましたよ。」
ビッジと呼ばれた、白髪混じりの男が笑みを浮かべた。
「よし、よくやった。鞄とついでにその男も連れてこい、手荒な真似でも構わん。仕入先を聞き出しておけ。」
ビッジと呼ばれた男の言葉にコクリと頷くと、ナハトを襲った若者は、怪しまれないように上手く運び始めた。
………
……
…
その頃、イツキたちはナハトを追うべく走っていた。
「ナハトが動き始めたようだな。」
サーチでナハトを捕捉していたリカは、ナハトの魔力が動き始めたのを察して速度を上げた。
常人ではイツキたちの速度についていくことは出来ない。
そして、グングンとビッジたちに追いつくイツキたちだったが、そこで唐突にナハトの魔力が消えてたのだ。
「なに………?」
「どうしたの?」
「何があった?」
急に停止したリカに気づいた二人も止まる。
「もうすぐ追いつくというところで、唐突にナハトの魔力が消えた。イツキ…すまん場所を探れるか?」
流石のリカも魔力がなくなれば探知不可能のようだ。リカは悪くない。
イツキは即座に目を瞑り、情報世界を発動し、周りの気配を探り始めた。
………
……
…
時は少し遡り、イツキたちがナハトの魔力を追いかけ始めた少し後、ビッジたちを乗せた馬車の前に、何者かが突如空から降りてきた。慌てて御者が、馬車を停止させる。
「何事だ!」
ビッジは急停止させられて壁に頭を打ち付けられてしまい、苛立ち混じりに怒鳴り声をあげる。
「わ、分かりませんが、何者かが空から降りてきて………!」
御者が半ばパニックになりながら声をあげる。
「空から……?」
ピンときたビッジが窓から外の様子を見る。
「あ、貴方は……、何故ここに?」
ゴスロリ服に身を包んだ女性がビッジを見て笑った。
「……貴方、追跡をつけられているよ。哀しいことに」
その言葉にハッとしてビッジは、馬車から鞄と薬草を手にもって外に出る。
「哀華様、早くこれをもってあの方のもとにお届け下さい。」
「まぁ…待ちなさい。連中に、貴方が捕捉されたわけではないわ。私には何言っても知らない。それよりもどうやら、奴らが追っているのはそこの男ね。殺してしまいなさい。」
哀華はナハトを指さしてそう告げる。
「し、しかしこの男は、件の薬草の仕入れ先を知っている者でして、聞き出すまでは、大変利用価値があるのです。」
ビッジがそういうと、仕方ないわねと呟いて、哀華は、ゆっくりとナハトに近づいていく。
そして何をするかと思えば、哀華は、ナハトの心臓目掛けて手を突き刺すのだった。
「哀華様!?」
ビッジが金切り声で名前を呼ぶ。
「全く煩いわね人間…殺しちゃいないわ。」
そういうと体から手を抜いて、ナハトの血がついた指を妖艶に舐めあげる。
「仮死状態にしただけよ、心臓は停止させたけど、多分これで奴らは追ってこれない筈よ。」
とんでもないことを口走る哀華に、ビッジは小さく舌打ちをした。
「………本当に大丈夫なのですか?我々の目的を叶える為には、もっと人形がいるのですよ?」
ビッジがグチグチと文句を言うので、だんだんと哀華も不機嫌な声に変わっていく。
「……貴方、私の言葉が信用できないのかしら?数秒もすれば、すぐにその哀しい心臓は動き出すわよ。」
自分より力の強い女にそう言い切られてしまえば、ビッジは反論が出来ない。
「分かりました。それでは予定通りに。」
そういってビッジたちは、ナハトを馬車にのせて、再び御者に馬車を出させるのだった。
「さて、あの退魔師がいるようだし、少しだけ観察してみましょうか。」