護衛の依頼
文化祭が終わり、1週間は休校となった。
イツキとリカ、イロハは依頼人と合流するために、ホルンの町の入り口で依頼人を待つ。
今回の依頼では気晴らしにやることにした。
今までは死に直面することが多かった。なるべくは討伐以外の依頼をやりたかった。そして選んだのは護衛する依頼だった。
「この依頼を選んで正解だな。」
この面子で受ける以上、命の心配等は全くしていないが、馬鹿が何を仕出かすかわからない。
イツキは横目でリカを睨むが、にこにこと笑みを返された。
そんな三人の前に、依頼人らしき男が声をかけてくる。
「あの、ギルドの依頼を受けてくださった方々でしょうか?」
依頼人はイツキに向かって話しかける。
「ええ、そうです。貴方が護衛を希望なさってる依頼人の方ですか?」
依頼人を安心させるような微笑みを浮かべてイツキは問いかける。
「は、はい。今日は宜しくお願いします。」
………
……
…
アルヴの森と反対側から出て、一時間程道なりを歩いた先に大きな川があり、そこにテュレン小国とアルヴを結ぶ橋があるのだが、最近は盗賊が出現するという噂が広まって、人気があまりなかった。
依頼人も行商人のようだが、どうやら相当にテュレン小国〈ディラン〉の街に急いでいたらしく、護衛依頼にしては、相当高額な報酬を捻出したらしかった。
依頼人の名は【ナハト】。
二十代半ばといった青年だが、荷馬車に乗っていた。行商人は馬車便を利用して、あらゆる町を移動するのが一般的なので、個人の荷馬車を持っている青年は、それなりに裕福な商人なのだろう。
「それでナハトとやら、テュレン小国までの護衛という事だったが、何かを売りに行くのか?」
リカがナハトに訊ねると、少しためらいがちに話し始めた。
「ええ、最近テュレン小国ではある商品が流行っていまして。」
そういってリカに、一束の草を見せてきた。
「ただの薬草にしか…見えない…違うの?」
冒険者が怪我をしたときに使う、一般的な薬草に見えた。
「………実はこれは一種の麻酔効果をもたらす、新種の薬草なんです。」
テュレン小国は割と冒険者が多い国なので、怪我の痛みを麻痺させてくれる、この薬草が流行りだしていた。どうやら荷馬車に積んでいる多くの積荷がこの薬草のようで、相当な取引が行われるようだ。
「なるほど、世の中何が商売の道具になるか分からないものだな。」
リカがそういうと、ナハトも同意だとばかりに頷いた。
「我々のような行商人は、流行りに敏感でなければ生きていけませんからね。」
ナハトは、本当に大変なんですと苦笑いを浮かべていた。
一行がそんな商売話で盛り上がっている所、そろそろ盗賊が出るという橋の近くまできた。
イツキは式神をすでに放っており、辺りを見渡していくと、気配探知に引っかかる。数が多い。
「ナハトさん。どうやら盗賊が本当にいるようです。」
イツキが口に出すと、ナハトの顔が強張る。
「どうやらおでましか。」
もうすぐ橋というところで荷馬車を止めさせて、イツキたちは警戒し始める。
「あそこ!」
イロハが指さす先で、続々と盗賊たちが現れ始めたのだった。世紀末の格好をした盗賊たちは二十人近くはいるだろうか。その中でボスらしき、スキンヘッドの男が口を開いた。
「おいてめぇら、死にたくなければそこの荷馬車と有り金、全て出しな!」
ドスの利いた怒鳴り声に、ナハトは脅え始める。
「イツキさん、本当に大丈夫ですか?相手はかなりの人数がいるようですが!』
ただの行商人のナハトからすれば脅えるのは仕方がないだろう。屈強そうな盗賊たちが大勢いるだけでも恐ろしいというのに、全員が武器を持っている。
対してこちらは十歳そこそこに見える少年たちと少女、そしてニコニコ笑っている草女なのだから。
しかし雇ったからには、役に立ってもらわないと困るというのがナハトの本音だ。
「イツキさん?どうします?」
「うーむ、依頼内容は護衛だったが、相手はこちらを殺そうとしているようだし、別に退治してしまっても構わんのじゃないか?」
イツキがそういうと、イロハは微笑みを浮かべた。
「じゃあ皆殺し?」
「あ、一人二人は残しておけ、色々話を聞きたい。」
「分かった。やってくる。」
二人は何でもない事のように、物騒な会話を繰り広げる。そして次の瞬間、にこにこ笑っていたイロハから殺気が漏れ始める。
『ヒッ……!』
『グェッ……ッ!』
イロハの殺気をまともに受けて、戦う前からすでに大半の男たちは泡を吹いて倒れる。
「覇気かよ。」
「そうね………。安心して…貴方と、貴方だけは…生かしておくよ。」
『あの子強かになりすぎよね。』
いつの間にかボスらしき男と、その横にいた男の背後に、立っていたイロハは微笑みを浮かべてそういった。リカは逃げられないように結界をはる。
《天霧剣術壱式》【霧幻消覇】
『なっ……!!』
ボスが慌てて振り返ると、そこにはもう”微笑”の姿はなく、代わりに周りから悲鳴が、次々とあがり続ける。
『ヒィィィッ足が、俺の足がねぇ!』
両足を切断されて立っていられず、気が付けば頭から崩れ落ちる男もいれば、
(あれ、俺の体が、目の前にある……? えぇッ……?)
首を飛ばされて、首から下しかない自分の体を見ながら絶命する男もいた。そうして気が付けば、四十人いた盗賊団とも呼べる規模の盗賊たちは、ボスとその隣に立っていた男だけが生き残り、それ以外の生存者は居なくなった。
『な、なんなんだよお前はぁぁぁ!!』
ボスらしき男が発狂しそうになるのを堪えて大声をあげた。微笑はそんな男の喉に指をあてながら言った。
「ごめんね?大きな声を…あげないでくれない?口が臭い。貴方は殺される覚悟は、あるの?殺すと言っておいて…そのことを理解して発する言葉のみ言って?」
イロハは何十人も殺したというのに、何でもなかったかのように微笑みを浮かべながらそう言った。やはりあれが原因か。
ボスらしき男は自分の首の薄皮を切られて、温かい水のようなものが首をつたって落ちるのを感じながら、何度も首を縦に振り、カチカチと歯を震わせながらその言葉に従う。
「イツキ、準備が出来た。あとよろしく。』
リカとナハトが顔を引きつらせながら、イロハの顔を見ていた。
「………す、すごい………。」
「え、えげつないな。」
「うむ、ご苦労だった。」
『やり過ぎよね。』
リカやイザナミでさえも若干引いていたことは、ここだけの秘密である。