バザー
「へえ、ここはバザーなのか」
それから少し休み、初等部クラスに行くと、そこは初等部らしい小規模のバザーをやっていた。
「あ!お兄ちゃ……イツキ先生!!」
教室の中に入ると、俺の存在に気付いたリンちゃんが駆け寄ってきた。
「今は先生じゃなくて生徒だから好きに呼んでもいいぞ。」
「んと……じゃあやっぱりお兄ちゃんで!!
あ!シェリカお姉ちゃん!」
「…やほ」
特進クラスでリンちゃんと直接面識がある俺は駆け寄ってきたリンちゃんの頭を撫でる。
特進クラスとはイロハたちのいるSSクラスとは違い後方支援を目的とした特別クラス。治癒魔法や鍛冶スキル、主に商業的な目的だ。学園長が勝手に教師にしやがったのだ。生徒会以外に仕事が増えた。
「イツキさん、その子は?」
「ああ、イリヤ達は知らないか。
この子はリンちゃん、初等部から特進クラスに転籍するほどの才女だ。」
「初等部から!?凄いですね……こんにちは、リンちゃん。イリヤ・イーステリアです。よろしくお願いしますね?」
あ、そこもイーステリア姓で行くんだ。
どれだけ嫁が増えるんだろう……
ー甲斐性なしは無理だろうけどこの国じゃ嫁がたくさんいる方が強いと見なされてるわねー
「妖魔の花嫁ー!!」
と、俺の行く末について伊邪那美と考えているとイリヤたちが教室に入ってきたのを見たリンちゃんが突然目を回して気を失ってしまった。
「あ~!突然走ってったと思ったら何してるのよリン……」
すると、突然リンちゃんが、走って来たほうからそんな声が聞こえてきた、ら
「げ……この子ったら気を失ってるし……。
いくら学園の有名人が居るからって緊張しすぎよ……。
ごめんなさい、先輩。この子ったら緊張するとこうなっちゃって……。」
「いや、こっちこそ大勢で押し掛けちゃったし。」
その声の主は倒れたリンちゃんに駆け寄りぺちぺちと二、三度頬を叩くと諦めたようにうなだれそう謝ってきた。
声の主は、ピンク色の髪の毛をショートヘアーにし、そばかすが可愛らしい快活そうな女の子だった。
「あ!名前を言ってなかったわね。
あたしはリズ、リズ・マカベルよ」
「ああ、それじゃあ俺も。イツキ・イーステリアだ、よろしく。」
うん、まあ言ってしまえばビータが好きな鍛治師だった。
といっても初等部の生徒なので、本家より少し幼くした感じだが。
まごうことなくあの人だった。
「それにしても壮観ね……妖魔と妖魔の花嫁がここまでそろったらこの子が気を失うのも分かるわ……」
「ちょっと待った。その妖魔って何?」
「え?知らないの?…じゃなかった、知らないんですか?」
妖魔呼ばわりは不本意ながらまあ受け入れたけど、その妖魔の花嫁とやらは初耳だよ
妖魔とは妖術使いの使い魔って意味だ。決して魑魅魍魎の妖嘛の方ではない。
「無理に敬語を使わなくていいよ。
出来れば聞きたくないけど……取り敢えず教えてもらっていいかな?」
「あ、うん。先輩がイース魔術学園の妖魔とか言われてるのは知ってるよね?」
「まあ…不本意ながら……」
「妖魔の花嫁っていうのは、文字通り先輩の恋人の皆さんに付けられた呼び名なの。」
うわーお、直球。
「先輩の恋人の皆さんって綺麗な人ばっかりでしょ?
だから学園中で有名なのよ。」
「まあ綺麗な人ばっかりなのは認めるけどさ……。」
イロハに知ってる?と視線で聞いてもふるふると顔を横に振られた。
まあ噂なんてのは当事者には中々入ってくるもんじゃないしそりゃそうか。
「でも意外ね~。」
「何が?」
「妖魔ってくらいだから怖い人かと思ってたけどそうでもないのね」
「うっ……俺ってそんな怖いイメージ持たれてんの?」
「うん、割りと。」
なにそれ凹む。普通に過ごしてただけなのに何でそこまで怖がられてんの俺。
これからはもう少し生活態度を考えようと思った。
「そういえば……ここって基本的に何を売ってるんだ?」
俺たちはリンちゃんがなかなか復活しないので、仕方なく手近な空きスペースに寝かせてリズの案内で教室内を見回っていた。
「基本的には普通のバザーと一緒で古着とか古紙とかよ。
あ、でもあっちはちょっと違うわね。」
そう言ってリズは得意気に鼻を鳴らして教室の隅にひっそりと佇む机を指差す。
「あそこではリンが調合した薬とかを売ってるわ。
あとはあたしが作った武器やらアクセサリーやらが少々ね。」
あれ?そこだけ俺が知ってるバザーと違う。
「てかやっぱりあの薬は文化祭に出品するためのやつだったんだな。
それに…リズが武器を作ったのか?」
「まあね、まだ簡単なナイフくらいしか作れないけど」
「へえ……ちょっと見せてくれないか?」
「え?いいけど……はい。」
興味本位からそう頼むと、リズは机の上に乗っていた短剣を持ってきて俺に渡してくれた。
「へ~、片刃の短剣か。
結構重さもあるし、かなり丁寧に研いであるな。ちょっとグリップが使い手を選びそうだけど、下手な鍛冶屋から買うものより十分使い物になるよ。」
リズから受け取った短剣をくるくると手元で弄び素直な感想を言う。
まさか初等部生が実用に耐えうる剣を鍛えるとは思っていなかったので内心かなりびっくりしている。
「でも何で特進クラスに入らなかったんだ?
これだけの技術があれば声くらいかかったんじゃないか?」
「かかったけど来年まで引き伸ばしたのよ。どうせ来年から中等部だし、急ぐほどのことじゃないしね」
「なるほど、ねっ!」
俺は預かった短剣で魔法で作り出した氷の塊に向けて正三角形を描くように三連続で刺突を繰り出す。
天音短剣術、トライ・ピラーズの動きだ。
「へえ、先輩って短剣も使えるんだ」
「まあ、大抵の武器は使えるよ。昨日だって鞭を使ったし、これやるよ。炎魔法でも溶かせない氷のオブジェだ。」
そう言ってナイフで削った氷の炎で小さなドラゴン像を渡す。
なんと身体強化MAXのグレンの一撃を受けても傷すらつかないという特別製だ。
うーむ、これでも欠けないとは中々の腕だな。
結局、その日はその後伊邪那美に体を貸し、それ以外は特に何もなく終わった。