発動条件
パァン!!
「ほう、あの時と同じく純粋な魔力で作った弾か。
燃費と発動速度重視ってことかな?」
競技開始と同時に射出された円盤は、先輩が右手を前に突き出すと同時に粉々に砕け散った。
「なあイツキ、燃費と発動速度重視ってどういうことだ?」
次々と不規則なタイミングと軌道で射出される円盤を一枚一枚丁寧に、かつ手早く破壊している先輩を見ていると、不意にグレンが訊ねてきた。
俺は一度嘆息すると、先輩から視線を切らないまま説明を開始する。
「まず、流石に魔法を発動するプロセスくらいは分かるだろ?」
「まあ、それくらいいくら俺でも分かるぞ。まず純粋な魔力を練り上げて、そこに詠唱で属性を付けて放つ。だろ?」
「手順としては100点だけど説明としては40点。
詠唱は実を言うと只の補助に過ぎない。本来は自分の中でその魔法が発動した時のイメージを固めてそれを属性として付与して魔法を発動する。だから本当なら詠唱なんて必要無いのだ。」
「は?」
俺の言葉に訳が分からないと言うような顔をするグレン。それも当然の反応だろう、魔法に詠唱が必要というのは子供の時からの常識だし、その常識をいきなり否定されたようなものだ。普通はそんな反応になる。
「グレン、ファイアボールは詠唱破棄出来るな?」
「そりゃ16にもなって出来なかったら恥ずかしいだろ。」
グレンは苦笑いを浮かべながらそう言って手の平に小さな火の球を作り出す。
「それではグレン、それを作った時のプロセスを説明してみろ。」
「へ?…っと、まず魔力を玉の形に練って、火の玉をイメージしたらこうなった。」
「詠唱は?」
「いや、お前がするなって言ったじゃん……あ!!」
「わかったか?お前は今イメージだけで魔法を作り上げた。詠唱が必要無いっていうのはイメージさえしっかり持てば魔法は発動するからなんだ。
ただし、普通は戦闘中とか何か別のことをしながら複雑な形のイメージは作れないだろ?常人は二つのことを一度に行動できないだろう?
そういうときに術の完成した姿を言葉に出してイメージを補強するのが詠唱だ。
だから相当強固なイメージを持つ魔法、何百と練習した魔法は複雑で強力でも詠唱無しで発動出来るんだ。お前を直接鍛えたときにも無詠唱で最上級とか神級魔法を唱えただろ?つまりそういうことだ。」
説明しているとグレンはバカだがアホではない。わかっているように頷いて、フレイは頭から煙を出して項垂れている。リカはフレイの頭にヤカンを置いて湯を沸かしていた。リカは無視して、その他の皆はメモしたり、うんと首を縦に振っていた。
「…と、話がズレたな。まずは発動速度重視ってところの説明からしようか。こっちはかなり理屈は単純で、さっき説明した魔法の発動プロセスの属性を付けるっていう行程を飛ばしてボール系の魔法を打ち出したんだろう。
行程が一つ無くなるだけでも発動速度は全然変わってくるんだよ。」
「イツキ、悪いけどもう一つの方の説明をしてくれ。」
「おっと、すまない。もう一つの方と言うと燃費云々って奴だよな?
これもさっきの発動速度と同じく、属性魔力を付与する行程を飛ばす事によってその分の消費魔力を浮かせるんだよ。
それ自体は本当に小さな節約にしかならないけど、それが続けばかなりの節約になるからな。
要するにちりも積もればなんとやらってことだ。」
意外と魔力の弾をそのまま打ち出すこと自体難易度が高いんだけどな。
それでも難易度が高い分、極めればそれだけ高い効果が得られる。
例えば、修得すれば他の魔法を詠唱しながらでも相手に攻撃できるし、不意討ちにだってかなり有効な手段になり得る。
不意討ちをセコい等と言うことなかれ、生きるか死ぬかのこの世界で生き残るには不意討ちの技術も立派な才能なのだ。
「な~る…っと、終わったみたいだぜ。」
グレンの言葉に舞台の方へ目を向けると、チヅル先輩が横に手を凪ぎ払うと同時に最後の円盤が粉々に砕け散ったところだった。
『競技終了です!!記録はなんとパーフェクト!しかも一発の撃ち損じもありませんでした!!
全てを破壊するのにかかった時間は1分05秒!
このタイムは例年の優勝者のタイムとほぼ同レベルです!』
ほう、なら単純に考えれば優勝するにはパーフェクトかつ1分以内でこれをクリアすればいいわけか。
まあ今日は決勝リーグに出場する4人の選手を決めるだけだし、優勝者は明日の準決勝と決勝で決めるからいくらここで好タイムが出てもまだ他の生徒達にも望みがあるだろうが………。
「…そうもいかないのが人情ってもんだよなぁ…………」
ネル実況の放送に耳を傾けながら溜め息混じりの声を漏らす。
チヅル先輩の番から5人の名も無き女子生徒達が競技に挑戦したが、初っぱなから優勝候補並のタイムと記録が出るというのは、やはり精神的にそれなりに響くものがあるらしく、5人一様に無駄に力が入り過ぎて打ち漏らしが続いたり、魔力配分を怠りガス欠に陥ったりしていた。
「ま、運も実力の内ってことだな。」
それに少し厳しいことを言うが、あの程度で取り乱す程度では到底優勝などは狙えないだろう。
それは、技術が拮抗していても、自分の実力や努力に絶対の自信を持つ人間と、自分すら信じられない人間との間には埋めようもない実力の差が生まれるものだからだ。
勝負事にはあくまで傲慢に、強かに、憮然とした態度で望むべしと俺は考えている(傲慢が過ぎると反感を買うので良くないが)。
高々他人の記録で自信を揺らすような心持ちでは自らを信じきっている(当然自信に足る相応の実力と努力が無ければそれは只の虚勢だ)人間に勝てるはずも無いのだ。
……とまあうだうだ語ってみたが、流石にそれを口に出して、あえて顰蹙を買うほど物好きでも無いので口にはしない。
まず俺の所為で家族達の立場を悪くはしたくないしな。
ああ、そうそう、これはあくまで俺の持論なので悪しからず。あまりに傲慢が過ぎると、どこぞの三等爵士のように、黒い少年に腕を切り落とされるぞ。