同化と進化
「これが私の本体よ。」
そう言う伊邪那美の視線の先には、十二単を着た美しい長い黒髪の女性が目を閉じて一段高くなっている石段に座っていた。
ただし、やはり伊邪那美の言う通り顔の一部や十二単の袖から出された手などは腐敗し、白い骨が覗いている。
「……どう?醜いでしょう?これが夫ですら逃げ出した私の本体よ。」
「ほう……これが神話の伊座那美か。
あの天地開闢において神世七代の最後にイザナギとともに生まれ、オノゴロ島におりたち、国産み・神産みにおいてイザナギとの間に日本国土を形づくる多数の子をもうける。その中には淡路島・隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象の神々を生んだ。
火の神軻遇突智(迦具土神カグツチ)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せのちに亡くなるが、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んだ。そして、カグツチはイザナギに殺された。
亡骸は、『古事記』によれば出雲と伯伎(伯耆)の境の比婆山に、『日本書紀』の一書によれば紀伊の熊野の有馬村に葬られたという。
死後、イザナミは自分に逢いに黄泉国までやってきたイザナギに腐敗した死体(自分)を見られたことに恥をかかされたと大いに怒り、恐怖で逃げるイザナギを追いかける。しかし、黄泉国と葦原中津国(地上)の間の黄泉路において葦原中国とつながっている黄泉比良坂よもつひらさかで、イザナミに対してイザナギが大岩で道を塞ぎ会えなくしてしまう。イザナミは閉ざされた大岩の向こうの夫にむかって「愛しい人よ、こんなひどいことをするなら私は1日に1000の人間を殺すでしょう」と叫ぶ。イザナギは「愛しい人よ、それなら私は産屋を建てて1日に1500の子どもを産ませよう」と返した。そしてイザナミとイザナギは離縁した。
この後、イザナミは黄泉の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになった。」
伊邪那美は自嘲気味に、だが悲しさを孕んだ声音でそう言った。
そしてお前何でそんなに詳しいんだ。
「……伊邪那美。お前はこれを治したいか?」
「そんなの…ここに来た時点で決まってるじゃない。」
「それだけ聞ければ十分だ。」
俺は本体の手を取り、伊邪那美に聞いていた通り全力で神力を流す。
伊邪那美曰く、極端に神力が弱くなっているので、そこに新たに神力を注ぎ込めば神の治癒力が復活するだろうということ。
「伊邪那美。本体に戻って俺の神力を抑えつけて体に馴染ませろ!」
「わかったわ!」
ここで俺が飛ばす指示は2週間ほど前に暴走する神から神力を剥ぎ取ったときの手順で、神力を自分のものにすること。
俺がそう言うと、伊邪那美は本体に入り込み俺の神力を受け入れた。
「……来た!!」
神力と妖力を流し続けてどれほど経っただろうか?
伊邪那美の本体が突然薄く光を纏ったかと思うと、顔の腐敗がジュクジュクと音をたてながら他の部分のように美しい白い肌へと戻り出したのだ。
「あともう少し……」
俺はそれを確認すると、ラストスパートとばかりに神力を一気に注ぎ込む。
そしてしばらくすると、伊邪那美が纏っていた光を四散させた。
「……どうだ?」
「完璧よ、ありがとう。」
その言葉を聞いたと同時に俺は妖力と神力を限界まで使ったことの代償でら疲労感に襲われて崩れ落ちてしまう。
何か柔らかいものに受け止められたところで俺の意識は途絶えた。
「赤い悪魔っ!?」
「きゃっ!!」
「あ、危ねえ……あと少しで赤い悪魔に掘られるとこだった………ってどんな夢見てんだよ俺……」
内心変な夢を見てしまったことに軽く死にたくなりつつも、辺りを見渡すとまだ黄泉の中らしく黒い岩壁が目についた。
「もう、いきなり起きないでよ。びっくりしたじゃない。」
「悪い悪い……いつまで寝ていた?」
「5分くらいだ。その間おれは黄泉の妖気を仙術の力に馴染ませていたところだ。」
「ところで……お前は。」
俺の突然の奇声に驚いたらしい伊邪那美に対して、コウガは新たな力を身に付けていた。そして反射的に声の方を向いて謝ると、俺はフリーズした。
「な、何よ。」
そこには絶世の美女が鎮座していた
長い黒髪は艶を取り戻し、腐敗していた肌は適度に白い美しい肌に戻り、開いた双眸には黒い光が灯っていた。
大和撫子という言葉をこれでもかと体現しているこの美女こそが伊邪那美の本当の姿なのだろう。
「綺麗だ。」
思わずそんな言葉が自然と零れていた。
「ハッ!そんなことをしてる場合じゃない!伊邪那美!俺どのくらい寝てた!?」
そろそろ帰らねばユナ達が泣いてしまう!
「大丈夫よ。外の時間はまだ5時ってところね、そろそろ日が昇るかしら?」
「わかった!今すぐ帰ろう!」
「そんなに慌てなくてもすぐ帰れるわよ、それじゃ、あなたの中にお邪魔するわね。」
そう言って伊邪那美の体は薄い光に包まれて、伊邪那美が俺に触れると溶け消えるように俺の中に入って来た。
『さ、これでもう転移で帰れるわよ。』
「おう。……自分の中にもう一人の人格ってなんか変な感じだな。まあいいか。」
【妖転】
俺は伊邪那美とコウガと共に黄泉の国を後にした。
「到着っと」
『ん~!疲れたわね……』
本殿には転移できないので境内に転移すると、既に空が白んでいた。コウガは到着と同時に修行しに森の奥にいってしまった。ストイックだな。
「さて、それじゃあ伊邪那美、先ずは俺の体から出てくれ。」
『りょ~かい………あれ?……………』
「あの…伊邪那美さん?どうかしたか?」
なかなか出ていってくれないので中の伊邪那美に問いかける。
『……出れない』
「なに?」
すると、そんな言葉が帰ってきた。
『あなたの体に私の魂が馴染み過ぎて出れなくなってるのよ!!』
「なんだと。」
今の俺を傍から見たら1人で焦りまくってる変質者だよなぁなどと考えながら伊邪那美の次の言葉を待つ。
『もしかして、あなたの神の炎を大量に取り込んだから私の魂まであなたの魂の質に変質した……?』
「な……なんですと……?」
『ス、ステータスを確認しなさい!!何か異常はない!?』
伊邪那美の言葉の通り、ステータスを実体化させ確認する。
「なっ、なんじゃこりゃあ……」
見てみると、そこに書いてある基本ステータスが名前を除いて全てunknownと表記されていた。
『ま、先ずは種族を確認!!』
伊邪那美に言われるがまま名前の隣にオリジナルで設けた種族という欄を確認すると、俺の種族が出てきた。
今までならば「大妖神」という種族が表示されたのだが、今回はまるで違った。
《種族》【秩序】
「『……は?』」
あれ?秩序って本来種族を表す言葉だったっか。
『そんなわけないでしょ、取り敢えず解説を見なさい。』
「了解。」
再度秩序とかかれたところを確認すると、新しいウインドウが開かれ、文字列が表示された。
《秩序》
守護者であり大妖神イツキが神の始祖伊邪那美と完全に同化したことによりこの世の理から外れた為生まれた種族。
法や秩序を司り、自分の思うままに法則などをねじ曲げることが出来る。
中の伊邪那美とは任意で入れ替わることが可能だが、離れることは出来ない。
ちなみに伊邪那美と入れ替わった場合、体の方も伊邪那美に合わせ女体化する。
「だとよ。」
『……まあいいわ。あなたといれば退屈しなさそうだし、ただし、たまには私にも体を貸しなさいよ?』
「……了解」
何かもう疲れたよ………。
『そういえば能力の方は何か変化は無い?』
「ん~と………」
スキルウインドウを開いて能力を確認する
「あ、【妖力】が【罪と罰】に変わってるし。
あとは【百鬼夜行】が【千鬼夜行】ってのに変化してる。」
『それだけ?』
「そうだな……ん?なんだこの毘沙門天って欄?」
『毘沙門天って言ったらあれじゃない、戦国時代に上杉謙信の旗印にされた女神のこと。』
「ああ、そんなのもいたな。取り敢えず見てみるか。」
【毘沙門天】という欄を確認すると、解説が出てきた。
【毘沙門天】
女体化しているときのイツキの種族。天侯と力を意のままにすることができ、いかなる戦いにおいても勝利することができる。(例外もある。)また軍を指揮すると士気が上昇及び強化するバフがかかるが、死ぬことは無くなるが大怪我として残る。
『チートね』
「チートだな。」
『まあ私は戦闘が苦手だから、この能力はあんまり使わないかもね。」
「そうだな、俺もあんまり面白くないし。」
そう言ってメニューウインドウを消す。もうこれ以上見てたらまだ何か見つけてテンションが下がってしまいそうになった為だ。
「……そうだ、身体能力に影響は?」
『確かめておいた方が良いわね。下手に上がってて皆を傷つけたくないでしょ?』
確かに、そんなことしてしまったら死ねる。
『取り敢えずそうねぇ……壁に向かって正拳突きでも打ってみたら?延長線上に誰も居ないのを確認してからね。」
「了解、……シッ!!」
伊邪那美の言うように前方に誰も居ないことを確認してから壁に軽く拳を打ち付ける。
パンッ!
「『………』」
すると、トンと拳が壁に触れた瞬間壁が塵になった
それだけに飽き足らず、拳の延長線上の地面が地平線の彼方までゴッソリと消え去っていた。
『は、早く修復!!』
【俺の一撃は放たれなかった!!】
即行で俺は虚実で地面と壁は綺麗に元通りになった。
『とにかくこのままじゃマズいわね。取り敢えず身体能力だけでも封印して前のレベルまで落とさないとね。』
「一つの封印じゃ気休めにもならんな……何重にも重ね掛けしないと。」
結局前のレベルの身体能力まで落とすのに十万ほど封印を重ね掛けすることになったのだった。
いくら何でも上がりすぎだろ………。