黄泉へ
「それにしても……広いよなぁ。」
深夜、俺は1人で夜の境内を散歩し空を眺めながら、滅多に吸わないタバコを吹かしていた。
あの後、みんなが転移してきたので、シンゴさんにみんなを紹介し、ミキと俺とリカとミナさんとマモリさんの和食が作れる5人で全員分の食事を用意してみんなで食べたり、入浴(露天風呂で性懲りもなくグレンとフレイが覗きを企んだので氷漬けにしておいた)したりして時間を過ごしていたのだが、少し夜風に当たりに来たのだ。
「あら?良い子はもう寝る時間よ?タバコは体にいけないわよ?」
「生憎良い子じゃ無いもんでね。だいたいそれを言うなら貴女もだろうに、今の見た目は若いんだから。」
背後から女性が声をかけてきたので、タバコを握り潰しそれと軽口を返し、後ろを振り返る。
「フフ、痛いところを突かれちゃったわね。でも良いのよ、私はあなたよりおねーさんだから。」
「確かに、俺の年なんかあんたから見たら、赤子同然だろう。」
「ま、失礼しちゃうわね。こんなにピチピチのおねーさんに。」
後ろに立っていた女性……ミナさんは少し怒ったように頬を膨らませていた。
「それが本当の姿だったらこんなこと言わない。ここには俺以外誰も入って来れないから、本当の姿を現したらどうだ?そうだろ?伊邪那美様?」
「ばれちゃってたか。それにしてもいつの間に世界を切り取ったのよ……私から見ても本当に化け物ねあなた。……でも本当の姿は見せてあげない。」
ミナさん改め伊邪那美はそう悲しく笑った。笑っているがその奥底が見えずにいた。
「いつから気づいてたの?」
伊邪那美は俺が腰掛けている台座の横に腰掛けて問いかけてくる。
「確信したのはあんたが殴ってきたのを受け止めた時だな。今の俺にダメージを与えられるのは余程上位の神々か転成者とあのハザマだけだ。なのにあんたのあの一撃は、暫く右手がまともに動かせなくなるくらいの衝撃だった。」
「……私の全力の一撃を受け止めてその程度で済むなんて信じられなかったけどね。ハザマねぇ。あの坊やが絡んでるのかい。昔から影でこそこそするのが好きなんだよあの子は。それにここは言わば伊邪那美の神有地で特殊な結界があるんでね、最高神でもおいそれと入れないんだ。」
「そこであそこまでの力を行使できるあんたが伊邪那美ってことだ。」
「……全く、あの坊やはとんだ転成者を寄越したわね。神々の始祖の私が簡単にあしらわれるなんて。」
そう言って伊邪那美は溜め息をついた。
「でもその体、本当のあんたの体じゃないだろ?」
「……ええ、この姿は思念体に実体を持たせたものよ。本体は本殿の奥の祭壇に祭られてる鏡の中にあるわ。酷い有様だからあんまり見られたく無いけどね。」
「ほう。」
「まさか行こうだなんて考えてないわよね?」
「う"っ!!」
伊邪那美にジト目を向けられ、つい変な声を漏らしてしまった。伊邪那美は再度溜め息をついて話を続ける。
「良いこと?黄泉は一歩間違えたら永遠に出られなくなる危険な場所なの。」
「黄泉の食べ物を食べたら出られなくなるんだろ?」
「なんだ、知ってるの。でもそれだけじゃないわ、あそこには私の邪な神力にあてられた醜女が徘徊してる。それに捕まってもアウト、一体一体が思念体の私と同じ強さを有してるから普通は勝てないわ。これでも行く?」
その言葉を聞いて俺は
「……へぇ、ならそこに行けば更に強くなれるんだな?」
そう言い放った。
「………は?待ちなさい、どうしてそうなるのよ。私言わなかったかしら?危険だって!」
「言ったな。」
「そう言われても……正気なの?」
なんだその言い草は、人を異常者みたいに言うなよ失礼な。
「更に強くなれるんだ。そんなチャンスを逃す手なんて無いだろ?」
「……まだ強くなる気なの?」
俺の言葉に呆れ100%の声音で反応を示す伊邪那美。
「守るべき家族も仲間も増えたからな。更に力をつけないといけなくなったんだよ。」
近々分体の情報だと魔族と戦わないといけないしな。今でも普通に勝てるが余裕は持てるだけ持っていた方が良いだろう。ハザマも出てくるだろうし、力を持つに越したことはない。
「……わかったわよ。そこまで言うなら止めはしないわ。」
「ありがたい。」
「ただし、私もついていくわ。道案内が必要でしょ?」
そう言って伊邪那美が手を振ると、俺が切り取った世界が強引に元に戻された。
「人の支配を力尽くで奪い取るとか……。」
「実力はともかく神格は私の方が上だもの。さぁ準備なさい。行くならさっさと行くわよ。」
「あ、ああ」
「待てよ俺も行くぞ。」
そう言ってすたすたと本殿に歩いていくと修行を終えたコウガが声を掛けてきた。服装を見ると風呂から上がったばかりだ。そして、イツキと伊邪那美は承諾し二人に続いてコウガも歩き出した。
「行き方と言っても簡単よ、私が神力を解放するからそしたら私とあの鏡に飛び込むだけ。」
本殿の祭壇の前に立つと、伊邪那美が祭壇の上に掛けてある手鏡を指差してそう言った。
「本尊って言うくらいだからもう少しデカいと思ってたんだがな。」
「そんなこと言ったら明〇宗の本尊だって一本の刀じゃない。」
あ、サブカルチャーの知識もあるのね
そんなことに驚きながら俺は妖力を解放する。
すると、しゅわっという音と共に、俺の服装が変わり背中にルーとタナトスが現れる。義手も妖力が纏い、準備万端だ。
コウガはカグツチとサクヤを両腰に携え、新たに仙術魔法【幻想服】を纏う。
「うーん、眼帯に義手って厨二病錬成師くんって感じね。コウガくんは勇者らしくない服装だね。」
「……まあ否定はしない。スペックは比べものにならないけどな。」
この服は防御力だけでももうほぼ破壊不能と化してるし、それプラス様々な能力が付いてるから上位の転成者にもそうそう負けることは無いだろう。
あ、俺が言ってる上位の転成者っていうのは草神様とか骨魔王やアラフォー賢者など、既にこの世の理から外れている方々のことな。新しくこっちに来た最高神スペックの転成者なんかはまだ下の上といったところだろ。
「一つ先に言っておくわね、黄泉の国からもう一度あなたが出るには入る時と同じように私が連れ出してあげないといけないわ。」
「はあ……それが何か?」
首を傾げてみせると、伊邪那美は言葉を続けた。
「そのためには私も本体を取り戻して外に出ないといけないんだけど、私がそのまま外に出るとこの次元に影響を及ぼしちゃうの。」
まあ、この次元での俺以外の全ての神の産みの親だしな。当然影響は出るだろう。
「だから、私を覆う仮の器が要るの。」
「……つまり、俺の体を仮の器にしろと?」
「そうよ。文字通り私と君が同化して一つになるの。ただし、高い神格を持つ君と私が同化するとなにが起こるか分からないわ。それでも力を求めて黄泉に入る?」
伊邪那美は本当に心配してくれているのだろう、そう聞いてきた。
「ああ、元よりリスクが無いなんて思ってない。それより伊邪那美は良いのか?俺が下手打ったらもう体は取り戻せなくなるんだろ?」
「良いわよ、チャンスは手放さないんでしょ?
さ、扉が開くわよ。」
伊邪那美がそう言うと、手鏡がまばゆい光を放ち、俺達を吸い込んだ。