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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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復興その1


焼けた街並みは無残だ。

だが復興を目指す人々の情熱は太陽のように眩しい。



私たちがブラウディアン王国に戻ってきて3週間が経とうとしている。

マーカスやアーニャ、ジークはまだ国王や宰相方の元を離れられずにいるらしい。

皆の近況をマメに伝えに来てくれたランディスも、騎士団から呼び出しが次第に増えてきたようだった。申し訳なさそうにしていたが、ランディスも元々立場ある人間なのだ。そういつまでもほっつき歩いているいる訳にはいかないだろう。

皆がそれぞれに立場や立ち位置がある。

そして私はこれから自らの居場所を見つけていかなければならない。

天使という身を隠しながら人間に紛れるのは中々難しい事ではあるが、それもこの数年の旅のおかげでコツは掴めている。

私は与えられた図面を手に取り、崩れたレンガの引き上げ作業をしている男達の中へ入っていった。

「よう、シルヴィオス。今日も頼むぜ」

「あんたが軽度とはいえ魔術を扱えて助かったぜ。魔術師や能力者はまずは中心街の復興に駆り出されて、端に近い俺らのところは万年人手不足だからな」

「ああ。まかせてくれ。あまり強い魔術は使えないが、瓦礫を動かすくらいの風の術なら扱える」

頷いてみせるとあちこちから頼むぞと言った声をかけられる。打ち合わせ通りの位置へ向かいながら、改めてこの荒れた区画を見渡した。

城壁に面し、魔王軍に一番に攻め入られた区画だった。そのため被害も一番激しかったが、復興は住居数の多い中心地から始められ、一番後回しにされている地区でもある。

中心地から離れている為情報の伝達はそれなりに遅く、勇者の情報もあまり耳に入ってこないらしい。

つまりあまり目立ちたくない私には、ちょうど良い働き場所だった。

突然ふらりとやってきて、復興の手伝いを申し出た私は案外すんなりと受け入れられた。猫の手も借りたかったのだろう。そして都合の良い事に、難民が仕事を探してると思ってくれたらしい。

「おーいシルヴィオス、そこの資材をこっちまで持ち上げてくれぇ!」

組んだ足場の頂上から、ここの復興のリーダーであるフラーが声を上げながら私に手を振る。

「分かった、今持ち上げる!」

私は支持された資材に軽い風の術を与えようとエノク語を呟く。つもりだったのだが、後ろから分厚い掌に口を覆われた。

「んぐっ」

「おい、何をしている」

低く響く音に私はびくりと体を震わせる。振り向かなくてもすぐに分かった。

周囲がザワザワと漣立つ。意外な顔に驚いているのだろう。

目立ちたくなかったはずなのに、私の思惑は2週間も持たなかった。

覆われた口でため息を吐くと、太い腕にタップして、この手を離すように訴える。

「はぁ、何をしてるもなにも。復興の手伝いをしているんだジーク」

振り返って咎めるようにジークを見ると、久しぶりの見知った顔が眉間にシワを寄せて立っていた。

「呪文を唱えようとしていたな」

「簡単な短いものを小声でね。そもそもここにいる人たちに、どの言語かなんてわかるはずないだろ」

術を発動させる呪文は天使族しか扱えないエノク語で唱和される。

おそらくジークはエノク語を誰かに聞かれ、私が天使である事に気付かれる可能性を考えたのだ。

「ところで、どうしてこんなところに? 前にランディスが教えてくれた時は、まだ暫くは国王方の元にいなくてはいけないと聞いたけれど」

素朴な疑問にジークは苦い顔つきになる。

「ああ、まさかこんなにも時間がかかるとは思わなかった。陛下より宰相が面倒だ。俺たちはパンダのように貴族どもの元へ連れ回されている」

「あはは、ジークがパンダ。熊の間違えだろう」

例えられた動物がジークに見合わぬ可愛らしさで、思わず声を出して笑った後にパッと口を閉じる。

ジークにこんな冗談じみたやりとりが成功した事はなかった。いつもの冷静な眼差しが返ってくるかと思いきや、ジークも口角を上げて笑っていた。

「……ジーク」

「俺は熊か? それじゃ色をちょっと塗り替えればパンダにもなれるな」

言外に自分の例えは的外れではないのだと、そう告げてくるのはやはり負けず嫌いだと思う。けれど。

ジークのただの青年のような無邪気な返しに、私は変にドギマギとして視線を逸らしてしまう。

「おおい、シルヴィオス! ドラフ様とお知り合いなら、少し抜けてもいいぞぉ!」

フラーの声にハッとする。そういえば資材もそのまま渡し損ねていた。

すぐにそっちに送ると声を出そうとする前に、ジークが低いくせによく響く声で返事を返す。

「すまないな! 古い知り合いだ、少し借りていく!」

「勝手に決めるな」

思わず反射で反抗するが、ジークは気にもせず私の腕を連行するかのように持ち上げる。

「シルヴィオス、お前何かやっちまってるんなら、早く謝罪しておいた方が良いぞ」

復興仲間の一人が、予言の女神に祈りを捧げる仕草をして私を見送る。違う、そうではない。

けれど傍目では完全に騎士隊長に連行される犯罪者の絵面だ。もがいたが、力でかなうはずもない。そのままずるずると人気のない場所まで連れて行かれる。

倒壊から手付かずのままになっている一角まで来ると、日中にも関わらず周囲に人の気配は全くしない。

どこかで鳥が囀る声が、青い空に響く。破壊の跡地にそぐわぬ随分と牧歌的な光景が不思議に思えて、私は空を渡る鳥を見送る。

「シルヴィ。口が開いてるぞ」

「え」

鳥が見えなくなるまで、ぽかんと口を開けて見送っていたらしい。間抜け面を見られていたのが恥ずかしく、すぐさま腕で口を隠しながら閉じた。

笑われるだろうか。馬鹿にされたくない気持ちと、笑う顔が見たいような、混在した気持ちでジークを見上げる。

ジークは笑っていなかった。

むしろ、作戦を論じている時のように真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「帰りたいか」

「え?」

不意に尋ねられた意味がわからず問い返す。

「島に、帰りたいか?」

「あぁ…、」

なんだ、そういう事かと納得する。鳥を見送っていたのを、郷愁の念に駆られたと思ったのか。

「なんだ、やっぱり帰りたいのか?」

するとグッと眉間にしわを寄せ、威圧感を増すジークに、慌てて首を振って否定する。

「ち、違う! 今のは頷いたんじゃなくて、相槌というか、感嘆符というか…!」

分かったような分かってないようなジークに、苦笑しながらポンと軽く彼の肩を叩く。

「島に帰れないのは私が自分で選んだ選択なんだ。ジークだって分かってたじゃないか。変に気を使わないでくれ」

「それは、帰れないからそう言うのか?」

この話題に食い下がってくるのが珍しく、少し戸惑いながら私は首をひねった。

「どうなんだろう。今更帰れたところで、私が向こうで厄介者になるのは目に見えているし……。まぁ、でも、どうだろうな」

帰れないと知ってるからこそ、選択肢にさえ含めなかった。考えるだけ無駄だと思ってずっと無視してきた。

「シルヴィ。もし手段があれば……」

そう言いながら、ジークは気まずそうに言葉を切った。

何やら言いあぐねている様子に、やはりジークがこの話題に責任を感じているのだと直感する。

帰る手段さえあれば、私は本当に帰りたいのだろうか。

人間の世界で種族を隠しながら孤独に生きるよりも、島へ戻って再び仲間の為に贖罪に勤めながら過ごした方が生きやすい。

ジークもこうやっていつまでも罪悪感に悩まずにすむ。

けれど。

私はジークの罰の悪そうな表情を見ながら思う。

使命に自身を縛り付けていたジークが、戦いが終わり本来の自分を取り戻し出している。

罰が悪そうな顔も、負けず嫌いに笑う顔も、優しい目も。私はずっと知らなくて、今は戦いが始まる前のジークがどんな風だったのかを、知りたくてたまらない。

「ジーク、良いんだ。人の世界にも随分慣れたし、私も皆で救った世界をゆっくり見てみたいんだ」

本音の中に少しだけ秘密を残し、私はジークに微笑みかける。

あなたのすぐ側でとは言わないから、私にもあなたが何で喜ぶのか、どんな事が好きなのか教えて欲しい。

「そうか、シルヴィは魔王解放後の世界しか知らないんだよな。」

私の返答に、ジークの目がキュッと細まる。テンペストストーンの色が細い目の中にぎゅっと集まって、嬉しげに光を放つ。

「光のあるこの世界は美しい。落ち着いたらいくらでも案内する。あんたが救ってくれた世界の美しさを見て欲しい」

青空を背負って、ジークは嬉しげに歯を見せて笑った。

ジークは世界の美しさを愛している。だからこそ自分を殺してでも使命を全う為に尽くしていたのだ。

見せて欲しい。あなたが思う美しいもの達を。あなたが尽くしたこの世界の素晴らしさを。



私はあなたを愛している。



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