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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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帰還


明るいファンファーレが青空によく似合う。


塔から花びらが降り注ぎ、一段とはしゃいだような笑い声が大きく弾ける。

共に行進する兵士たちの中から、鼻を啜る音や、小さな嗚咽が聞こえる。

皆生き残って、ここブラウディアン王国へ帰り着くのが夢だった。

魔王を滅ぼして数ヶ月、私たちは魔王の拠点であった果ての大陸からようやく引き上げてくる事が出来た。

あれほど困難を極めた旅だったのに、ものの数ヶ月で帰ってくる事が出来るなんて信じられない。


けれどそれこそが、世界が平和になった証なのだ。




大きく開け放たれた城門の向こうに、私たちが守り抜いた街並みが見える。

魔王の復活した土地から一番離れた王国ではあったけれど、最後には侵略に脅かされ、魔王討伐に出払った兵士たちの代わりに民間人達が立ち上がって防衛に努めていた。

その侵略の痕は色濃く残っている。

城壁は一部が崩れ落ち、市街地は火をかけられたのだろう。美しかった煉瓦造りの街並みは炎でいくつもが倒壊したままになっている。


何千人もの兵団を先頭で率いているマーカスの瞳が切なく歪んでいる。

自分を地獄に叩き落とし、ある時は救い、運命の濁流が容赦無く彼を飲み込んだ始まりの土地。

マーカスは本当によく耐え抜ききった。

前髪を払うふりをして、さりげなく目尻を拭う。すると隣の馬が接近し、馬上の人間がひょいとこちらを覗き込んできた。

「な〜に。また感激して泣いてんの?」

さりげない動作でごまかそうとしている事に気付いているくせに、この男はとても無神経だ。

「うるさい」

ランディス・オリヴィアに私は苦虫を潰したような表情で答える。

ジークと同じ騎士団所属であり、同郷にて同僚。そして親友でもあるこの男は、そのくせジークとは正反対の性格をしている。

良いように言えばムードメーカー。悪く言えば騒がしい人間なのである。

しかし能力面ではジークと肩を並べるだけに、下手に煩わしい事この上ない。

フイと顔を背けると、さらに追いかけてくるかのように覗いてくる。

「なぁなぁいつも人の心配ばっかの天使ちゃん。それもいいけどさ。たまには自分の事も心配してあげなよ。翼の調子どう? ジークの奴に力使ってから、まだ本調子に戻らないんだろ?」

図々しいくせに、繊細な思いやりを見せてくる。

ランディスと話していると、私はいつもいたずら好きな子犬の躾に失敗しているような気分に陥る。

しかし指摘された通り、翼の傷は中々癒えない。そして本来の天使としての力も随分衰えてしまったままで、時間が過ぎても回復しないのが気がかりだった。

ルーは自国へ帰国する折に、焦るなと慰めてくれていた。

脅威は去ったのだから、気楽に回復するのを待てば良いと。

その時は頷いたものの、内心では中々安心できずにいた。

「ランディス……」

彼に私の気持ちを伝えても良いものだろうか。

戸惑いながらもランディスと目を合わせると、彼は照れたように頭に手をやる。

無造作に束ねられた麦色の髪がワサワサと、それこそ犬の尻尾のように揺れる。

「えー…、よせやい。俺に惚れたら怪我するぜ? まぁ、概ね俺がなんだけど」

「何を言ってるんだ?」

時たま人間の言葉の文脈が理解しきれない。

眉を寄せるとランディスがアハアハと短く笑う。まるで舌を垂らして笑いながら息を切らす大型犬のようだ。

つい胡乱な目つきになってしまっていたのだろう。ランディスがゴメンゴメンと謝ってきた。

「で、なになに? 俺に相談事? それってランディスじゃなきゃ相談する意味なんてないって奴? 彼氏の相談するフリして、実はその相談相手狙ってるって奴?」

謝りながらも次の瞬間には目を輝かせ、全身でわくわくを表現して見せるランディスに無言で馬の向きを変更させる。

「あっゴメンうそうそ!」

「もういい。相手を間違えた」

「いやそんな事ないって。何か言いたかったんだろ? ちゃんと聞くよ。ごめんよ」

親友のジークと違い、ランディスは概ね直ぐに謝る。プライドよりも下手に出る事により得られる利益を優先しているのだ。

それが分かっていながらも、ジークの負けず嫌いの洗礼をひたすらに浴びてきた身としては、こうやって直ぐに折れてくれると何だか嬉しくなってしまう。

単純なのはいけない。

そう思いつつも、背けた馬の向きを改める。そして告げた。

「ジークが、私の事でとても責任を感じてるみたいなんだ」

「………」

ランディスは一瞬にして真顔になり、眉間にきつくシワを寄せると目を閉じた。

「…それって、やっぱり俺の事が気になってるってこと?」

「何故そうなる」

被せ気味に答えると、ランディスは両手で頬を挟みながら、だってー! と声を上げる。

「さっき俺が言ったまんまだったじゃん! 彼氏の相談って!」

「もういい。あなたのことはやっぱり嫌いだ」

「やっぱりって何! 天使ちゃんは俺の事嫌いだったの?!」

不貞腐れたような気持ちで私はランディスから距離を取ろうと馬を急かす。

ドロップの足並みで先頭の列に追いつこうとするが、彼の馬が変わらぬ足並みで並行してくる。

「シルヴィー。ジークの奴があんたに責任感じてるって、そんなの当たり前の事だと思うぞ?」

むしろあんたに責任を感じていない奴なんて、天空の島へ行ったメンバーでは誰一人いない。

ランディスはそう告げる。

それは私も感じていた。

彼らは不法侵入者であったし、島に無用な災いを持ち込んだ者達だ。

そして私は彼らの誘いに乗り、島を離れ、そして種族(仲間)のいない地上で一生を過ごす。

魔王と対峙していた人間達が、天使の助力を喉から手が出るほど欲しがったのは当然の心理だ。しかし心優しい人間は、一方で私に申し訳なさを感じている。

そしてその彼らの罪悪感に、私は申し訳なくも多少の息苦しさを感じる時があるのだ。

「以前の彼は、私に責任感や罪悪感なんて感じたりしてなかった」

ジークには誰よりも確かな目的遂行の決意があり、全ては達成するための過程でしかない。

それを冷徹と取るか、情熱と取るかは受け取る側の価値観次第だ。

ランディスは眉間にシワを寄せ、手綱を繰りながら器用に腕を組んで唸った。

「うーん、まぁなぁ。あいつはホラ、ああ見えて結構由緒正しい家柄の出じゃん? 代々国王に仕える事が約束されてるが故にっていうの? かなり厳しく育てられてるんだよね」

「自分に厳しいのは、元々のあの人の性質のようにも思うけどね」

「まーね。そりゃそうなんだろうけどね。責任感が強すぎるから、誤解されてる事も多々あるんだとは思うけど」

でもさ、とランディスは続ける。

「心の奥底を見せない奴だから分かり難いと思うけど、あいつだって人間なんだ。大切な人を大切にしたいと思う心はあるんだよ」

私は驚いて目を見張った。

「……驚いた。ランディス、あなた本当にジークの親友だったんだな」

「え?! 今の話でオチがそこなワケ?!」

「いや、意外とシリアスなトーンで話す事も出来たんだと驚きが優ってしまって……」

「いやいや可笑しいだろ! 今まで何度も真面目に作戦立てたりしてるの見てるでしょ!」

私は笑いながら正面に顔を向けた。先頭はもう城壁の門をくぐっている。先頭のマーカスとジークたちは一度兵団を抜けて国王に挨拶に向かうだろう。

大切な人とランディスは言った。

私はジークの中の大切な人の一人として数えられていたと思って良いのだろうか。

「天使ちゃんも先頭に行ければ良かったのにな」

先頭を眺めている私に気付いたのか、ランディスがポツリと呟く。

「良いんだ。私が天使であることを知っている人は知っているけれど、必要以上に知られたくない」

これから人間の土地で暮らして行くのだから、出来るだけ目立つような真似はしたくなかった。

「ランディスこそ、先頭に何で行かなかったんだ?」

「柄じゃないもん。…それに、ちょっと頼まれごとされたしね」

ふうん、と相槌を打つも、こんな華々しい日に何を頼まれたというのか。

疑問が顔に出ていたのであろう。ランディスは私の顔を見るとニヤリと笑った。

「シルヴィー、責任感が強いというのは長所でもあり短所でもある。その相手が独占欲の強い過保護な奴だった時なんかは特に厄介だ。その場合の長所は寂しい思いはしないって所かな」

唐突に何故こんな話をするのだろう。

疑問符を浮かべながらも、確かに厄介ではあるがそういった利点の見方もあるのかと私は曖昧に頷いて見せる。

高らかなファンファーレは続いており、依然空は吸い込まれそうな程高く青かった。




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