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追憶のコンフェッショナル  作者: ティプトリー
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深夜の散歩その4




 翼が暖かさに包まれ、激痛が引いていく。

 それは不思議な感覚だった。

 背中と翼にまとわりつき、あれほど振るい落とせなかった闇の力の残滓が、何故か今薄れていく。

 不思議に思いながらもジークの頭に絡ませた腕をほどくと、ジークは最終決戦も目前かのような目で私を見ていた。

 真っ直ぐに注がれる眼差しの中に、心配や焦燥が見て取れる。

 魔王を倒したあの日、私のもがれた翼を見た時よりも真剣な表情に、つい吹き出してしまった。

「おい」

 ジークの眉間のシワがグッと深くなる。

「人が心配してる時に何笑ってる」

 不機嫌さを隠そうともしないジークに、私はまだ笑いを引きずったまま謝る。

「すまない。だってあなた、翼がもげた時よりも真剣に心配してるから」

 なんだか順序が逆で、面白くなってしまったと告げると、ジークは少したじろいだようだった。

「それは……」

 私の体を支える腕に、力がこもる。

「?」

 言い淀んでいる気配に、私は首を傾げた。もしかしてあの時心配した様子を見せなかった事を悪いと思っていたのかもしれない。

 いじめてしまっただろうか。

『冗談だよ。気にしないで良いんだぞ?』

『あの頃の俺に、心配する資格があったと思うか?』

「え?」

 言葉が重なってしまい、ジークがなんと言ったのか聞き逃してしまった。

「なんだって? 聞き逃した。もう一度言ってくれないか?」

 言うと、ジークは緩く微笑んだ。

「それは済まない事をしたと言ったんだ。あの時はそれどころじゃなかったからな」

「まぁ……、そうだな」

 頷きながらも、そんな言葉だったかなと頭をひねる。

 けれどジークはもうその話題をするつもりはないようだった。振動が響かないようにと、そっと私を地面に座らせる。

「真っ青な顔で落ちて来たが、少しは顔色が戻ったか? 痛みはどうだ?」

 親が風邪をひいた子供に接するような手つきで、私の髪をかき上げながら痛みを我慢していないか検分してくる。

「痛みはもうひいた。さっきまで引き千切られた当時の痛みそのままだったのに、不思議と今はもう何ともない」

「……本当か?」

 疑いの眼差しそのもので見つめられながら頷く。しかしジークは納得していないようだった。

「本当に今は痛くないんだ」

「……」

 もう一度告げると、今度は返事さえ返ってこなかった。それどころか、むしろ疑うような目は深まるばかりだ。

 何て疑り深い分からず屋なのだろうか。

 痛みなどもうないのだと分からせる為、私は大きく翼を羽ばたかせる。

 途端ジークは険しい顔付きになり、翼が動くのを押しとどめようと、背中に強く腕を回してくる。

「おいやめろ!」

「もう痛くない」

 抱きすくめられる形で両腕を拘束されたが、私の自由はこれでは奪えない。

 むしろジークが触れる箇所から、失われていた力が蘇ってくる様な感覚さえする。

 私の表情を見てジークがギョッとたじろいだ。そして焦ったように口を開く。

 だが皆まで言わせない。私は拘束された両腕で、強くジークに抱きついた。

「待てシルヴィ……!」

「しっかり掴まれ!」

「シルヴィ!!」

 どれぐらいぶりになるだろうか。私は、全力で翼を羽撃かせた。


 最初に感じるのは風の抵抗。

 けれど壁に当たるような風の抵抗を抜ければ、そこはもう、自由に動ける私の世界だ。

 白い翼が、闇夜に軌跡となって長く伸びる。

 さっきは1人で見た天空からの光景を、今はジークを抱いて共に見ていた。

 月が近く、美しかった森の中の湖面も今は遥か下方だ。

 上空に飛行する程に空気は冷たくなったが、ジークを纏わせた身体は一人で飛んだ時とは比べ物にならない程暖かい。

「どうだ、ジーク。問題ないだろう?」

 飛翔途中でエノク語を詠唱し、ジークには風の補助をつけてある。

 私に腕を回しただけの不安定な体制でも、多少の身動きくらいはできるはずだ。

 取り戻した私本来の力であれば、ジークの質量を風でコントロールする事など容易い。

 ジークも魔王討伐の旅を通じ、私の力の範囲は理解している。

 落ちれば即死の高さまで連れてこられても、動揺もなく辺りを見渡していた。

「すごいな」

 遠くに見えるブラウディアン王国の城壁の、それよりも更に遠くを見つめながらジークがポツリと呟く。

「これが、あんた達の世界なんだな」

 そこに一抹の寂寥の響きを感じたのは、私の気のせいだったのだろうか。

 肩口にあるジークの顔を盗み見れば、そこには月明かりに冴え冴えと切り抜かれた、彫り深い彼の横顔があるだけだった。

 複雑な色合いを含むテンペストストーンの瞳から、彼の内心を読み取れた事は数少ない。

 戦いが終結した今だって、ジークは私に胸襟を開いた事はない。

 彼の本心はいつだって心奥深くに隠されて、ごくたまに揺らぐ瞳を覗き見る事しか出来ない。

 ほら、今のジークのように。

 彼が感じる何かしらの強い感情が、湖面のように静かな瞳を揺らめかせる。

 その微かな揺らぎから読み取れる何かがあるのではないだろうかと。懸命に目を凝らして見つめるしか、私には出来ないのだ。

 ジークを深く知る事ができない物足りない感情から切り離すような、ピュイっという甲高い音が聞こえた。

 夜の空に聞こえるには珍しく、けれど聞き覚えのある音に、私は強くジークを抱きしめ直す。

「シルヴィ?」

「ジーク、一緒に飛ぼう」

「なに……? もう飛んでるだろ?」

 怪訝そうな顔をして見せるジークに私は微笑んだ。

 夜に鳴く鳥の声なぞ、私はほとんど知らない。私が知っているのはたった2羽の鳥だけだ。

「小グライフ!」

 呼べば、閃光のような素早い飛行に、一陣の風が巻き起こる。

 月を背後に雄々しい翼を広げた鳥は、間違いなくジークの愛する鷹の姿だ。

 ジークが驚きに目を瞬かせるが、すぐに嬉しげな光がその目に灯る。

「小グライフと一緒に飛ぶなんて経験、そうない事だろう?」

 小グライフはこの夜空を飛び尽くすと言わんばかりに、私たちの頭上を大きく旋回してみせる。

 私はジークの言葉も待たず、負けずと大きく翼を羽ばたかせた。

 小グライフは私の浮上を待っていたと言わんばかりにスピードを上げる。その空気を裂く勢いで飛ぶ小グライフに追いつくため、私は強くジークを抱きしめ直した。

「お、い。シルヴィ」

 少し戸惑ったようなジークの声に気付きもせず、私は昂揚した目で、挑発するような飛行を繰り返す小グライフを見上げた。

 取り戻した力だからこそ可能な、久しぶりの高度な風の術を詠唱し、再度ジークに風を纏わせる。

「行くぞ!」

「うおっ!」

 私は全力で翼を打った。

 風をつんざく音が耳元で轟々と流れる。闇夜に飛ぶ一羽の鷹を、全速力で追いかけた。

 風の抵抗をそれほど感じぬ術をかけたが、それでも高速移動に体を流されぬよう、ジークは私の体に足を絡める。

 小グライフは想像以上に素早かった。

 私が小グライフを追い抜かそうとする度に、高度の変更や旋回を繰り返し、追い越せる射程距離に決して入らせようとしない。

 追いつく事がままならない私に、小グライフは得意げな目線を投げつけてくる。

「飛行速度は負けてないはずなのに手強いな」

 思わず呟くと、額の髪を風に巻き上げられながらジークが楽しげに笑った。

「小グライフはグライフに負けないくらい優秀なヤツだからな」

 その月に反射して輝く瞳に、思わず口付けを落としそうになるのを我慢しながら私は負けるものかと翼を奮った。

 小グライフの飛行コースを、私の翼が巻き起こした風が横殴りに吹きつける。

 これには小グライフもたじろいだ様で、スピードを出す動きからバランスを取るための動きに翼を切り替える。

 その瞬間に、私は小グライフの先に飛び込んでいた。

「小グライフ! 私の勝ちだ!」

 少々小狡い手を使った自覚はあるが、負けず嫌いなのだ。笑いながら勝ち誇って小グライフを振り返る。

「今のは反則だろ」

 呆れたようなジークの言葉を、聞こえないフリでそっぽ向く。

 耳元で力強い羽ばたきの音が聞こえた。

「小グライフ? お、怒ったのか?」

 私の頭上で小グライフは激しく羽ばたくのをやめない。

 小狡い手を使った疚しさで、私はオタオタと小グライフを落ち着かそうと声をかける。

 けれど小グライフは落ち着くどころか、更に激しく飛び回ると、私の手を取ろうと二本足を伸ばしてくる。

「すまなかった、ずるい手を使って、謝るから———」

 小グライフに手を取られれば、ジークの体はずり落ちてしまう。お互いがしっかりと体を支えていなければ。

 それなのに、ジークは何故か抱きしめる手を緩め、私の腕に手を伸ばした。

「ジーク!?」

「小グライフ。ダメだ」

 ジークが私の体から腕を緩めた事で、ガクンと体制がぶれる。

「あっあっ! ジーク、どうして……!」

 いくら風の術を纏っていたとしても、それはあくまで補助に過ぎない。根本は私がジークを空にとどめているのだ。

 小グライフは未だ納得できなそうに、私たちの間を羽ばたいている。

「それをするのは俺が先だ」

「何を言ってるんだ!? 早く私の体に腕を戻せ!」

 ジークと小グライフの間でのみ成り立っている、奇妙な会話に加わる余裕もない。確実にバランスを崩し出している。

 私は慌てて出来る限りの速度で高度を下げだした。小グイラフも合わせる様に高度を下げつつも、それでも不満そうにピュイと鳴く。

 ジークはムッとした様に、ようやく私の体に強く腕を回し直した。

 しかし、時すでに遅し、だ。

「ああもう、こんなはずでは……!」

 嘆きながら、私たちは森の木々の中へと突っ込んで行った。




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